第27話

 今日はいつもより早い時間に家を出た。

 三十分程度だが、普段より涼しく感じる。

 人の姿もあまりなく、気持ちが良い。

 良い朝だ。

 清々しい気分で頑張れそうだ。

 よし、藤川さんに会うぞ!


 藤川さんはここ最近、早い時間に登校しているようだった。

 俺が登校すると既に席に着き、小説を読んでいることが多い。


 一緒に登校したい。

 大翔は放って置いて!

 そう思っていたのに……。


「よお」

「……早いな」

「まあな」


 いつもの合流地点。

 今日はスルーしてやろうと思っていたのに、既に大翔が待ち構えていた。

 この時間ならいつもならまだ家いるはずなのに……。


「お前の考えなんてお見通しなんだよ」

「ぐっ」


 俺の方が背が高いのに、見下ろされているようなこの屈辱感。


「ほら、行くぞ。折角早く出たのに会えなくなるぞ」

「お前は後から来いよ」

「先行くからな」

「待てよ」


 何故、俺の考えがバレたのだ。

 エスパーかよ。

 まずいな、大翔は本当に強敵だな。

 っていうか本当に椿は諦めたのか?


 先を行くオレンジ頭を睨んだ。

 ヘッドフォンを奪って遠くに投げてやろうか。


「あっちから来るな」


 藤川さんの通学路との合流地点で大翔が足を止めた。

 お前は先に行け!


「先に行ってないよなあ……お、いた」

「何処!?」


 大翔の視線の先を追う。

 いた!

 まだ遠くだけど、小さくしか見えないけど可愛いことは分かる!

 大翔が先に見つけたのが癪だけど、会えて良かった!


 藤川さんが段々大きくなる、近づいてくる。

 でも遅い!

 この遅さが可愛い……。

 歩幅が狭いからなあ。

 早く来て欲しい……でも待っているこの時間も捨てがたい。

 ああ、もう少しで声が届く。


 見つめながら待っていると、藤川さん俺達に気づいた。

 驚いたのか、一瞬足が止まりそうになったが、漸く目の前にまで辿り着いた。


「藤川さん、おはよう」

「よ! おはよ」


 挨拶は大翔より早く出来た!

 よしっ。


「お、おはようございます」


 俺達の顔を見ながら戸惑っている。

 そのまま先に進もうとする藤川さんの隣にすかさず並んだ。

 一緒に行きます。

 大翔も反対側に並んだ。

 お前は後ろに行け!

 昨日一緒に出掛けているんだから少し遠慮しろ!

 二人きりの時間がお前の方が多いはずだ。

 ここは俺に譲れ!


「わっ」


 藤川さんが何かに躓いた。

 『危ない!』と思った時にはもう、大翔が藤川さんの腕を掴んでいた。

 しまった……大翔への恨み辛みを考えていて出遅れた!

 大失態だ!


「ぼうっとすんなよ。一花」

「う、うん。ありがとう」


 え?

 大翔……お前……今、何て言った?

 お前、今何て言った!?


 俺の藤川さんを呼び捨てにしたな!?

 俺が心の中でしか出来ないことを現実でやりやがったな!

 おのれええええ……。


 大翔に呪いの念を送っていると藤川さんと目が合った。

 昨日のことが蘇って慌てて目を逸らした。

 はあ……逃げたのも、今目を逸らしたのも変に思われたかな。

 駄目だ、大翔に先を越されている。

 このままじゃいけない。

 藤川さんと話を……!


「何?」

「ううん、何でもないの。草加君達は、どうして立ち止まっていたの?」


 勇気を出して話し掛けようとしたのに、大翔と藤川さんが話し始めてしまった。

 そんな馬鹿な……。

 藤川さん、話は俺に振ってください!


「たまに途中で一花と会うことがあっただろ? だから、いるかもしれないなーって見てみたら、後ろにいたから待ってたんだよ」


 本当は待ち構えていたけどな。

 ってか俺一人で良かったのに!


「って、違うだろ」

「え? あー……ひろ……君」

「そうそう」


 え……。


 目と耳を疑った。

 恥ずかしそうに、顔を赤くしながら大翔を『ひろ君』と呼ぶ藤川さんの姿なんて……幻覚だよなあ?

 ええええ、何だよそれ!?

 羨ましいなああああくそおおおお!

 大翔の奴、どんな手段使ったんだよ!

 俺にも教えろよ!

 お前に弟子入りしていた期間でそんなこと習えなかったぞ!?


「一花が怯えてるぞ?」

「え?」


 藤川さんを見ると顔が曇っていた。

 俺から距離を取りたいのか、少し大翔の方に近づいている。

 それは駄目、こっちに来て!


「ごめん。違うんだ、これは大翔の馬鹿が、喧嘩を売ってくるから!」

「悔しかったら、お前も言えばいいだろ? ま、無理だろうけどさ」

「はあ? 余裕だっつーの!」

「そ? じゃあ、どうぞ」


 『やれるならやってみろ』

 すかした大翔の顔にはそう書いてあった。

 なめやがって……。

 ちょっと自分が一歩先をいっているからって!!


「藤川さん!」

「!? は、はい!」


 吃驚させてしまったようで、藤川さんの肩が少し跳ねた。

 その肩抱いて良いですか。

 じゃなくって、今は名前の方だ。


「その……俺もっ!! 呼び方を……」


 『一花』って呼ぶから『司』って呼んで!

 っていうかもう苗字は一緒にしようよ!

 一文字違いだからさあ!

 学校行くのなんかやめて役所に行こう!


「呼び方? 王子君?」

「違う……」


 そうじゃないんだ……小首を傾げてる姿は可愛いけど、違うんだ!


