第31話

 屋上から戻ってきた私は、香奈ちゃんのことで頭がいっぱいになっていました。

 私が悪いのなら謝りたいのですが、何が悪かったのか分かりません。

 ひろ君に聞いてみたら分かるのでしょうか。


「はあ」


 自然と溜息が出ました。

 もうすぐ授業が始まるので、頭の中を切り替えなくては……。

そう思ったところで机の上に置いたままになっていた小説に目が止まりました。

 やっぱり、王子君から貰ったこの栞のことも良くなかったのでは……ってあれ?


 本を縦から、横から確認しました。

 パラパラと捲りました。

 もう一度色んな角度で見てみました。

 

「……ない」


 ……嘘でしょ?

 血が引いていくのをリアルに感じました。

 一気に体温が低下したのではないでしょうか。

 もしかすると、私は今氷っているかもしれません。


 ど……どうしようおおおお!?

 王子君から貰った栞がありません!

 ちゃんと本に挟んでいたはずなのに!


「藤川さん」

「は、はい!!?」

「?」


 焦っていたところに声を掛けられたので、心臓が飛び出そうなほど吃驚しました。


「椿のことは大丈夫そうだ。大翔が任せろって」

「そ、そうですか。良かったです」


 悪地を働いていたところを見られたような気まずさと罪悪感で、胸が押しつぶされそうです。

 苦しい……逃げ出したい。

 ああでも、香奈ちゃんのことは良かった……。

 ひろ君が『任せろ』と言っているのなら安心です。

 落ち着いたら、私が嫌な思いをさせてしまっていなかったか、聞いてみたいと思います。


「……はあ」


 私はなんてひどい奴なのでしょう。

 頂いた物をすぐに無くすなんて……。

 申し訳ないし、無くしたことを知られたら……と思うと怖いです。

 また、以前のように冷たい態度を取られてしまうのでしょうか。


 一日の授業が終わった瞬間私はすぐに身支度を始めました。


「藤川さん、放課後……」

「さようなら!」


 王子君が私に向けて何か言い掛けていましたが、最後まで聞かず教室を飛び出しました。

 ごめんなさい、今は申し訳なくて顔をまともに見ることが出来ません。




※※※




 帰ってすぐに、翔ちゃんに会いに行きました。

 今日は翔ちゃんがお店に来ない日なので、おうちにお邪魔しました。

 麻子ちゃんは相変わらず、二時間ドラマを見ていました。

 今日は『新聞記者』の最新のシリーズです。

 今をときめくイケメン俳優が主役なので、麻子ちゃんのテンションは高いです。

 食い入るように画面を見ています。


 楽しそうでよいのですが、これからする話は私にとってはとても重要なことなので気が散ります。

 場所を変えたいですが、わざわざ移動するのも翔ちゃんに申し訳ないし、そのまま話すことにしました。

 多分テレビに夢中で、麻子ちゃんの耳には入らないでしょう。

 

「無くしたあ?」

「そうなの。……どうしよ」


 帰ってからも、鞄の隅から隅まで探しましたがありませんでした。

 どこで無くしたのか、検討もつきません。

 心当たりが無いので見つかる予感もしません。

 絶望的です。


「探して見つからないなら、謝るしかなんじゃない? まあ、黙っていても分からないとは思うけど。そこは一花の気持ち次第だろう?」

「うん」

「そんなに仲がいいわけじゃなかったのにわざわざ買って来てくれたんだから、ボクは一花が思っている以上に意味があるものだと思うなあ」

「どういうこと?」

「ボクが説明するようなことじゃないから言わない」

「ええ?」


 勿体ぶらないで、分かったことがあるなら教えて欲しいのですが……。

 残念ながら、私には翔ちゃんの言っていることが理解出来ていませんが、やっぱり頂いた物を無くしてしまうのはいけないことです。

 ちゃんと謝った方がいい、そう思いますが……。

 もう少し、探してみようと思います。

 はあ、困ったなあ。




※※※




「藤川さん、おはよう」


 今日は、とても早い時間に家を出ました。

 恐らく、今までで一番早いと思います。

 理由は昨日のような『人気者に挟まれるという生き地獄な目に遭わないため』です。

 なのに目の前には、キラキラと輝いている人気者がいます。

 なんでなの……。

 今日は一人だけですが……こちらは特に厄介な方です。


「お、おはようございます」


 恐怖なのか、罪悪感なのか分かりませんが、まだ目を合わせることが出来ません。

ちらりと横目で見ると、王子君が何か言おうとしているのが分かりました。


「あの、私急ぐので……!」


 昨日のように、一緒に行こうとしてくれたのだと思います。

 でも、それは全力でお断りしたいです!

 頂いた栞をなくしてしまって顔も見られない状況だし、二人きりで登校しているところを見られたら周りから何を言われるか分かりません。

 鞄を抱きしめ、全力で走って逃げました。


 学校に着いてからは、トイレに篭もりました。

 教室で席に着いていると、王子君が隣にやって来るから。

 それは彼の席なのだから当たり前なのですが、話し掛けられる時間がある間は隣にいたくありません。

 屋上に行こうかと思いましたが、万が一、探されたらみつかるような場所は行かない方がいいように思いました。

 あの王子君に『探されるかも』なんて、自意識過剰かもしれませんが。


 HRが始まる直前に戻り、休憩時間はすぐにトイレに行くということを繰り返し、今日は一日王子君との会話する機会を潰しながら過ごしました。

 栞も探しましたが、やっぱりどこにもありません。

 泣きそうです!

 ひろ君とは少し話しましたが、王子君が来そうな気配を察知すると慌てて逃げました。

 少しあからさまな態度だったと思います。

 でもどうしても、申し訳なくて話せません。


 今日も一日の授業が終わった瞬間に身支度をして、急いで帰ることにしました。


「……藤川さん」


 私の態度がおかしいことを、さすがに王子君も気がついているのでしょう。

 遠慮がちに、私に声を掛けてきました。

 チクリと胸が痛くなりました。

 謝ろうかと迷いましたが……勇気が出ません。

 やっぱり帰ろう。


「ごめんなさい、用事があるので……」

「よ! 王子~!」


 鞄を持ち、逃げる体勢に入っていた私の耳に、王子君を呼ぶ元気な声が聞こえてきました。

 教室に響く大きな声で、ついそちらの方に目を向けてしまいました。


「あっ、安土君」


 声の主は安土君でした。

 この教室ではあまり姿を見かけたことが無かったので珍しいなと思いながら、こちらに近寄ってくる姿を見守ってしまいました。

 目の前まで来て、安土君は私に気がついたようで目を丸くしました。


「あれ? ウーロンじゃん! 誰かと思ったよ、学校だと凄い地味じゃん!」

「うっ!」


 『地味』という言葉が私の脳内では『ダサい』に変換され、心にグサッと刺さりました。

 そういえば安土君とは、一緒にカラオケに行ってから学校で話したことはありませんでした。

 安土君のストレートな言葉がボディに効きました。

 ああ、辛い……。


「私、帰ります。さようなら!」


 もう私に残された気力はあと少しです。

 尽きてしまう前に帰らなければ。

 王子君と安土君という二重苦から、慌てて逃げ出したのでした。


 そういえば安土君、王子君に何の用だったんだろう?




「お前なあ。何しに来たんだよ」

「ショウちゃんのバイト先、教えて貰おうと思って」

「バイト先……。そうだな、ちょうどいい。今から行くか?」

「いいの!? 行く行く~!」

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