第37話

「はあ……」


 愛しい小さな背中が去ってしまい、その場にしゃがみ込んだ。


 ……俺、死にたい。


 藤川さんが泣いていた。

 俺のせいだった。

 俺が泣かせたようなものだ。

 クソッ、全く気がつかなかった。

 俺のせいで迷惑をかけていたなんて。


「ああもう、救いようがないな。俺は」


 俺がうじうじしていたツケを藤川さんに払わせてどうするんだ。

 話が出来なくて、俺が辛い思いをさせたことは分かっていたけど、まさか周りにまで影響していたなんて。


「王子、変な冗談はやめてよ」

「何が?」


 さっきから俺に話し掛けてきている、なんか見覚えのあるような無いような三人組。

 藤川さんはこの子達と対面していた。

 こいつらが犯人か?

 俺は凄く機嫌が悪いぞ。


「あの子のこと好きとか。笑えないんだけど」

「超好きだけど。っていうか何? 誰?」


 関係ないし、放っておいて。

 俺は一刻も早く藤川さんに謝りたい。

 この下駄箱と靴を片付けて、すぐに追いかけたい。


「あんな奴のどこがいいの!?」


 三人組の一人が大きな声を出してきた。

 だから誰ですか。

 煩いし……苛々するなあ!


「こんな所で言うわけ無いだろ。いいところを言って、ここにいる野郎が俺の藤川さんのこと好きになったらどうすんだ!」


 藤川さんの魅力をわざわざ敵に教えてどうするんだ。

 馬鹿じゃ無いの。


「……ええ?」


 俺が言っている意味が分からないのか、三人揃って困惑している。

 そんなことより、こいつらには確認しなければならないことがある。


「なんでこんなことしたの?」


 詰め寄って問いかけた。

 三人は肩を寄せ合うように固まって一歩下がった。

 逃げても追いかけるけど?

 視線でそう訴えると、さっきから一番興奮している奴が目に涙を溜めて叫んだ。


「王子のことがっ好きだからでしょ!」

「は?」


 好きって言われても誰だか知らないから困るし、それが理由って意味が分からない。


「王子が好きだから! 嫌われてるくせに、王子にちょっかい出してるあの子がムカついたのよ」

「ちょっかい出してるのは俺なんだけど。嫌ってないし」


 ……と言っても、『嫌っている』と思われるような態度を取っていたのは俺だ。

 藤川さん本人も思っていたくらいなのだから、周りが勘違いしたって仕方が無い。

 やっぱり悪いのは俺だ。

 だから俺がなんとかしなきゃ。

 

「気持ちはありがたいけど、やっちゃ駄目だろう、こんなこと」


 本当はこいつらを殴ってやりたい。

 捕まえて、藤川さんに土下座させてやりたい。

 けど……。

 俺が片棒を担いでいたようなものだし、こいつらを無理やり押さえつけて思い通りに動かしても、きっと良い方向に向かわない。

 ここで俺が攻撃した皺寄せが、また藤川さんに向かってしまうかもしれない。

 だからちゃんとしなきゃ。

 藤川さんが二度と、俺のせいで辛い思いをしないために。


「お願いします。藤川さんが傷つくことはやめてください」


 俺は三人に頭を下げた。

 本当にお願い、藤川さんには笑っていて欲しい。

 もう二度とさっきのような、苦しそうな泣き顔をさせたくない。

 深々と頭を下げ続けた。

 周りの奴らも見ていて欲しい。

 俺のことは俺に言って。


 頭を下げ続けているが、何も反応がない。

 周りも静かで、誰も口を開かない


「お願いします」

「や、やめてよっ」


 頭は下げたまま、もう一度頼むと三人組から反応があった。


「もう……しないから」

「約束してくれるか?」

 

 頭を上げて目を見ると、バツが悪そうな三人がいた。

 約束してくれるまで動かないと思いながら真っ直ぐ見ていると、少ししてから小さな返事が来た。


「……約束、するわよ」


 他の二人も首を縦に振っている。


「ありがとう、良かった。分かって貰えて」


 こんなことをするのはこいつらだけかどうか分からないけど、ひとつ懸念材料が減ったことで少し安心した。

 約束してもまたやるかもしれないから、ちゃんと見ておかなきゃいけないけど。


 俺が安堵して顔を緩めたからか、三人の顔も緩んだ。

 三人で顔を見合って、安心した様子も見える。

 ちゃんと分かってくれた?