「ごめんなさい!」

「え? いや、違う。その……藤川さんは悪くなくて! でも、そうじゃなくて!」

「?」


 上手く言えない……何故だ……。

 俺の想いよ、藤川さんに届け!


「……馬鹿はお前だろ」




※※※




「はあ」


 席に着き、こっそりと溜息をついた。


 藤川さんと登校出来たことは嬉しいけれど、大翔が邪魔だった。

 ほんと邪魔だった。

 登校している間もほとんど大翔が話していた。

 憎い……恨むぞ大翔!


 でも、教室では俺の方が有利だ。

 隣だからな!


「あ」


 鞄を片している藤川さんに目をやると、机に置かれた小説に見覚えのあるものが挟まれてあった。

 俺があげた栞だ!


「あ、はい。使わせて貰ってます。ありがとうございました」


 俺の視線に気づいた藤川さんが照れているのか、はにかみながらお礼を言ってくれた。

 可愛い……お礼であなたを頂けませんか。


「えっと……使うのが勿体無い気もしたのですが、折角なので……!」

「使ってくれて嬉しい」


 本当に嬉しい。

 じんわりと胸に暖かいものが広がるこの感じ……幸せだ。

 癒やされるなあ、可愛いなあもう!

 俺があげたものを、藤川さんが使ってくれていることがこんなに嬉しいなんて。

 繋がりが出来て凄く進展した気がする。

 これはいい。

 次は何を贈ろう。

 どんどん増やしていって、藤川さんの周りを俺のもので埋めていって、最終的に藤川さんを俺が貰う!


「綺麗な栞ね」


 聞き慣れた声がした。

 いつの間にか椿が、俺と藤川さんの間に立っていた。

 おい、藤川さんを遮るんじゃありません。


「椿さん!」


 藤川さんが嬉しそうに椿の名を呼んだ。

 椿よ、羨ましいぞ。

 俺と顔を合わせても、こんな顔をしてくれたことはない。


「おはようございます! あの、体調は大丈夫ですか?」

「ええ。ありがとう。それはどうしたの?」

「えっと……藤王君に頂きました」

「ツカサに?」


 椿が疑うような表情をしている。

 何がそんなにおかしいのだ。


「ツカサ、私には何かないの?」

「椿に? ない」


 椿は大翔に貰ってくれ。

 大翔も『諦める』とか意味不明なことを言っている暇があったらプレゼントで攻めたり、動けばいいのに。


 そういえば藤の栞があったところに、椿の栞もあったな。

 一瞬買おうかと思ったが、藤川さんと椿がお揃いになるからやめた。

 あ!

 藤の栞……俺の分も買えばよかった!

 藤川さんとお揃いになったのに!

 何で今気づくんだ……馬鹿だろ俺。

 今度買いに行こう。


「もう、気が利かないんだから。ジュースくらい奢ってくれるわよね?」

「別にいいけど」

「いらないわよ」

「……だったら言うなよ」

「やっぱり奢って」


 ええー……椿、面倒臭いな。

 奢っても良いけど、藤川さんも誘ってください。


「藤川さんもツカサに奢って貰おうか?」


 よし、流石椿!


「ウーロン茶」


 藤川さんはウーロン茶だよね?

 俺、知ってる!

 昨日買ったから!

 安土情報でもウーロン茶が好きだって言っていたし。


「あの……私はいいです」


 ええー……なんで?

 行こうよ!


「そう? じゃあ、私達は行ってくるね」


 だから藤川さんも誘えって!

 買わなくても一緒に行こう!?


 自分から誘おうと思ったけど、藤川さんが小説に手を伸ばしたからやめた。

 本を読むなら邪魔をしない方がいい。

 名残惜しいが藤川さんを教室に残し、ジュースを買いに食堂に向かった。


 すれ違う知り合いに挨拶をしながら、廊下を歩く。


「ねえ、ツカサ」


 横を歩く椿がこちらに顔を向けた。

 椿は藤川さんと違い、背が高い方だ。

 と言っても俺や大翔よりは断然低いが、視線の高さ的には話しやすい。


「私ね。ツカサに話したいことがあるの」


 表情は普通だが、わざわざ改まって『話がある』なんて何なのだろう。


「何?」

「今はやめとく。今度話すわ」

「なんだよ、勿体ぶって」

「ふふっ。気になる?」

「なる。何だ?」


 思い当たることが何もない。

 何だろう?


「そうやって、いっぱい私のこと考えて?」

「はあ?」


 笑顔で言われても……。

 悪いが俺のメモリは藤川さんでいっぱいなわけで。


「何を言われるか予想してみて。答え合わせするから」

「分からない。ギブアップ」

「面倒くさがらないでちゃんと考えてよ」


 面倒くさいと思ったのがバレてしまった。

 考えたけれど、本当に思い当たることが全くないから無理。


「あ、何か返し忘れてる?」

「ばーか」


 違ったらしい。

 んー……ごめん。

 無理。


「そういえば、何か悩みでもあるのか?」

「え?」

「先週、様子がおかしかったから」


 元気がなかったが、体調が悪いだけだったのだろうか。

 そうじゃないような気がして心配だった。


「そう……かな? 何もないよ」

「まあ、何かあったら言えよ。女子の友達に言いづらいこととかだったらさ。俺も友達だし」

「……うん。ありがとう」


 異性に聞きたいこととかあるかもしれない。

 俺も女心というものを、藤川さんと仲良くなるために聞いてみたいものだ。

 今度椿に聞いてみようかな。


 さて、藤川さんにウーロン茶買っていこうかな。

 飲み物は持っているかな?

 勝手に買っていったら迷惑かな。

 悩むなあ。

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