第34話
お店を出て、以前二人で話したあの公園を目指して歩いています。
私が前を歩き、王子君が後をついて来ています。
お互い無言です。
……とても息苦しいです。
公園はそう遠くないはずなのに、辿り着くまでの道のりを耐えられるでしょうか。
……ああ駄目だ!
耐えられません!
「ごめんなさい!」
私は足を止め、回れ右をして振り向き、深々と頭を下げました。
「私、頂いた栞を……なくしてしまいました……」
頭を上げることが出来ません。
怖くて顔を見ることが出来ないから。
どんな反応をしているのでしょう。
怒っているでしょうか、怖い顔をしているでしょうか。
「その、気づいたらいつの間にか無くなってて……探しても見つからなくて……。本当にごめんなさい」
「……なんだ」
『なんだ』?
それはどういう……?
顔を上げると、王子君は少し困ったような……でも優しく微笑んでいました。
許してくれるのでしょうか。
ああ駄目、人に頂いた物を無くすだなんて、最低なことをしたのに甘えてはいけません。
「ごめんなさい。許して貰えないかもしれないですけど……」
「許さない」
微笑みで一瞬気が緩んでいたところに、ドキリとする言葉を投げられました。
思わずもう一度謝りたくなったのですが、表情は優しいものでした。
ん?
「だから、一緒に買いに行こう」
「え」
戸惑っていると、いきなり手を掴まれました。
何!?
「ええ!? ま、待ってください!」
王子君が私の手を握ったまま歩き出しました。
殆ど引き摺られているようなものです。
何でこんなことになってるの!?
周りの人に凄く見られています。
格好良い王子君に対して、黒いズボンにTシャツ姿の地味でダサい私。
王子君を見て目を輝かせ、手を引かれている私を見て首を傾げる。
皆同じリアクションです。
カーッと耳が赤くなるのが分かりました。
手を繋がれているからか、自分の容姿が恥ずかしいからか分かりませんが……とにかく熱い!
「あの、手を離してください!」
「駄目、はぐれそうだから」
「そ、そうでしょうか?」
今は道路沿いの歩道を歩いているので狭くはありますが、はぐれることは無さそうです。
だから離して!
繋がれた手をどうしても意識してしまいます。
王子君の手は、大きくて冷たいです。
『手が冷たい人は優しい人』、なんて話を思い出しました。
確かに王子君は優しい人だと思います。
私には冷たかったですが。
でも今は話をするようになり、こうして手を引かれています。
時間の流れって不思議。
結局手を引かれたまま辿り着いたのは、翔ちゃんと安土君が行った駅前の大型スーパーでした。
人が多くて嫌だな、知り合いの誰かに見られていそうで……。
躊躇する私に構わず、王子君はズンズン進んでいきます。
エスカレーターを上り、辿り着いたのは雑貨屋さんでした。
看板や壁は落ち着いた茶色の木材で、雑貨屋さんですが男性も戸惑うことなく入ることが出来る佇まいをしています。
通路は狭く、店内は物で溢れていました。
天井にものれんやすだれがぶら下がっています。
置いている商品はアジア風の雑貨が多く、不思議な置物も並んでいました。
ゆっくり見て回ると楽しそうなお店です。
幸い店内の人の姿は疎らでした。
学生らしき人の姿は見えず、大人ばかりで更に安心しました。
障害物が多く、進みにくい店内をまだ手を引かれたまま進みます。
動きにくいんだけどなあ。
店の奥の角で、王子君の足が止まりました。
「栞をここで買ったんだ。ほら」
「あ……」
そこは扇子など日本のものが置かれているコーナーで、和柄の色んな花の栞が並んでいました。
王子君が私にくれた藤ももちろんありました。
椿もあります。
香奈ちゃんにも買ってあげたら良かったのでは?
そんなことを考えているうちに、やっと手が解放されました。
「買ってくるから」
王子君は藤の栞を二つ手に取り、レジの方向に足を向けました。
「二つ?」
疑問をそのまま口にすると王子君が振り向き、照れくさそうに笑いました。
「自分用に同じ物を買おうと思って。俺も『藤王』だし」
なるほど、王子君も確かに『藤』が入っていますね。
それなら……。
「あの!」
王子君を引き留め、手にある栞を奪いました。
「私が買います」
「え?」
「無くしたのは私ですし……。私が買って、一つをプレゼントします。……お詫びで」
無くしたからといって、同じ物を買って貰うのは流石に申し訳ないです。
買い直すなら、自分で払おうと思っていました。
幸いお財布はポケットに入れていましたし。
「じゃあ、お願いしようかな。でもこれは俺が」
「あっ」
奪った栞を一つ奪い返されてしまいました。
「俺が買って藤川さんにプレゼントするから、交換しよう」
「え、でも……」
自分の分は払うともう一度主張しようとしたのですが、王子君は機嫌良さそうにレジに行ってしまいました。
また買って貰うことになってしまいました。
申し訳ないなあ……。
※※※
雑貨屋でプレゼント交換を済まし、店に戻ることにしました。
長い時間お店を離れてしまいました。
翔ちゃん怒ってるかなあ。
王子君は店まで送ると、私についてきてくれました。
少し暗くなって来ていますが街灯はあるし、大丈夫だと断ったのですが……。
帰り道は並んで歩いています。
手は繋いでいません。
少し寒い気がしましたが……日が落ちかかっているからですね。
とぼとぼと歩きながら、何気ない雑談をしました。
王子君と雑談……こんな日が来るとは驚きです。
「俺……藤川さんに嫌われたのかと思った。凄く避けられてたから」
話をしていた王子君の声のトーンが急に落ちました。
それまではひろ君に借りたCDの話などをしていたのですが、私が避けていたことを気にしていたようです。
「無くしたことが申し訳なくて……」
今でも申し訳ないと思っています。
更にもう一度買って貰うことになってしまって……。
今度こそ大事にします。
名前を書いておきたいけど、書き込むのは勿体ない気がします。
家で大事にしまっておこうかな。
「藤川さんは……俺が話さなかったから、俺に嫌われてると思っていたのでしょうか」
公園での話しを思い出したのでしょうか。
表情を曇らせた王子君の歩くペースが落ちました。
「はい、違うんですか?」
「違う!」
王子君の足が止まり、大きな声を出しました。
一歩先に進んでしまっていた私ですが、驚きで振り返りました。
王子君は、悔しそうな……でもどこか恥ずかしそうな様子で車道の方に目を向けていました。
「話せなかったんだ。緊張して」
「はい?」
「でも、今は話せる。だから……話せるから、言いたいことが沢山あるんだ。この前は最後までちゃんと言えなかったけど、反対なんだ。『嫌い』の……」
車が時々通るので聞こえづらかったですが、以前公園で聞いた『嫌いの反対』の話でしょうか。
予想と合っているのか確認しようと王子君に目を向けると……深呼吸をしている?
