第30話

「藤川さん、一緒にご飯を食べよう」


 あれだけ声として出すことが難しかった一言が、今日はすんなりと出た。

 言う前に変な汗をかいたけど、拳に力が入ったけど、心臓もバクバクいってたけど、これくらいは何の問題も無い!

 これなら毎日言えるな……よ、余裕だっつーの。

 心臓が鍛えられそうでいいじゃないか。

 

「うん」


 誘った俺の言葉に、パンの入った袋をギュッと握りしめて答えた藤川さんは本当に可愛かった、死ぬ。

 パンより俺のことギュッとして!

 俺もギュッとするから!


 朝早く出たから弁当がない。

 頼めば作ってくれたと思うが、毎日弁当というわけでもなかったし、今日は持ってこなかった。

 大翔も同じだったから、藤川さんと椿には先に屋上に行って貰い、二人で食堂に行った。

 カップラーメンを買ってお湯を入れ、急いで屋上に向かった。


 急いだのは麺が伸びるからじゃない、藤川さんを待たせないためだ。

 そして藤川さんとランチタイムという貴重な時間を減らさないためだ。

 大翔が遅いから、この手に持ったラーメンをぶん投げてやろうかと思った。


 屋上に着くと、少し段になったところに二人の姿をみつけた。

 誘ったのだから当たり前だけど、藤川さんがいる!

 藤川さんがいるよ!! 


 藤川さんの近くのコンクリートブロックに腰をかけ、食べることにした。

 本当は隣に座りたかったけど空いていなかった。

 椿……代わってくれないかな。

 テレパシー送ったら届くかな……届かなかった。


 俺達の到着を待っていた二人も食べる準備を始めた。


「凄く美味しそうです!」


 藤川さんは椿の弁当を覗き込み、パアッと表情を明るくした。

 俺には藤川さんの方が美味しそうに見えます。

 可愛い……食べたい……。


「ありがとう。今日は上手に出来たかな」

「椿さんが作ったんですか!?」

「ええ、そうよ」

「凄いです!」


 何だろう、この凄く幸せな光景。

 藤川さんがずっとニコニコしている。

 誘って良かった……本当に良かった……。

 なんかもう、飯食わなくてもいいくらい満たされたわ。

 ずっと見ておこう。


「今日のパンも美味しそうね」

「ありがとうございます」

「藤川さんの店のパンはどれも美味い」


 藤川さんのパン屋は最高だ。

 お義母さんもすばらしい、味も素晴らしい。

 ああ、でもスイートポテトを落としてしまった。

 俺、死刑だな。

 大罪を思い出して沈んでいると、大翔と椿が俺を見ていた。


「食べたことあるの?」

「あ、はい。昨日も買いに来てくださいました」


 藤川さんが答えてくれた。

 ありがとう、これからもいっぱい俺のこと話して欲しいな。

 となると毎日パン屋に通うしか……やっぱり一緒に住もう!


「朝も食べてきた。毎朝食いたい」

「あ、ありがとうございます」


 え、いいの?

 毎日食べても。

 だったら俺、今日にも不動産屋に行くけど?


「二人は、食堂で買ってきたのね」

「ああ。今日は朝出るのが早かったから、弁当作って貰えなかったんだ」

「俺も似たようなものだ」

「へえ? 何か用事あったの?」

「ああ」

「まあな」


 藤川さんと登校するためとは言えない。

 言ってしまおうかと一瞬思ったけど、やめよう。

 一緒に住んだら一緒に出ればいいのだから楽なんだけどなあ。


「あ、ねえ。私も藤川さんのこと、あだ名で呼んでいい?」


 一緒に住む方法を考えていた俺の耳に、聞き逃せない話が聞こえてきた。

 その話題、俺も入りたい!


「もちろん!」

「一花って呼び捨てにするのもいいけど、『花ちゃん』とかどう? 可愛いくない?」

「凄く良いです!!」

「じゃあ花ちゃんね。私は香奈でいいから」

「じゃ、じゃあ……香奈、ちゃん」

「ん!」


 この流れに乗って、俺も!

 一花って呼ぶから!

 司って呼んで!!


「俺も……」

「ツカサは駄目よ」


 藤川さんと楽しそうに話していた椿が急に冷たい目になり、俺に言った。


「何で!?」


 何の差別だ!

 ずるい。

 まだ呼び方が『藤川さん』なの、俺だけじゃ無いか!

 誰よりも一花って呼びたいのにあんまりだ!


「私には何もくれなかったもの」

「ジュース奢ったじゃないか……」


 そんなことを根に持たないでくれ、なんでも買ってやるから!

 大翔が!

 もうなんで……呼びたい、名前で呼びたい呼ばれたい!


「香奈、大丈夫か」

「何が?」

「……いや」


 大翔が椿の心配をしている。

 まだ体調が悪いのだろうか。

 俺には元気そうに見えるが、大翔には何か察するものがあるのだろう。

 俺だって藤川さんに変化があれば気が付くはずだ。

 前髪を切ったのだって、にきびひとつだって見逃さないぜ。


「あ。ねえ、ツカサ。さっきサチから何か貰ってなかった」


 明るい声で椿が話し掛けてきた。

 やっぱり元気そうだけどなあと思いながら、さっき預かった箱を出した。


「ああ。なんか合コンで盛り上がるチョコとかなんとか」

「面白そうね」


 そうだろうか。

 こういうノリはあまり好きじゃない。


「水色が男子、ピンクが女子だって。それぞれ甘いのと辛いのがあって、甘い方を食べた男女がカップルになる。辛い方はハズレだって」

「そういえば涼がこれの話をしてたな。甘い方を食べた二人は絶対連絡先交換しなきゃいけないとか、手を握るとか膝に座るとか……」

「「へえ」」


 女子二人が冷めた声を出した。

 俺も同じだ。

 さすがの安土だな。

 そんなことをやって、何が楽しいのだ。

 好きな子とじゃなきゃ楽しくな……はっ!


