第24話

 ふはは……俺は浮かれている。

 藤川さんと並んで歩いているからな!

 公園デートだからな!

 藤川さん、やっぱり背が低いな……。

 この視線の高さの違いがたまらない。

 さっきチラッと、こちらを見たのが分かった。

 見上げるのは反則です!

 平常心を保てない方向に思考が進んでしまう。

 今は公園デートが大事だから!

 歩くことに集中しよう。


 前方に自動販売機を発見した。

 スイートポテトを食べたら喉が渇くだろうし、コーヒーを買ってカフェインを摂取しよう。

 覚醒作用の他にも、集中出来ると聞いたことがある。

 今の状況にいい飲み物だ。


 藤川さんにはお茶を買って渡したら、急に表情が強ばった。

 お茶じゃなかったのかと焦ったが、値段のことが気になったみたいだ。

 他より高いといっても三十円しか違わないし、気にしなくていいのに……。

 絶望的な表情をしてたから何かと思った。

 ……可愛い……一々可愛い……ほんとやめて、俺が保たないから!


 歩きながら何か話そうと思ったけど、話題が思い浮かばない……。

 話したいことは沢山あるんだけれど、歩いている間にするような丁度良い話が思い浮かばない。

 というか口を開いたら変なこと口走りそう。

 

 ……なんて考えながら歩いていたら、目的地に到着してしまった。

 まあいい、ここからが本番だから!


 公園の奥にあるベンチに落ち着くことになった。

 ベンチにハンカチとか敷いてあげた方がいいのだろうか……って、ハンカチ持ってなかった!

 失敗した、装備が不十分だった。

 汚れてないかチェックだけして座ったが……あれ?

 藤川さんが遠い!

 遠慮するように、ベンチの端にちょこんと座っている。

 え、可愛い……俺、ベンチになりたい……じゃなくて。

 俺と近いのは嫌ですか?

 もっと近くに来てよ!

 むしろ膝に座っててば!

 ずっと開けてるんだから!


「? あ! 私、立っておいた方がいいですか!?」


 俺の視線に気づいた藤川さんが、慌てた様子で立ち上がった。


「何故そうなる!」


 そんなわけないじゃん!

 ってしまった……つい心の中のテンションのままに言ってしまった。

 ごめん、大きな声だして。

 藤川さんは立ち上がったときのポーズのまま固まっていた。

 怖がらせたかな、どうしよう!?


「あ……いや、その……ごめん。違うんだ。話をするには、遠いんじゃないかなって思って……」


 怯えないでください、嫌いにならないで!


「じゃあ……お邪魔します」


 良かった、怖がられてはないようだ。

 邪魔じゃないよ、早く来てよ!


 うお……今度は近いです、予想より断然近い!

 何このご褒美!

 手が届くじゃん!

 肩も抱けるし、顔も寄せたら……届くな。

 ……どれか、出来るか!?

 一番難易度が低いのは、『手を握る』かな。

 いや、でもここは……最高難度に挑みた……っ!?


 邪なことを考えながら顔を盗み見ていたら、目が合ってしまった。

 うぉっ、やばい。

 誤魔化すためにコーヒーを飲もうと、缶を手にしたところで…………笑った。


 ふ……藤川さんが笑った……『にこっ』て笑った!!

 俺に!

 笑った!

 照れたような、恥ずかしそうな笑顔だった。

 可愛いくそああああもうおおおお!!

 殺されるよ、マジで。


 落ち着け、俺。

 カフェインよ、助けてください!

 落としてしまっていたコーヒーを拾い、一気に飲み干した。

 しまった……飲み物なしでスイートポテトを食べたら、口がパサパサする……。


「草加君のCDに落書きをしたのは、王……藤王君なのですか?」


 藤川さんが口を開いたと思ったら、あの落書きのことで焦った。


「違います」


 なんで俺がやったって知っているんだ?

 大翔が話したのか?

 余計なことを……。

 カッコイイって思われたいのに、そんなしょうも無いことをする奴だと思われたら嫌だ。

 確かに俺がやったけどさ。


 っていうか、今……『王子』って言い掛けた?

 藤川さん、心の中では俺のこと王子って呼んでいるのだろうか。

 だったら嫌だな……。

 王子って呼ばれるの、あまり好きじゃないし。

 名前を捩ってのあだ名だから仕方無いけど、俺は白いタイツはかなきゃいけないのかよって思うし、名前で呼んで欲しい。

 俺も名前で呼びたい。

 呼び捨てにしたいです!


 藤川さんが大翔の話をするのが嫌だな。

 俺より仲が良いって感じがする。


「大翔とはいつから仲良くなったんですか」

「最近です」


 やっぱり最近なのか。

 大翔とは一緒にいる時間が多いのに、なんで俺の見ていないところで仲良くなってるんだよ。

 わざとか!?

 俺も入れてください!


「……今度遊ぶときは、俺も誘って欲しい」


 本当は二人が良いけど。

 でも……他に誰かいても、少しでも多く藤川さんと一緒にいたい。

 あと、大翔と二人きりの時間を阻止したい!


