第33話

「ショウちゃん」


 テーブルを挟んで目の前に座るモテそうな美少年が、おれの大好きなショウちゃんだとは信じられない。

 信じたくない!


「本当にショウちゃん?」

「そうだって。しつこいよ」


 何度も確認していると怒られた。

 やっぱりそうなんだ。

 そうだよね……このおれを叱る感じ、目を瞑ったらショウちゃんだもん。

 こんなのアリかよ……。

 ひろの野郎、全部分かってて『協力する』なんていい奴ぶりやがって!

 おれを嵌めて笑ってたんだろうな。

 恥ずかしいし、悔しいし、悲しいし……どれだけ負の感情をミックスするんだよ! って感じだ。

 わけが分かんない。


「なんであんな格好してたの? 最初からおれを騙すため?」

「いや、リョウなんて知らないし。会ったのは偶然だっただろう? あの格好は趣味。あの格好で出会ったのは偶然。……まあ、二回目に会った時は意図的だったけど」


 そうか……意図的だったんだ。

 ショウちゃんもひろと一緒に笑ってたのか……。

 このミックス、悲しいの比率がデカイや。


「……ごめん。騙した」

「うん」


 下を向いたおれに、ショウちゃんが謝ってくれた。

 顔は見れないけど、声で本当に悪かったと思ってくれていることは分かる。

 でもそれなら、騙さないで欲しかったなあ。


「泣くなよ」

「泣いてないし」


 この偉そうな感じとかも、タイプだったんだけどなあ。

 見た目じゃ全然分からなかった。

 分かるわけない、周りの女の子より断然可愛いのにそんな子が『男かも』なんて思うわけないし!!

 やっぱり、すぐには切り替えられない。


「性転換する予定とかない?」

「あるわけないだろ」


 心底呆れたと顔に書いている。

 自分でもそう思うけど……。


「本当に好きだったのに。硬派になろうと頑張ったのに。女の子と遊ぶ約束も全くしてないし……。勉強もするようになったし、朝走ったりするようになったし、早寝早起きして頑張ったのに」

