第25話
大翔の家はオレの家の近所だが、藤川さんのお店からは徒歩だと少し時間が掛かる距離だ。
着いた時には空が暗くなり始めていた。
二階建ての一軒家。
大翔には似合わない和風の落ち着いた造りになっている。
藤川さんが好きそうで、少し腹が立つ。
「よお。悪いな、急に呼んで」
出迎えてくれた大翔の後に続き、一階のリビングに入った。
普段遊びに来た時は二階の大翔の部屋に行くのだが、今日は家の人が誰もいないし、部屋が散らかっていて狭いからリビングで話すことにしたらしい。
確かに、大翔の部屋はいつもCDや漫画が散らばっている。
何度かCDケースを踏んで割ってしまい、怒られた。
そんなに大事なら、踏まれないように片付けて欲しいものだ。
リビングでは安土がソファに仰向けに寝転がり、肘掛けに足を乗せてくつろいでいた。
自分の家か、リラックスしすぎだ。
「王子! 硬派ってどうやってなるの!?」
俺を見ると飛び上がり、わけの分からないことを言いながら掴みかかってきた。
おい、藤川さんとじゃれた感触が薄まるじゃないか、触るな!
ソファに押し戻し、座らせた。
「王子はモテるのにさ、全然女の子と遊んだりしないじゃん。なんで? なんで我慢出来るの?」
隣に腰を下ろした俺に、不思議そうな顔を向けてくる。
「別に我慢なんかしてない。俺からしたらお前の方が不思議だ」
「ええ?」
理解出来ないと言いたそうだが、俺もだ。
多分俺達は違う生物なんだ。
「ああ! ショウちゃんと付き合いたい!」
ソファに置かれていたクッションを抱きしめながら安土が叫んだ。
今狙っている子の名前か……て、あれ?
「ショウ?」
どこかで聞いたことがあるな。
最近関わった気がする……あ。
さっきすれ違ったジャージの奴だ。
「王子、知ってんの!?」
「確か藤川さんの店でバイトしていた……」
「司!」
え、何?
大翔に焦ったような声で呼ばれた。
首を横に振っているけど、どういうこと?
「ショウちゃんのバイト先!?」
「なんで司が知ってるんだよ……」
「ええ?」
藤川さんと仲が良さげな羨ましい奴が、『ショウチャン』と呼ばれていたことは思い出したけど……あいつのことで合ってるの?
でもあいつ、男だったぞ?
中性的で綺麗な顔はしていたけど。
「安土、あいつが好きなのか?」
「大好き!」
「ええ?」
遊び過ぎて突き抜けてしまったのか?
どんなところに辿り着いているんだよ、お前。
やっぱりお前は凄いな。
「まあ、頑張れ」
「おう! やっぱ王子は良い奴だな」
応援しても良いのだろうか。
でも、本人の自由だよな。
俺も頑張るし、お前も頑張れ。
「王子は何で女の子に誘われても遊ばないの? まさか、そっち!?」
『そっち』ってどっちだよ。
男に興味がある人と言いたいのなら……。
「それは安土の方じゃ……」
「あ-! あーっ!」
「?」
大翔が急に大きな声を出した。
さっきからどうしたんだ?
「王子はさあ、好きな子でもいるの?」
安土に聞かれ、ドキリとした。
今日は藤川さんのことばかり考えている。
いや、今日だけじゃ無い。
最近は藤川さんのことで頭がいっぱいだ。
前からそうだといえばそうだが、段々藤川さんが俺の脳を支配する割合が増えてきている。
他のことを考えるスペースがないくらいだ。
「……」
今聞かれた質問は、何度か受けたことがある。
誰にも話したくなくてさらっと流してきていたが、今日は余裕がないのか言葉が何も出なかった。
「え、いるの!?」
顔を逸らしてしまったからか、空気で察知するされたのか分からないが、安土が悟ったようで身を乗り出してきた。
視界の端で大翔も驚いているような顔をしているのが見えて、妙に嫌な気分になった。
嫌というか、恥ずかしいというか……こっちを見るな。
「誰!? 香奈ちゃんとか?」
「なんで椿?」
「あれ、違う? じゃ誰?」
「お前には絶対言わない」
安土に言ったらその日に学校中に知れ渡っていそうだ。
お前に話すのは、スピーカーに向かって喋るようなものだ。
話すわけ無いだろう。
『ヒントくれ!』としつこく粘られたが、完全に無視をした。
俺は貝になる。
「ちぇ、ケチだなあ。教えてくれたっていいじゃん! ヒロはウーロンと良い感じだよなあ? 付き合っちゃえよ」
「そんなんじゃないって」
「またまたあ」
「ウーロン?」
俺の尋問を諦めた安土が大翔に話を振ったが、知らない話だ。
だが、嫌な予感はしている。
「そ。駅前の近くのカラオケってさ、ドリンクメニューが凄いじゃん? 凝ってるっていうか豪華っつーか。あの中でウーロン茶頼んじゃうくらいウーロン茶が好きな子」
「ウーロン茶は好きなんだろうけど、あいつのことだから気後れしたか遠慮したのかもな」
「そっかあ。なんか地味っていうか、大人しいもんなあ。おれは絶対ショウちゃんだなあ」
「聞いてねえよ」
それ……絶対、藤川さんじゃないか!
さっきもウーロン茶を買って渡したし、慎ましい感じが藤川さんっぽい。
大翔と良い感じって何!?