 あれ……返事が無いと思い、藤川さんを見ると困った表情をしていた。

 駄目なの?

 割と本気で泣きそうですよ、俺は。


「駄目ですか」

「え、えっと……草加君に言って頂ければ……」


 なるほど……藤川さんとの時間を得るためには、大翔を倒せってことだな。

 分かった。

 あの馬鹿とは一度、藤川さんについて話をしなければならないと思っていた。


「……良かったら、明日からは昼飯、一緒にどうですか」

「え?」

「大翔もいるし、椿もいるし」

「いいのでしょうか」

「うん。椿が元気ないし、賑やかな方がいいかなって」


 お昼も二人がいいけど、それは追々で。

 最終的には、藤川さんお手製の弁当を『あーん』して貰いながら食べるとことまで辿りつきたいです。


 まずは仲良くなってから。

 女子もいるから大丈夫、だから来て!


「椿さん、大丈夫ですか?」

「大丈夫って言ってたけど、どうかな」


 明日一緒に食べれば分かるよ!


 藤川さんは戸惑っている様子だったが、一緒に食べることには乗り気のようだった。

 『邪魔にならないのなら』と、気を使いながら了承してくれた。

 大丈夫、邪魔なんていう奴がいたら俺がぶっ飛ばす!


 明日は藤川さんと昼ご飯!

 頑張って誘って良かった、楽しみすぎる!


 安心したら、藤川さんの私服姿に意識がいった。

 やっぱりお洒落をしていると思う。

 理由が気になる。

 確かめたいけど、確かめたくない。

 いや、今日の俺は攻める!


「今日は雰囲気が違うけど……それは、大翔と出掛けるから?」

「いえ! 翔ちゃ……お洒落が好きな友達がいて、服を選んでくれたので、それを着なきゃいけないっていうか……」


 大翔のためにお洒落したんじゃない!

 ほら、聞いて良かったじゃん!


「かわ……、その……いいと思います」

「あ、ありがとうございます」


 『可愛い』って言いたかったけど、声に出すのが難しい。

 心の中では何千、何万回も言っているけど。

 私服の藤川さんが可愛くないわけがない。


「でも、普段の方が可愛いと思うな。あっ」


 言い切ったところで気がついた。

 今俺……声に出していた?

 いつもの藤川さんの可愛いところを一つ一つ思い出していて無意識になっていた。

 恐る恐る藤川さんに目を向けた。


「……聞こえた?」

「?」


 不思議そうな顔をしているからセーフ?

 良かった……と思ったら!!


「ああああああ!!?」


 手からスイートポテトが落ちてしまった。

 俺は何てことを!!


「食べます」

「!? 駄目です!!」


 落ちたくらいで捨てることなんて出来ません!

 落としてしまっただけでも大罪なのに、食べずに捨てるなんて……!


「やめてください!」


 口に入れようとしたところで、藤川さんに腕を掴まれた。

 藤川さんが触ってくれた!

 落としてラッキー……ってなんてことを考えているんだ、俺は!

 落としたら駄目だっつーの!


「食べます!」

「砂がついてるから!」

「藤川さんのご両親が作ったものを!! 俺は!!」


 藤川さんが必死に止めようとしてくれている。

 なんかじゃれ合っているみたいで嬉しい!

 いやでも、本当に落としてごめんなさい!

 申し訳ない気持ちと嬉しさの両方がぶつかって混乱してきた。


「あの、大丈夫ですから!!」


 割と強引にスイートポテトを奪われた。

 それでも食い下がろうとする俺に呆れたのか、藤川さんはゴミ箱へ捨てに行ってしまった。

 うわあ、ごめんなさい。


 でも最高な時間だった……藤川さんにいっぱい触られた。

 ああ、でもでも何やってんだ俺。

 お義父さん、お義母さん、喜んじゃってごめんなさい。


 自分の不甲斐なさに凹んでいると、藤川さんが戻ってきた。

 お手数お掛けしました。


「藤王君って、面白いんですね」


 また笑った。

 藤川さんの笑顔を見ると幸せな気分になる。

 俺の女神だ。

 でも今のは、笑われたって感じもするな?

 なんか違う。


 そうだ、あれを渡すのだ!

 ここから挽回するんだ。

 鞄に大事にしまっていた栞を取り出し、渡した。

 

「綺麗……」


 袋を開けて栞を出した瞬間、藤川さんの表情が綻んだ。

 よしっ、良い手応えだ!

 微笑みを浮かべて栞を見ている藤川さんを見ていると抱きしめたくなった。

 駄目だ、我慢!

 この笑顔を見ていると制御が効かなくなりそうだ。

 藤川さんから視線を外して話した。


「偶然見かけて、いいなと思って。藤川さんにあげたくなった」

「え? 私に? 頂いていいんですか?」


 俺の言葉を聞いて、柔らかかった表情が一気に硬くなってしまった。 

 困っている?

