第38話

「うー……」


 学校から帰宅すると自分のベッドに直行、ダイブしました。

 涙は止まったけれど、まだまだ緩んでいるので気は抜けません。

 顔はぐちゃぐちゃで、帰宅中はすれ違った人も二度見してしまう程の荒れようでした。

 しかも履いているのは上履きだし、『何事だ』と思われたでしょう。


 さっきの出来事を思い返します。

 私の地味な日常からは考えられない、まるで現実じゃ無いような……そんな感じがしています。

 香奈ちゃんが私に言ったこと、王子君が私に言ったこと……そして私が王子君に言ったこと。

 どれも私の胸の中でまだグルグルと渦巻いていて落ち着きません。


「香奈ちゃんに嫌われてた……」


 『花ちゃん』と呼んでくれるようになり、お友達になれたと舞い上がっていた私は本当に馬鹿です。

 もう、お友達にはなれないのでしょうか。


「はあ……王子君に、大嫌いって言っちゃった」


 香奈ちゃんに言われたことがショックで、王子君には八つ当たりしてしまったようなものです。

 でも、それはずっと心の中にあったもので……はき出せて、やっぱりすっきりしたと思っている自分がいます。


「明日から学校どうしよう」


 王子君が人前であんな大きな声で、あんなことを言うなんて……。

 思い出すと一瞬でカッと顔が熱くなりました。


「うーうー!」


 枕に顔を埋めてバタ足しました。

 ふう……これで恥ずかしさをなんとか消化です。

 登校したら、火あぶりにされてしまうかもしれません。

 転校したいな……。


 ――ピンポーン


 インターホンの音に驚き、飛び跳ねてしまいました。

 吃驚した……。

 誰だろう、顔がひどいから居留守しちゃおうかな。

 無視をしていると、ドアをコンコンとノックしている音が聞こえました。

 しつこいなあ、私はいません。

 再び無視です。

 それでノックは続きます。

 私はいませんよ。


「花ちゃん、いるんでしょう?」


 あれ……ノックの合間に、聞き覚えのある声が微かに聞こえました。

 ベッドから飛び降り、玄関に向かいました。


「……香奈ちゃん?」


 慌てて覗き穴から見ると、やっぱり香奈ちゃんでした。

 開けることを躊躇してしまいます。

 でも、開けないわけにはいきません。

 少し怯えながら、ドアを開けました。


「お店でおうちの場所、聞いてきたの」


 そう言って微笑む香奈ちゃんの目は少し腫れていました。

 さっき泣いたからだと思います。

 あの時のやり取りが蘇り、胸がチクリと痛みました。

 涙腺が緩んでいるので再び涙がこみ上げてきましたが、我慢してのみ込みながら香奈ちゃんを玄関に迎えました。


「上がってください」

「ううん、ここでいいわ」


 部屋には上がらず『玄関でいい』という香奈ちゃんは、私を真っ直ぐ見ると静かに口を開きました。


「……私、花ちゃんにいっぱい謝らないといけないの。まず、さっきのことはごめんなさい。ただの八つ当たりです」

「そんな……」

「私、本当にツカサが……好き、だから……」


 香奈ちゃんの言葉が詰まりました。

 どうしたのかと目を向けると……目から涙が零れていました。


「香奈ちゃん……」


 香奈ちゃんはさっき、想い破れたばかりなのです。

 きっとまだ、悲しい気持ちでいっぱいなはず……。

 なのに、私の所に来てくれたのです。

 ぼっちな私なんて放っておいても、なんの支障もないのに。

 友達はたくさんいるし、今まで通り普通にやっていけるはずなのにわざわざ来てくれたのです。


 さっきは叩かれてしまったけど、もう一度手を伸ばしました。

 もういいよって、ありがとうって言いたい。

 恐る恐る香奈ちゃんの手を取り、両手でギュッとっと握ると今度は叩かれませんでした。


「香奈ちゃん……私もごめんね。応援するって言ったのに、何もしてあげられなかった」

「花ちゃんは何も悪くないわ。ごめんね……」

「うん」

「本当に、ごめんなさい……」

「うん……」


 握った手を、香奈ちゃんも両手で握り返してくれました。

 暖かい手から香奈ちゃんの感情が伝わってきたのか、私も涙が出てきました。


