第28話

 太陽は高く昇り、日差しを強く感じます。

 屋上なので風が通る分暑くはありませんが、日焼けはしそうです。

 そのせいか、あまり人の姿はありません。


 大きなコンクリートブロックの上に王子君と草……ひろ君が腰掛けています。

 低い段のところに、私と椿さんが並んで座りました。


 嬉しいです。

 憧れの椿さんとお昼ご飯!


 昼休憩を告げるチャイムが鳴り、誘われるのかとドキドキしていた私に王子君が声を掛けてくれました。

 メンバーは王子君にひろ君、椿さんに私です。

 普段はあと二人いるそうなのですが、その二人はカップルなのでいたりいなかったりするそうです。

 今日は二人で何処かに食べに行っていないとか。

 凄いなあ、別世界の話だ。

 安土君は同じクラスの人達といるそうです。


 私は今日もお店のパンを持ってきました。

 椿さんのお昼ご飯はお弁当でした。


「凄く美味しそうです!」


 色とりどりで可愛い、とても女子力の高いお弁当です。


「ありがとう。今日は上手に出来たかな」

「椿さんが作ったんですか!?」

「ええ、そうよ」

「凄いです!」


 おにぎりもただ握って海苔を巻いただけじゃありません。

 海苔の代わりに卵を巻いていたり、味が違うのか色もそれぞれ違います。

 私が作ったら梅干しを中に入れて海苔を巻くだけです。

 もしくは塩むすびかごま塩を振るだけ……。

 おにぎり一つでこんなにも女子力の違いがでるものなのですね。


「今日のパンも美味しそうね」

「ありがとうございます」

「藤川さんの店のパンはどれも美味い」


 ひろ君と椿さんが、揃って王子君を見ました。

 少し驚いているようです。


「食べたことあるの?」

「あ、はい。昨日も買いに来てくださいました」


 王子君の代わりに私が答えてしまいました。

 ひろ君が何か言いたそうな顔をしています。


「朝も食べてきた。毎朝食いたい」

「あ、ありがとうございます」


 お店としては有難いですが、やっぱり買いに来る時は私がいない時でお願いしたいな。


「二人は、食堂で買ってきたのね」


 男子二人は揃ってカップ麺を持っています。

 食堂で買って、お湯も入れてきたようです。


「ああ。今日は朝出るのが早かったから、弁当作って貰えなかったんだ」

「俺も似たようなものだ」

「へえ? 何か用事あったの?」

「ああ」

「まあな」


 あれ、用事があったのに待っていてくれたのでしょうか。

 終わった後だった?

 二人を見ると、目を逸らされました。

 何やら微妙な空気が流れました。

 え、何?


「あ、ねえ。私も藤川さんのこと、あだ名で呼んでいい?」


 淀んだ空気を流すような明るい声が私に向けられました。

 ええ!?

 椿さんがあだ名で呼んでくれるだなんて……何もしていないのにそんなご褒美を頂いてもいいのでしょうか!


「もちろん!」

「一花って呼び捨てにするのもいいけど、『花ちゃん』とかどう? 可愛いくない?」

「凄く良いです!!」


 椿さんになら何と呼ばれても嬉しいですが、『花ちゃん』は凄く可愛いです!

 女の子のあだ名! という感じがします、素敵!


「じゃあ花ちゃんね。私は香奈でいいから」

「じゃ、じゃあ……香奈、ちゃん」

「ん!」


 今日は学校に来て良かった!

 幸せです!


「俺も……」

「ツカサは駄目よ」

「何で!?」

「私には何もくれなかったもの」

「ジュース奢ったじゃないか……」


 王子君と香奈ちゃんが話をしています。

 仲が良いなあ。

 私と話すときの王子君とは別人のようです。

 気心のしれた感じが羨ましい……。

 ん?

 羨ましいのは、友達とワイワイ楽しく話せるこの感じのことで、決して王子君と仲良く話せることが羨ましいわけでは……。

 いえ、香奈ちゃんと仲良く話せる王子君が羨ましい?