 急にプレゼントとか戸惑っただろうか。

 重たい物だと引かれるかもしれないけど、栞くらいなら大丈夫と思ったのだが……駄目ですか。

 もう一度貰っても良いのかと聞かれたので、受け取って欲しいことを伝えた。


「ありがとうございます。こんな素敵なものを頂いて……。大事にします」

「うん」


 栞をみつめている藤川さんの表情は、さっきよりも一段と柔らかいものになった。

 凄く嬉しい……もっと頑張らなきゃ。


「ずっと謝りたくて。挨拶を返せなかったこと。無視をしたみたいになってたから。……本当はずっと、藤川さんと話がしたかった」


 心臓がドキドキしてきた。

 上手く言えるだろうか。

 でも、言わなきゃ伝わらない。

 散々逃げてきたから、それは痛いほど分かっている。


「私は、その……藤王君を怒らせていたわけではないのでしょうか」


 気合を入れていたところで、藤川さんが口を開いた。

 とても真剣な表情をしている。

 大事な話のようだが……何の話?


「その、挨拶を返してくれないのは、私に何か原因があったのではないかと」

「それは……」

「教えてください。私は何をしたのでしょうか」


 何もしてないです。

 俺が好きになっただけです。


 言うか?

 『好きです』って。

 告白するか!?

 まだ早い気がする。

 でも、今凄くいいタイミングだと思う!!


「私はどうして、嫌われているのでしょうか」


 ん?


「?」


 今、なんて言った?


「ごめん、意味が分からない」

「はい?」

「誰が誰を嫌ってるって?」

「その……藤王君が……私を」

「は? 俺が藤川さんを嫌ってる? は? 何言ってんの」


 何を言っているか理解するのに時間が掛かった。

 わけが分からない。


 止まっていた頭が動き始めた瞬間、雷に打たれたような衝撃に襲われた。


 まさか……俺が挨拶を返さなかったから?

 話し掛けてくれても、話せずにいたから?

 嫌いだから、そういう態度なのだと思われていた?


 俺が藤川さんを嫌っているだなんて。


「そんな馬鹿な……」


 血の気が引いた。

 これはまずい……かなりまずい!!

 自分を嫌っている人のことを、好きだと思う人はあまりいないだろう。

 嫌われたら同じように嫌うか、関わろうとしないはずだ。


 もしかして俺、藤川さんに嫌われている?


 やばい……俺駄目じゃん……何をやっていたんだ!!

 思っている以上にやばいじゃん!!

 ああもう、どうしよ!?

 話せるようになったから、超進んだと思ってたいけど、勘違いだった。

 『藤川さんが嫌い』とか、心の中でも言いたくない。

 嫌いなわけ無いじゃん!!


「逆だしな!!」


 真逆だっつーの!

 なんでこんなことに……!


「あ」


 頭に血が上ってパニックになっていたが、藤川さんと目が合って一気にクールダウンした。

 しかも俺、今なんて言った?


 『逆』って言っちゃった。

 嫌いの逆なんて『好き』しかないじゃん。

 俺、遠回しに告白したじゃん。


「違う」


 嫌だ、こんな告白。

 色々考えていたのに。

 ステップがあったのに。

 こんなダサい告白は嫌だ。

 嫌だっ!!


「違う、今の無し。無し無し。こんなんじゃ……もっと違う……何でこうなった……違う、無し!」


 こんな格好悪いの絶対嫌だ!!

 うわあ、やばい……ダサすぎて恥ずかしい、絶対顔も赤い!

 こんなに狼狽えているところ見られたくない。

 今日は無理だ、立て直さなきゃ!

 

「今度、ちゃんとするから!」


 藤川さんが困惑しているのが分かったけど、今は向き合って話をする余裕が無い。


「ごめん!」


 荷物を急いでかき集め、逃亡した。




「最悪だ……」


 公園が遠ざかってから振り向いた。

 入り口も小さく見える。

 もちろん藤川さんの姿も見えない。


 本当にどうしよう。

 どうやって好感度を上げたらいいんだろう。

 そもそもさっきので、嫌い疑惑は払拭出来たのだろうか。

 好きっていうのは、バレたのだろうか。

 確かめたいけど……怖いな。


「はあ……」


 溜息をついていると、ジャージを着た奴とすれ違った。

 こっちを見ていたけど、知り合いだっけ?

 見たことがあるような気がするが……。


 思い出そうとしていると、ポケットに入れていたスマホが鳴った。

 大翔からの電話だった。


『司、今どこにいんの?』

「外」

『ちょっと時間ない? 涼がお前呼べって……』

『王子! おれ硬派になるから、弟子入りさせてくんない!?』

『うるせえな、黙って座ってろよ!』


 何やらごちゃごちゃやっている声が聞こえる。

 煩いな。

 でもちょっと和むな……。


 安土が話をしたいから、時間があったら大翔の家で合流しようということだった。

 大翔とは話がしたかったし、ちょうどいいか。

 あいつらといたら落ち着けそうだし。


 電話を切って、大翔の家に向かった。

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