 それからしばらく、私達は手を繋いだまま二人で泣きました。






「あはは、顔がやばいね」

「はい、ぐちゃぐちゃです」


 箱ティッシュをリビングから持ってきて、二人で顔を拭きました。

 お互いボロボロ過ぎて面白いです。

 負の感情を涙で出したのか、今はとてもすっきりしています。

 香奈ちゃんもどこか吹っ切れたような表情をしています。


「あと、これを返さなきゃいけないの」

「あ」


 香奈ちゃんがポケットから出したのは、藤柄の栞。

 王子君と交換した栞は私の部屋の机にあるから……無くした私の栞?


「屋上でご飯を食べて、私が先に戻ったときに目について……取っちゃったの。ごめんなさい」


 やっぱりそのようです。

 そうか……探しても全然見つからなかったのは、香奈ちゃんが持っていたのか。


「いいえ、私も……香奈ちゃんの気持ちを知っていたのに、自慢するようなことをしてごめんなさい」

「ううん。分かってるの。花ちゃんはそんなつもりじゃなかったって。『折角貰ったものだから使わなきゃ』とか思ってたんじゃない?」

「……はい」


 分かってくれていたのが嬉しいです。

 じんわりと胸に暖かいものが込み上げてきました。

 あ、また泣きそう。


「因果応報」

「え?」

「……って言葉を痛感したの。計算して言った言葉は自分に返ってきたし、栞も私が取ったら二人はお揃いで買ったんでしょう?」

「どうしてそれを?」

「今日、ツカサが持っていたから吃驚して。聞いたら、花ちゃんとお揃いで買ったって嬉しそうに話してくれたわ。……栞なんか取らなきゃ良かった、そう思ったわ」

「そう……ですか」


 王子君のことを好きな香奈ちゃんが話す、私のことを好きだという王子君の話にどう反応したらいいのか分かりません。

 香奈ちゃんはどんな想いで話しているのでしょう。


「ねえ。私がツカサのことを好きなくらい、ツカサは花ちゃんが好きだったよ。花ちゃんしか見えてないって」


 香奈ちゃんは苦笑いというか、呆れているような笑顔を浮かべています。

 私はやっぱり……どんな顔をしたらいいのか分かりません。


「私のことは気にしなくていいよ。ううん、気を使われた方が嫌」


 俯いてしまった私の心情を察したのか、とても優しい口調で語りかけてくれました。

 気遣ってくれているのが分かります。

 やっぱり香奈ちゃんは素敵な女の子です。


「私……分からないんです、恋愛が。それより、香奈ちゃんとお友達になりたいです」


 思ったままのことを口にしました。

 だって……今は一番、香奈ちゃんと友達になりたいという気持ちが強いです。

 やっぱり私は嫌われているのでしょうか……。

 恐る恐る香奈ちゃんを見ると、きょとんとしていました。

 どう思っているのだろうとドキドキしながら見ていると、次第に顔は緩み、『あはは』と笑い始めました。


「馬鹿ね、もう親友でしょ? こんなに泣きながら話すって普通の友達じゃ出来ないでしょ」

「本当ですか!」

「ええ。っていうか、『お友達になりたい』なんて改まって言われたこと無かったから、なんだか恥ずかしいじゃない」


 香奈ちゃんに恥ずかしい思いをさせてしまいました。

 私も恥ずかしいというか、照れています。

 でも、勇気を出して良かった! 

 嬉しい……私の片想いは成就しました!

 さっきまでの悲しい気持ちが吹っ飛びました。


「全く、ツカサの気持ちが少し分かった気がするわ。花ちゃんはずるい」

「え!?」

「……ツカサが好きになったのが花ちゃんで良かったわ。そうじゃなきゃ私、もっと嫌な奴になってたかも」

「そんなことは……!」


 どう答えていいのか分かりません。

 でも、香奈ちゃんは『嫌な奴』なんかじゃありません。

 きっと自分の気持ちに真っ直ぐだったのです。


「香奈ちゃんは恋する女の子だったから、王子君が本当に好きだったから夢中になってただけで……。でも、さっきの靴みたいなことは絶対しないし、こうやって私なんかに謝ってくれるし、嫌な奴なんかじゃないです。それだけ人を好きになれるのが凄いっていうか……」