今度は俺が尋問する番だ。
そう息巻いていたところで、テーブルの上に置いていた安土のスマホが鳴った。
安土は画面を見ると、顔が歪ませた。
困ったような表情になった。
「うわあ、今日断った女の子だ! 怒ってるなあ。他の子と遊ぶために断ったのバレたかなあ」
「あ? お前今日は空いてるって言ってなかった?」
安土の呟きを聞いて、大翔が驚いている。
「空いてるよ?」
「約束があったんなら空いてねえじゃねえか。そういうところだぞ、お前の悪いところ」
「大丈夫! 今日から生まれ変わるから! でも、とりあえず今から行ってご機嫌とってくる!」
「行くのかよ。ショウ一筋になるんじゃないのか?」
「そうだよ? でも、この子は友達だし、嫌われたら嫌じゃん」
「まあ、そうかもしんないけど」
大翔はあきれ果てたようで、額に手をあて、『さっさと帰れ』と手で追い払おうとしている。
「じゃあね! 王子を見て勉強して、おれも頑張るから!」
慌ただしく身支度を済ませ、安土は大翔宅を出てった。
「あいつは駄目だな。死んでも硬派なんて無理だ」
玄関まで送り、戻ってきた大翔はそう吐き捨てた。
安土に関しては、俺も同意見だ。
大翔とは話をしたかったし、二人きりになったこの状況はちょうど良い。
「ウーロンって藤川さん?」
「そうだけど」
やっぱり。
藤川さんのことをあだ名で呼んでいるなんて羨ましい、妬ましい。
「そんな顔すんなよ。お前さ、なんでそんなにウーロンのこと嫌ってんだ?」
「はあ? お前まで何を言っているんだ。俺がいつ、藤川さんが嫌いだって言った?」
そんな顔ってなんだよ。
大翔が妬ましくて鬱々としていただけだ。
大翔まで勘違いしているのか?
「そりゃ……言葉で聞いてはいないけどさ、普段の態度見てりゃさ。……って違うのか?」
「違うに決まっているだろ」
「だったらなんで無視してんだよ」
「してないし」
「してただろ」
大翔が鋭い目を俺に向けている。
結果的にそうなってしまっていたことはあったが、俺だって無視なんてしたくてしていたわけじゃない。
「……したくても出来なかったんだよ」
「なんで?」
言いたくない。
特に大翔には。
口を開くと余計なことを言ってしまいそうだ。
視線を逸らして、話す気が無いことを表した。
「え……もしかして、あいつのことを意識してか? ハハ……好き、とかじゃないよな?」
「……」
『違うよな?』と言いたそうな表情だった。
何でそんな顔をしているんだ。
「何だよ、悪いのかよ」
「悪かないけど……って、ええ? マジなのか? 好きってことなのか!?」
「うるさい」
そんな大声を出すようなことなのか?
目も乾きそうなほど見開いているし、どれだけ驚いているんだ。
「お前……だったら言えよ!」
「何でお前に言わないといけないんだ」
「オレは言っただろ!?」
「お前はそうかもしれないけど、俺は嫌だ」
「ええ……」
大きな声を出して興奮している様子の大翔だったが、段々と萎んでいき……肩を落として丸くなった。
「……よりによってウーロンかよ」
それはこっちの台詞だ。
よりによって、お前が藤川さんと仲良くなってしまうなんて。
「藤川さんと良い感じってどういうことだよ。お前は椿が好きなんだろ」
「もう諦めた」
「何で?」
「何でって……」
苛ついた様子で、俺の方をチラリと見た。
俺も苛ついている。
ついこの前まで椿のことを話していたのに、すぐに藤川さんに気持ちが移るなんて信じられない。
「椿が駄目だったから藤川さんか?」
俺の言葉を聞くと、大翔は明らかに怒気を込めた目をこちらに向けた。
俺も煽った自覚はある。
「オレはなあ、お前がいたから諦めたんだよ! なのに何なんだよ! ウーロンが好きって!」
「はあ?」
「オレだってウーロンのことはちょっといいなって思ってんだ。お前は引っ込んでろ! お前なら、他にいくらでもいるだろ!」
「無理。嫌。他なんてない」
何を言っているんだ、こいつは。
引っ込むのはお前の方だ。
鋭い視線を向けると、大翔は少したじろいだ。
「俺がいたから諦めたって何?」
「それは……」
大翔の勢いが下がってきている。
後ろめたいことがあるのか、顔も俯き始めた。
「俺は嫌だな、諦めるのは」
もっと話もしたいし、笑顔が見たい。
駄目駄目だったれけど少しずつ前に進んでいるし、もっと頑張る。
藤川さんを独占出来る人間になりたい。
「……オレだって」
「じゃあなんで、椿を諦めたんだ?」
「その方があいつのためになるんだよ」
「椿がそう言ったのか?」
「オレがそう思ったんだよ。オレじゃない方があいつは幸せなんだよ」
「なんだそれ」
聞いている間に段々苛々してきた。
「聞いてもいないのに諦めるとか何? 自分じゃない誰かに椿の幸せ任すより、お前がすればいいんじゃないの?」
一瞬大翔の動きが止まった。
瞳が僅かに揺らいだのが見えたが、顔を逸らされてしまった。
「それは……お前だから、そんなことが言えるんだよ」
弱々しい声で呟いた。
「つーか、挨拶も返せない奴が偉そうに言うな」
「うっ」
それには……返す言葉がない。
でも俺は絶対諦めないぞ。
「俺はこれから頑張るんだよ。だから邪魔するなよ」
調子が狂ってしまったが、一番言いたかったことはこれだ。
お前に藤川さんは渡さない。
「……さあな」
顔を上げ、こちらを見た大翔は不敵な笑みを浮かべていた。
それは『敵対する』ということか?
俺の邪魔をするつもりか?
……それでもいい。
負けないからな。
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