 あれ……何だか自分の思考が分からなくなってきました。


「香奈、大丈夫か」

「何が?」

「……いや」


 ひろ君が香奈ちゃんを心配しています。

 どうしたのでしょう、まだ体調が悪いのでしょうか。

 私にはニコニコしていて元気そうに見えるのですが。


「あ。ねえ、ツカサ。さっきサチから何か貰ってなかった」

「ああ。なんか合コンで盛り上がるチョコとかなんとか」

「面白そうね」


 ここにはいないいつものお昼メンバーの子が、王子君に面白いチョコを渡していったそうです。

 ご飯を食べ終え、一段落したところで正方形の小さな箱を開けました。

 中には一口サイズのハート型チョコが四つ、それぞれ包まれた状態で入っていました。

 包みの色は水色が二つ、ピンクが二つ。


「水色が男子、ピンクが女子だって。それぞれ甘いのと辛いのがあって、甘い方を食べた男女がカップルになる。辛い方はハズレだって」


 箱の中に入っていた紙に説明が載っていたのか、王子君が教えてくれました。

 へえ……世の中にはこんな遊び心のあるチョコがあるのですね、知りませんでした。


「そういえば涼がこれの話をしてたな。甘い方を食べた二人は絶対連絡先交換しなきゃいけないとか、手を握るとか膝に座るとか……」

「「へえ」」


 私と香奈ちゃんの感情の無い声が重なりました。

 恐らく思いは同じです。

 安土君、さすがのチャラさだな、と。


「で、私達もそんなことをやらなきゃいけないの?」

「ええ!?」

「お、一花は乗り気?」

「私!? 無理だよ!」


 大きな声を出した私をからかうようにひろ君が話を振ってきましたが、私には絶対無理です!

 恥ずかしい!

 何をするか知りませんが、こういうノリのもの全般無理です!


「やろう」


 王子君が言いました。


 ええ?

 声は出ていませんが、皆が顔を顰めました。

 王子君はこういうものに参加するタイプだったのでしょうか。

 意外です。


「食べるのはいいとして、何かするの?」

「……兎に角食べよう」


 どうしてそんなに前向きなのか分かりませんが、食べるだけなら私も構いません。


「先に男子から食べてよ。せーので同時に食べてね。……せーの!」


 香菜ちゃんの掛け声で、二人は同時に口に放り込みました。

 そして一噛みした瞬間……。


「辛っ!! 辛あああ!!」


 そう叫んだのはひろ君でした。

 そして王子君は、その隣でニヤリと笑っていました。

 ほくそ笑んでいるような悪い笑みです。

 こんな笑い方もするのだなあと、少し驚きました。


「何だこれ!? 限度があるだろ!! お前ら、止めとけよ」


 ペットボトルのコーラを口に流し込みながら、私達に忠告しました。

 そんなに辛いのでしょうか。


「ええ? 面白そうだけど。私は食べよ。花ちゃんは止めとく?」

「香奈ちゃんがやるなら、私も……」


 本当はやめたいですが一人やらないというのはノリが悪いし、香奈ちゃんに申し訳ない気がするので頑張ります。


「大丈夫かよ。知らないからな……」


 ひろ君の哀れむような視線を受けながら、ピンクのチョコを取りました。

 怖いなあ、辛かったらどうしよう……。

 香奈ちゃんと目を合わせ、同時に口の中に放り込みました。

 一口目はまだ噛んでいません。

 なので普通のチョコです。

 怖々しながら一噛みすると……あれ、普通……と思いきや!


「!!? 辛ああああいっ!!」


 何これ、甘いのに辛い!

 わけが分かりません!

 チョコの甘さと、辛いのは唐辛子? タバスコ?

 とにかく辛いです!

 なんだか無性に腹が立ちます!

 なんで甘いのに辛いの!?


「口の中が燃えちゃう!」

「だから止めとけっていったじゃん!」


 そうだけど、やめる分けにはいかなかったもの!

 ああ、口から出ちゃう!

 吐くのは汚いから出来ないけど、飲み込みたくない!

 辛さは、いつまで経っても引きません。

 うう……痛い……。

 ひろ君もまだ辛そうです。


 飲み物を買いに行こうかと考えていると、隣に座っていた香奈ちゃんが立ち上がりました。


「香奈ちゃん?」


 見上げて顔を見たのですが、逸らされてしまいました。

 どうしたのでしょう。

 お花畑に行きたいのでしょうか。


「……」


 え?

 逆光で見えませんでしたが、私に向けられた視線はとても冷たいもののように感じました。

 その瞬間、私は息が止まりそうになりました。


「……私、先に戻ってる」


 そう言うと、香奈ちゃんは荷物を置いたまま足早に去っていきました。


「香奈ちゃん!?」


 明らかに様子が変でした。

 どうしたのでしょう。

 立ち上がり、追いかけようとするとひろ君に止められました。


「オレも先に戻ってるよ」


 そう言うと、椿さんの荷物を持ってひろ君も姿を消しました。

 何が起きたのでしょう。

 さっぱり分かりません。


 でも、何かあったことは分かります。

 どうしていいか分からず、私と同じように取り残された王子君に視線を向けました。

 王子君も戸惑っている様子ですが、私と目が合うと静かに微笑みました。


「大翔に任せよう」

「はい……」


 私が何かしてしまったのでしょうか。

 私が怒らせてしまったのでしょうか。

 あの冷たい視線は、見間違いではない気がします。


 折角仲良くなれたのに。

 胸が押しつぶされそうです。

 追いかけたい衝動を抑え、二人が出て行った扉を見つめることしか出来ませんでした。

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