 目の前の藤川さんを見た。

 今いるじゃん……好きな子、目の前にいるじゃん!

 これ、最高に楽しいやつじゃん!!


「で、私達もそんなことをやらなきゃいけないの?」

「ええ!?」

「お、一花は乗り気?」

「私!? 無理だよ!」


 目の前で三人はワイワイと騒いでいる。

 だが俺は超真剣だ。

 カップルになりたい。

 連絡先交換したい。

 膝に座らせたい。

 なんでもいいから仲良くなりたい!!


「やろう」


 絶対やろう、今すぐに。

 死んでもやろう。


 俺の声を聞くと三人が顔を顰めた。

 気持ちは分かる。

 俺も藤川さんがいなければそっち側だ。

 でもな……藤川さんがいるから!

 譲れない、引かないぞ。

 そんなに嫌なら、なんなら俺と藤川さん二人でやってもいいけど。


「食べるのはいいとして、何かするの?」

「……兎に角食べよう」


 食べてから藤川さんだったら、まず呼び捨てで呼び合う。

 そんで連絡先聞く。

 あと、勇気が出たら……いけそうだったら、膝に座って貰う!


 椿が男子から食べろというので、大翔とチョコを取った。

 ここで大翔に甘い方を取られてしまうと何も始まらない。

 第一関門だ。

 俺は迷わず藤川さんに近い方のチョコを取った。

 俺の女神に近い分、なんだか御利益がありそうだ。

 口の中に入れてかみ砕くと、チョコの中にキャラメルのような甘さが広がった。

 よしっ!


「辛っ!! 辛あああ!!」


 心の中でガッツポーズをしている俺の隣で、大翔が叫んでいる。

 ふはは……散々俺の邪魔をした天罰だ。

 いい気味だ、のたうち回るがいい。


「何だこれ!? 限度があるだろ!! お前ら、止めとけよ」

「ええ? 面白そうだけど。私は食べよ。花ちゃんは止めとく?」

「香奈ちゃんがやるなら、私も……」

「大丈夫かよ。知らないからな……」


 大翔があまりにも騒ぐから、二人が止めてしましそうで焦ったが……大丈夫のようだ。

 藤川さんと椿は同時にチョコを取り、口に放り込んだ。

 緊張する。

 自分の時より緊張する。

 神様、お願いします!

 叶えてくれたら今までの非礼は全部詫びます!

 俺の部屋に神棚作って毎日祈りを捧げます。

 だから頼みます!

 マジでお願い!!


「!!? 辛ああああいっ!!」


 俺の願い虚しく、藤川さんはハズレを引いてしまった。


 ……はあ。


 いないじゃん……やっぱいないじゃん!

 神なんかに頼むんじゃなかった。

 ああもう……なんだよもおおおお!!

 一気にやる気なくした。

 今日はもう駄目だ。


「口の中が燃えちゃう!」

「だから止めとけっていったじゃん!」


 辛さと格闘している藤川さんの事は心配だが、なんだか楽しそうにも見える。

 こんなことなら、俺もハズレの方が良かった。

 一緒に辛いねって騒ぎたかった。


「香奈ちゃん?」


 藤川さんの声で我に返った。

 椿が黙ったまま立っていた。


「……私、先に戻ってる」

「香奈ちゃん!?」


 椿は荷物を置いたまま、足早に去っていった。

 どうしたのだろう、様子がおかしかった。

 体調が悪いと言うことではないと思う。

 追いかけるべきかと考えていると、大翔が立ち上がった。


「オレも先に戻ってるよ」


 そう言うと椿の荷物を持ち、追いかけていった。

 大翔が行くなら大丈夫だろう。

 いや、大翔の方がいい。

 椿のことは大翔の方が理解している。


 藤川さんに目を向けると、心細そうに椿が去って行った方を見ていた。

 気を使う藤川さんのことだから、『どうしよう』とか『自分に原因があったんじゃないか』とか考えていそうだ。

 目が合ったので、安心するように微笑みかけた。


「大翔に任せよう」

「はい……」


 藤川さんと二人きりになれたことは嬉しいけど、はしゃぐ気分にはなれなかった。

 椿は心配だし、藤川さんも椿のことを気にしているようだし。


「少ししたら、俺達も戻ろうか」

「そうですね」


 その後は言葉少なく過ごし、チャイムが鳴ってから教室に戻った。

 大翔は教室にいたが、椿の姿は無かった。


 大翔に話を聞くと、『椿のことはなんとかする』と力強く言っていたから大丈夫そうだ。

 それを伝えようと、隣の席に藤川さんに声を掛けた。


「藤川さん」

「は、はい!!?」

「?」


 俺に怯えるような、大きなリアクションを取られてしまった。

 あれ、俺……なんかした?

 どうしたのだろう。

 顔色も悪い気がする。


「椿のことは大丈夫そうだ。大翔が任せろって」

「そ、そうですか。良かったです」


 やっぱり挙動不審だ。

 様子がおかしい。


 会話が途切れてからもチラチラと盗み見たが、落ち着かない様子だ。

 机の中や鞄開けたり、ポケットを叩いたり……。

 なんだろう、捜し物か?

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