とても緊張しているようすです。
どうしたのだろうと見守っていると目が合いました。
私を見る目はとても真剣で、真っ直ぐで……。
その強くて綺麗な目に吸い込まれそうになりました。
「俺は藤川さんが好きだ」
「へ?」
今、車は通っていないのではっきり聞こえたはずなのですが……聞き間違いでしょうか。
王子君の目に見惚れ過ぎて耳がおかしくなったのでしょうか。
私のこと『好き』って言いました?
好き?
好きってなんでしょう。
やっぱりクイズですか?
とんちですか?
頭がフリーズしてしまった私を置いて、王子君が口を開きます。
待って。
私、全然追いつけないです。
「だから緊張して……何を話せばいいか分からなくて……。藤川さんが好きだから、特別だから……だから、藤川さんとだけは話せなかった」
あれ、私の頭ってこんなに使えないんですね。
全く機能していません。
王子君の言葉は聞こえているし、分かるのですが、とても他人事のように思えます。
だって……。
容姿端麗、成績優秀、学校で一番のイケメン。
そんな人気者が、ただのぼっちである私に告白とか……どこの漫画ですか。
……そう思うのに。
「……ッ!」
顔が溶けてしまいそうな程熱くなっているのが分かります。
違う、これは勘違いなのよ一花!
真に受けたら恥ずかしいんだから!
自分に言い聞かせるのですが、胸がいうことを聞いてくれません。
だから違う、違うってば!!
「好き、です。こんなこと、急に言われたら混乱すると思うけど……」
また王子君と目が合いました。
王子君の顔も、赤くなっているような気がします。
やめてください……そんな、本気っぽい感じを出すのはやめてください!
「するに決まってるじゃないですか! からかってるんですか!?」
無理です、死んでしまう!
私は逃げることにしました。
そして家に帰り、この記憶を封印するのです!
「違う! 本当に好きなんだ!」
店の方向に走り出した私を、慌てて王子君が追いかけて来ます。
「来ないで! っ!? はわあ!?」
リーチの差もあり、一瞬で捕まりました。
後ろから腕を掴まれ、引っ張られ、体勢を崩してしまいました。
転ぶ!
とっさに身構えましたが、衝撃はありませんでした。
不思議に思い、瞑ってしまっていた目を開けると……。
「良かった。大丈夫?」
「!?」
すぐ目の前に、王子君の整った顔が……!
そして、体が温かい!?
こ、これは駄目です……誰かに見られたら私は死刑になるやつです!
気づけば、王子君に抱きしめられていました。
恐らく転びそうになったところを、抱きとめてくれたのだと思いますが……。
「は、離して!」
「好きなんだ。信じて」
少し体は離れていたのに、ギュッと抱きしめられました。
ここまできたらもう死刑じゃ済みません……親戚一同市中引き回しでさらし首、藤川一族絶滅の危機です!
心臓が口から出そうって、こういうことをいうのですね。
心臓が独立した別の生き物になって出て行きそうな感じがしています。
落ち着いて、私の心臓。
本当に死んじゃうから!
気のせいかもしれませんが、王子君の心臓もバクバクと大きな音を鳴らしています。
だから本当っぽいことはしないでってば!
どうしよう、本当にどうしよう!?
車の気配が近づいてくるのを感じ、今度は冷や汗が流れました。
もし、車に同じ学校の生徒が乗っていたら!
私は思いきり王子君を突き飛ばしました。
驚いた王子君は私を解放してくれましたが、不安そうな顔でこちらを見ています。
何なの……何なのもおおおお!!
「こんなの夢だもん!!」
もう嬉しいのか悲しいのか怖いのかよく分かりません。
とにかく私は死にそうです。
学校の授業でも出たことの無いスピードで歩道を駆け抜け、王子君から逃げました。
タイムを計れば人生ベストレコード間違いなしです。
明日学校行きたくないよ!
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