 上手く言えないですが……香奈ちゃんは素敵だって伝えたいです。


「ふふ、ありがとう。じゃあ、花ちゃんも恋してみれば?」

「へ!?」


 まさかそんな返しをされるとは思っていなかったので、吃驚しました。

 一瞬思考回路が停止しました。


「相手は誰でもいいけれど……ツカサのことは本当に大嫌い?」


 その話題は、正直に言うと避けたいのですが……逃げてはいけないのかもしれません。

 私より辛い香奈ちゃんが私の話を聞いてくれているのだから、ちゃんと考えなきゃいけません。


「……いえ、嫌いではないです。でも、私とは違いすぎて……恐れ多いというか……」

「そうかな? 案外普通よ? というか馬鹿でしょ。花ちゃんのこと好きすぎて話が出来ないとか」


 今度は本当に呆れているようで、鼻で笑ってる感じです。

 あれ、さっきまで『好きだ』と泣いていた相手なのでは?

 香奈ちゃんほど女子レベルが高いと、切り替えも早いのでしょうか。

 乙女心は難しいです……。


 王子君には確かに親近感が湧いた時もありました。

 落としたスイートポテトを食べようとしている時なんて、おかしくて笑っちゃったくらいです。


「話してみたら? ツカサと。大好きな花ちゃんに『大嫌い』なんて言われてきっと泣いてるわよ」


 そうなのでしょうか。

 正直まだ、あの王子君に好かれているということさえ半信半疑です。

 壮大なドッキリなんじゃないかと思ったりもします。


「ツカサ、皆にお願いしてたよ。『藤川さんの傷つくようなことはしないでください』って。頭下げてたよ」

「え……」

「あの三馬鹿を頭ごなしに怒るより効いたと思うよ? あれでツカサが『本当に花ちゃんのことが好きなんだ』っていうのが周りに伝わったように見えたし。……私、勝てないなって思った」


 頭を下げて……お願い?

 私が『王子君のせいだ』と言ったから、王子君に頭を下げさせるようなことになってしまったのでしょうか。

 王子君の行動が原因ではありますが、あの三人組が私に嫌がらせをしたのはあの人達の人間性というか……王子君が『やれ』と言ってやったわけではないのに。


 王子君の行動で迷惑を被ったことは確かだけど、それは王子君が意図してたわけじゃないんですよね。

 『あなたは人気者なんだから気をつけて! ファンの管理もちゃんとして!』というは酷な気がします。

 被害にあった身としては言いたいけど、大きな声で言いたいけど……!

 王子君だって私と同じ、ただの高校生なんです。

 芸能人よりキラキラしてるけど芸能人じゃないし、本人には『人気者』なんて自覚はないのかもしれません。

 少なくとも砂だらけのスイートポテトを食べようとしていた王子君は、普通の……いえ、ちょっとお馬鹿なくらいの高校生でした。


「花ちゃんはこのままでいいの? これからどう過ごしていくの? ずっとツカサを無視して学校生活を送るの?」

「それは……」


 何も思い浮かびません。

 思い浮かばないというよりは、色んなことが浮かびすぎて纏まらないというか、みつけられないというか……。

 言葉に詰まり黙っていると、ドアの向こうで物音がしました。

 人が通ったのかと思っていると、我が家のインターホンが『ピンポーン』と鳴りました。


「来たわね」


 ドアの方を向くと、香奈ちゃんが誰か確認することもなく声を掛けました。


「開いてるわよ! 花ちゃん、次の奴と交代するわ。私は行くから。明日学校でね。 ……頑張ってね」


 そう言って私を軽くハグすると、香奈ちゃんは扉を開けて去って行きました。

 香奈ちゃんの行動に困惑と嬉しさが同時に湧いて混乱しているところに、『次の奴』の姿が見えて……。


「……入っていいでしょうか」


 扉を抑え、遠慮気味にそう尋ねてきたのは王子君でした。

 『駄目です』って閉めていいですか。


 ……いえ、香奈ちゃんが『頑張って』と言った意味が分かったので逃げません。


「どうぞ」

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