 笑ってる場合じゃないから。


「今度こんなことがあったら、俺はもう……何をするか分からない」


 今も藤川さんはきっと泣いてるのに。

 なんで俺の行動が広範囲に影響するのか分からないけど、これで学習したからもう同じことは繰り返さない。

 俺も気をつけるから、そっちも気をつけろよ。


「ひっ」


 目が合うと三人組はおびえた様子で逃げて行ってしまった。

 なんで?

 ちょっとは睨んだけど……。

 っていうかここを片付けろよ。


「怖っ! その顔でああいう表情したら迫力が半端ないわ。王子じゃなくて魔王……魔王子って感じ?」


 勘に障るテンションの声が近づいてきた。

 大翔かよ……ってか見ていたのか。

 今のは上手く言ったつもりか?

 つまんないし。


「しかし、盛大にフラれたな。『大嫌い』だってさ。やるなー、一花」

「うるさい」


 何故か嬉しそうに笑っている大翔の顔を殴りたい。

 凹ましてやりたい。

 ああでも、今はそんなことをしている暇はない


「……どうしよう」

「自分で考えろ」


 別にお前に言ったわけじゃない、独り言だ。

 ジロリと睨むと更に笑いやがった。

 お前、覚えてろよ。


「ってかさ、何で一花なんだ?」

「言わないって言っただろう? 特にお前には絶対言わない。藤川さんにしか言わない」

「じゃあ言えよ。そうやって凹んでたって何にもならないだろ? 状況をなんとかしてぶつかって行くしか無いだろ」


 八つ当たり気味に返した俺に、大翔は真面目な顔をして言ってきた。

 それはそうなんだけど……そうだよな。


「お前、なんでそんなに格好良いの、腹立つ。ってかお前にすげー邪魔されたんだけど」

「俺はお前が邪魔だったから、お互い様だ」


 大翔の言った意味が分かった。

 『俺がいるから椿を諦めた』という意味もやっと分かった。

 まさか椿が俺のことを好きだったとは……。

 全然気がつかなかった。

 椿は『大翔の好きな相手』としか思っていなかった。

 いや、それがあってもなくても俺は藤川さんしか見てないから気づかなかっただろう。

 俺って視野が狭いな……。

 今回のことはそれが原因でもあるし……気をつけよう。


 よし。

 さっさとここを片付けて、靴も洗って……あまり綺麗になりそうにないから新しいのを買っていこう。


「雑巾取ってくる」

「おう」


 藤川さんに謝って、俺の気持ちを全部話して、これからも好きでいることを許して貰おう。

 『大嫌い』って言われたから無理かもしれないけど。


 大嫌いか……ただの嫌いじゃなくて大嫌いだもんなあ……あ、泣きそう。

 でもそうだよな、何もしてないのに俺のせいで辛い目にあってきたんだもんなあ。


 俺だってあの三人組に好んで好かれたわけじゃないけどな!

 周りもなんでそんなに俺に影響されるわけ!?

 ……なんて愚痴っても仕方がない。

 俺の藤川さんに対する態度が普通だったら、こんなことにはならなかったんだから。

 やっぱり元凶は俺だ。


 藤川さん……大嫌いな俺の話なんて聞きたくないかもしれないけど、もう一度話すチャンスをください。






「香奈。あいつの気持ち、聞いただろ」

「……分かってる、分かってるのよ。でも、フラれたからって急に気持ちを消すことなんて無理でしょ?」

「……少しずつでいいから、オレを見てくれよ」

「タイプじゃないわ」

「それ、結構凹む」

「でもヒロトといるのは楽だわ」

「ニュアンス的に喜べないけど、でもまあ普通っていうの? 誰かさんが言うには、それがオレのいいところらしいから」

「そうね」




「私、花ちゃんと会ってくる」

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