第32話

 大事件が発生した。


「俺、藤川さんに嫌われた……かもしれない!」


 違うと思いたい。

 でも避けられていることは確かだ。

 何やったんだ俺……何やったんだ!!


 藤川さんの態度が変わったのはいつだ?

 屋上から戻って来てからだ。

 椿が帰るまでは普通だったと思う。

 二人きりになってから?

 あの時に何かしたのか?

 あまり話はしなかった。

 それが駄目だったのか?

 多分違うな。


 駄目だ、全然分からない!

 朝も折角二人きりになれたのに逃げられた。

 鞄を抱えて駆けていった姿は可愛かったけど、そんなに俺から逃げたいですか……。


 大翔とは話をしている。

 やっぱり、避けられているのは俺だけだ。

 何故だ……。

 本当に泣きそう。


 授業とか全く受ける気がしない。

 藤川さんが隣にいるのに、授業のせいで話が出来ない。

 ドヤ顔で教鞭を振るっている教師に『黙れ』と言いたい。

 休憩時間になったらすぐ何処かに行ってしまうし……。


 兎に角謝ろう。

 何をしたか分からないけど、謝って話をして貰おう。


 一日の授業が終わると、今日もすぐに帰ろうとしている藤川さんが視界の端に映った。

 それは俺に話し掛けられたくないからですか?

 そう思うとまた、心に重たい岩が落とされたように沈んでしまう。

 話し掛けるのが怖いけど、前とは違う理由で躊躇してしまうけど、話し掛けなければ始まらない。


「……藤川さん」


 頑張って声をかけたけど、藤川さんは片付けをしていた手を一瞬止めただけで、俺の方は見てくれなかった。


「ごめんなさい、用事があるので……」


 ああ、今回も逃げられてしまう……そう思った時だった。


「よ! 王子~!」


 教室に響く煩い声に呼ばれた。


「あっ、安土君」


 気持ちが沈んでいる俺には癇に障る声だと思ったら、安土だった。

 藤川さんが普通に名前を呼んで反応したことにも苛立った。

 

「あれ? ウーロンじゃん! 誰かと思ったよ、学校だとすごい地味じゃん!」

「うっ!」


 安土が失礼なことを言っている。

 藤川さんはこの落ち着きがいいんだぞ!

 っていうか普通に話すな!


「私、帰ります。さようなら!」


 結局藤川さんは帰ってしまった。

 今日も話が出来なかった。

 安土め、普通に話すならもっと引き留めて欲しかった。


「お前なあ。何しに来たんだよ」

「ショウちゃんのバイト先、教えて貰おうと思って」

「バイト先……。そうだな、ちょうどいい。今から行くか?」

「いいの!? 行く行く~!」


 このまま明日まで待つのは辛い。

 早く謝りたい。

 お店にいるかどうかは分からないけど、ショウとかいう人がいたら連絡して貰ったり出来るし……。

 煩い安土を引き連れて、藤川さんのパン屋へ行くことにした。




※※※




「でね、ショウちゃんがその時、すたすたって噴水の中入っていって、女の子のぬいぐるみ取ってあげたんだよ。悪そうな兄ちゃんにも『うるさい』って言い放ってさ。格好良かったなあ」

「お前は見てるだけだったのか?」

「もちろん! だって目立つの嫌だし、悪そうな兄ちゃん怖いじゃん!」


 こいつは駄目だ。

 歩きながら延々と惚気話を聞いているが、安土の駄目っぷりが際立つばかりだ。

 ショウってやつはまともというか、しっかりしているようだ。

 藤川さんの友達としては頼もしいが、それは『友達』だった場合で……。

 ライバルだったとしたらかなり手強そうだ。


「安土、頑張れよ。ハードルは高いだろうけど」

「おう! おれは本気だすぜ~!」


 頼もしくないけど頑張って欲しい。

 俺の脅威が減るから。


 話しているうちに、藤川さんのお店についた。


「ここだ」

「パン屋さんだ! 凄くイイ! パン屋で働いているショウちゃんは可愛いだろうなあ。あれ、でも何か危険な香りのするバイトじゃなかったっけ?」

「危険な香り?」

「うん……? ま、いっか! 行こ!」


 よく分からないが、店を目指して走り出した安土の後に続いた。

 藤川さんがいたら……仲直りが出来る!