「後半は関係ある? ボクのことが無くてもちゃんとやれよ」

「だって、王子みたいなのが硬派なんでしょ? あいつ賢いし、運動神経良いし」

「お前、本当に馬鹿だな」

「そうだね、はは」


 本当に馬鹿らしくなってきた。

 今やってることで『完璧だ』って、いつかはショウちゃんと付き合える! って本気で思ってたんだから。


「あ、いらっしゃいませ!」


 お客さんが入ってきて、ショウちゃんはカウンターに戻って行った。

 ……もう、帰ろうかな。

 あー……動く気力もないや。

 凹みすぎて体が重い。

 そのままテーブルに突っ伏した。


「こんにちは。いつもの食パンですか?」

「ええ、お願い。まあ食パンというより翔君に会いに来ちゃったわよ!」

「あはは、ありがとうございます。じゃあ、明日もいるんで、明日も来てくださいね」

「営業上手ねえ。翔君にそう言われたら、来ないわけにはいかないじゃない」

「お友達も誘ってきてくださいね」

「まあ!」


 ショウちゃんとおばさまの楽しそうな談笑が聞こえてくる。

 ショウちゃんはおばさまにも大人気のようだ。


 そりゃそうだよな、テレビのアイドルより美少年だし気さくだし。

 おれより格好いいし……。


 そっか、それにショウ『君』だよなあ。

 ああもう、やってられない。


 おばさまが会計を済まし、去って行ったようでまた店内が静かになった。

 ボリュームを抑えた有線の音楽だけが聞こえる。

 これ、LASERSだし。

 ショウちゃんはLASERSの曲、あんなに可愛く歌ってたのになあ。

 あれも女装の一環なのかな……凄いな……詐欺レベルだよ。


「……友達としてなら、リョウのことは結構好きだよ」


 ショウちゃんが戻ってきてくれたようだ。

 テーブルに突っ伏したままで項垂れているおれに、また呆れている様子の声が降ってきた。

 なんか哀れみをかけられてますか、おれ。 


「だから泣くなって」

「泣いてないし」


 泣きたいけど、頭がごちゃごちゃしてて泣けないし。

 前の椅子にショウちゃんが座った気配がしたので、重い体を起こした。


「おでこ、赤くなってるぞ」


 おれの顔を見て、ショウちゃんが笑った。

 こんなに凹んでいるのは誰のせいだよ。

 ちょっとムッとした。

 それを見て、更にショウちゃんが笑った。


「ボクと友達になってよ。今度遊ぼ」

「嫌だ」

「なんで?」

「そんなの辛いじゃん」


 ショウちゃんが男だったと突きつけられながら遊ぶなんて、なんの罰ゲームだよ。


「女の子連れて行こうか? これでもボク、結構モテるよ? 多分リョウより断然。ボクの知り合いは、みんなしっかりしてる子だし」

「ぐうう……」


 女の子と遊びたい……でもショウちゃんが連れてくる女の子だなんて、おれの心中複雑すぎる!


「なんか嫌だ!」

「はは!」

 

 笑い事じゃ無いんだから!


「リョウさあ」


 急にショウちゃんの表情がキリッと締まり、真っ直ぐな目でおれを見てきた。


「真面目な話するけどさ。あんまり馬鹿ばっかりやってると、いつか痛い目みるぞ? ヒロだって心配してたんだからな」

「え?」

「誰にでもイイ顔してたら、信用されなくなる。そんな奴が、いい人と出会えるとは思わないな。禄でもないのに引っかかりそうだぞ。トラブルに遭って怖い人と揉めたらどうするんだ? そもそも、人間的にいい加減な奴がまともにやっていけるとは思えない。お前がやったことのツケは、いつかはお前に返ってくるんだぞ? 手短に痛い目に遭ってみて良かったじゃん。ちょっとは学習しただろ? ヒロに感謝しろよ」

「ぐ……」


 ひろが心配してくれるのは有り難い。

 ショウちゃんの話を聞いて少し怒りも落ち着いた。

 少しだけ、ほんのちょっとだけだ。


 やっぱりひろは腹が立つ。

 感謝なんて絶対しない。

 ありがとうって思ったけど、言葉にするもんか。

 絶対一発殴ってやる。


 でもショウちゃんの言葉は素直に受け取ることが出来る。

 不思議だな……好きだったからかな?


 いや、『好きだった』って、過去形なのかまだ現在進行形なのかも分からないけど……。

 なんだか今は『嬉しい』と思っている。

 叱ってくれたことが、ショウちゃんがそこまでおれのことを考えてくれたことが!

 やっぱりまだ……過去形じゃないかも?


「おれ! ショウちゃんが男でも、ずっとあの格好してくれるなら大丈夫かもしれない!」

「ボクが大丈夫じゃないよ! お前本当に馬鹿だな!」


 だって格好さえ今まで通りなら分からないし、今の時代だと結構どうにでも出来そうな気がする!


「これからはショウちゃんが女の子になってくれるように頑張ろうかな」

「いや、絶対ないから」


 今度はショウちゃんがテーブルに突っ伏している。

 『斜め上をいく馬鹿だった』とか呟いてるけど、元々おれってあんまり考えないタイプだったし、考えてたら頭痛くなるし。


「お店でもおれのショウちゃんバーションになってよ」

「誰がお前のだ! ……もう二度と女装はしない」

「何で!?」

「一花、早く帰ってこないかな……」

「え、ウーロン? もしかしてウーロンっておれのライバル!?」

「もうお前帰れ」

「今度こそ連絡先教えてよ」

「教えてもいいかなって思ってたけど、絶対嫌」


 その後、またお客さんが来てショウちゃんはカウンターに戻っていった。

 『お前は帰れ!』と言われたけど、きびきび働いているショウちゃんを見ながら暫く居座ってやった。

 連絡先を教えてくれたら帰ると交渉し、漸くショウちゃんの連絡先をゲットした。

 やったね!

 

 自然に他の女の子がいいなって時がくるかもしれないけど、今はまだそんな気が起こらないから今まで通りでいいや。

 友達だし気になる相手っていうのも、面白いかもしれない。


「ショウちゃんより可愛い子いたら、ショウちゃんのこと諦めるよ」

「それは無理だろ。ボク、最高に可愛いし」

「ははっ! おれ、超困る!」


 やっぱショウちゃんって面白いや。

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