 今日の願掛けはこれで決まりだ。

 どうぞよろしくお願いします!


 店の扉は今日もカランコロンと気持ちの良い音で迎えてくれた。

 藤川さんはいるだろうか。

 緊張しながら入ったのだが……。


「……」


 先に勢いよく店に駆け込んで行った安土が、無言で立ち尽くしていた。


「安土?」


 ショウちゃんはいなかったから打ちひしがれているのかと思いきや、ちゃんとカウンターにいた。

 どうしたのだ?

 店内には人がいないし、話をすればいいのに。


 というか、藤川さんがいません!

 俺も立ち尽くしそうだ。

 仲直り出来ないってこと?

 やっぱりあの賭けは無しで。


 藤川さんが帰ってからすぐに追いかけたから、まだ来ていないのだろうか。

 パンを買って、食べていたら来るだろうか。


「翔ちゃん、お待たせ……うええっ!?」


 安土は放置してパンを選ぼうかと思っていると、藤川さんが現れた。

 やった!

 藤川さん来た!

 やっぱさっきの賭けは有りで!


 藤川さんは先に俺を見て目を丸くしたが、次に安土を見て奇声を上げた。

 とても驚いている。

 というか狼狽えている。

 ショウちゃんとやらは涼しい顔をして立っているけど。


「ショウちゃんの双子のお兄さん!」

「本人だっつーの」


 安土の言葉に、即ツッコミが入った。

 あれ、安土はこの人がショウちゃんだと分からないのか?


「今日は……その……ボーイッシュだね」

「ボーイッシュじゃなくて、そうなんだよ。分かるだろ」


 安土の言葉に呆れた様子で返しているけど……俺は状況がよく分かっていない。

 もしかして、安土はこの人が男だと知らなかったのか?

 まあ、中性的だけど、男だと分かるはずだが……。


 安土の顔を覗き込むと、珍しく真面目な顔をしていた。


「ウーロン」

「ひっ」


 そしてその表情のまま藤川さんを見た。

 藤川さんは怯えたような声をだして、顔を逸らした。

 おい、藤川さんを怖がらせるな。


「ごめんなさい!」


 謝る藤川さんを庇うようにショウちゃんが立ち、安土を見た。

 目も表情も、とても冷めているように見える。


「一花は関係ないよ。主犯はボクとヒロだから」

「!? ひろ……あいつっ!」

「分かったから、ボクのことはもういいだろ? チャラチャラしてるからこういう目に遭うんだよ」


 安土は怒りだし、その矛先は大翔に向いていることが分かった。

 大翔に騙されていたのか?


 それより……。


「あの、話終わった?」


 凄く盛り上がっているみたいだけど、俺は藤川さんと話したいです。

 そう言って藤川さんを見ると目が合ったが、すぐに逸らされてしまった。

 やっぱり話をしてくれませんか?

 辛い……自然と溜息が出た。


「一花、休憩行ってきなよ」


 ショウちゃんが藤川さんのエプロンを取り上げ、カウンターの外に押し出した。


「え? 今来たところ……」

「はい、いってらっしゃーい。……ボクはこっちを片付けるから、ちゃんと話してきなよ」


 藤川さんに何か呟き、安土にはテーブルに座ってと声を掛けた。


 押し出された藤川さんは、とぼとぼと俺の前にやってきた。

 ああ、こんな時でも可愛い……可愛くて辛い……。


「お話、したいのですが……」


 俯いていて、嫌々という感じがしているけど……嬉しい。

 どうやら話すチャンスを貰えたようだ。

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