第23話

 王子君が逃げるように去って行き、取り残されてしまった私は呆然としてしまいました。

 今のはなんだったのでしょう。

 勇気を振り絞って聞いたのに……。

 謎は解明されず、新たな謎が生まれました。


「逆……?」


 王子君は、そう言っていました。

 私を嫌っている理由を聞いて『逆』と言ったのです。

 『嫌い』の逆?

 でも、それって『好き』なんですよね。

 王子君は、私のことが好き?


 そういえば、翔ちゃんがそのようなことを言っていましたが……。

 あの時は『ありえない』と笑って終わりました。


 うん、やっぱりありえませんね。


 嫌いの逆……逆さに読んで『いらき』?

 アナグラムになっているとか?

 そういうクイズというか、とんち的な発想を求められている気がしてきました。

 まさか、これも罰ゲームで言わされているとか!


「何百面相してるんだよ」

「あわあ!?」


 突如誰もいないはずの隣から声が聞こえ、驚きすぎてベンチから落ちそうになりました。


「何やってんだよ」

「!? ……翔ちゃん!」


 王子君が座っていた場所に、いつの間にか翔ちゃんが座っていました。

 変身は解き、ジャージにパーカーというラフな格好でした。

 近くのコンビニにでも行くつもりだったのかもしれません。

 驚かさないでよ!

 ああでも、今とても翔ちゃんに会いたかった……!


「今そこで、いつぞやのクールイケメンとすれ違ったけど、話でもしてたの? なんか今日はクールって感じじゃなかったけど」

「えっと……」


 何と説明をすればいいのでしょうか。

 自分でも理解出来ていないことを伝えるのは難しいです。

 なので、ありのまま起こった出来事を伝えました。


「お店にパンを買いに来てくれてたんだけど、お姉さんのパンを選ぶように頼まれて。自分の分は食べていくから、その間、話をしようってことになったんだけど、お母さんがジロジロ見てきて嫌だったからここに来て話をしたの」

「ふうん? それだけ?」

「うん。それだけなんだけど……」

「けど?」


 ここまで話して、先程の『逆』の話をするか迷いました。

 あまり気乗りしません。

 でも翔ちゃんなら、何か良い知恵をしぼってくれそうです。


「ほら、前に言ったでしょ? 理由に心当たりはないのだけど、私は嫌われてるって。だから、思い切って理由を聞いてみたんだけど……」

「何て?」

「『言ってる意味が分からない』って、『逆』って……」

「はあ!?」


 私が言い終わるより早く、翔ちゃんは大声を上げながら、勢いよくこちらを向きました。

 表情は、驚きと険しさで満ちています。


「それって、一花のことが好きってこと?」

「ううん、絶対違うと思うの。だから、どういう意味だろうって悩んでるの……」

「ふうん?」


 視線を上に向け、色々考えてくれているようですが、何も浮かばないようで唸っています。

 私も何も思い浮かびません。


「ま、さっきのイケメンだろうが、ヒロだろうがどっちでもいいけどさ。そろそろ一花がボクから親離れしてくれることを願ってるよ」

「どういうこと!?」


 親離れ!?

 確かに、翔ちゃんにはお世話になっていますが……翔ちゃんしか頼れる人がいないので……。


「学校だって違うんだから、いつまでもボクにべったりしてたら駄目だろう」

「ええー……」


 返す言葉がありませんが、離れるなんて嫌です。


「今日、安土君に翔ちゃんを取られた時、悲しかった……」

「気持ち悪いこと言うなよ」


 思い切り顔を顰めています。

 そういえば、草加君に『禿げそう』とメッセージを入れていたようですが、何かあったのでしょうか。


「安土君と二人で楽しかった?」

「別に」

「また誘われたら行くの?」

「もう終わり。報酬分は働いたし」

「そっか」


 じゃあ、もう四人で遊ぶことはなくなるのですね。

 ということは、王子君を誘う機会もないのかも……。


「しっかし、一花には驚かされるよ。『友達』を通り越しこして『彼氏』が出来るかもしれないなんてさあ」


 場の空気を変えるように、明るい調子で放たれた言葉が耳に入った瞬間、ベンチから落ちそうになりました。

 彼氏!?


「何の話!?」

「一花はイケメンとヒロ、どっちがいい?」

「だからなんの話なの!? そんな話じゃないよ!?」


 私にそんな贅沢な二択は発生しません!

 話をするだけでも有り難いというか、恐れ多いのに!


「一花は鈍いからなあ」

「話を聞いてよ。それに、鈍くはないもん」


 人と話をしない分、行動をよく見ているので、鋭いほうだと思います。

 空気を読みすぎて、空気になったくらいなのですから。


「鈍いっつーの! 大体、ボクが女の格好するようになった理由も忘れてるだろ!?」


 少し拗ねていると、翔ちゃんは体ごと私の方を向き、声を荒げました。

 理由なんてあるのでしょうか。


「趣味でしょ? ……痛い!」

「ほら、忘れてる!」


 思い切り頬を引っ張られました。


「『女の子のお友達が出来たみたい』って、一花が喜んだからだっつーの!」

「え?」


 全く記憶に無い話でした。

 子供の頃の話のようですが、一体いつの話なのでしょうか。

 今度は翔ちゃんが拗ねたような表情になりました。


「最初は、母さんが面白がって無理矢理ボクに着せたんだよ。その時は凄く嫌だったけど、一花があまりにも喜ぶから」

「私のためだったの?」

「そうだよ。今では完全に趣味だけど。っていうかこの話、前もしたことあるから」

「そうだっけ?」

「そうだよ」


 引っ張られていた頬は解放して貰えましたが、ジロリと横目で睨まれてしまいました。


「ま、ボクはもう子離れするから、早く一花も巣立っていって」

「それはもう、遊んでくれないってこと?」


 見放されてしまったような気がして、焦りました。

 翔ちゃんが構ってくれなくなったら、私はぼっち完全体になってしまいます。

 寂しすぎます!

 お願い、捨てないでよお!


「そういうわけじゃないけど。『もっと頑張れ』って話。そんなんじゃ、社会に出てやってけないぞ」

「翔ちゃん、お母さんみたい……」

「……せめてお父さんにしろよ」

 

 耳が痛い話は、我が家では母の分野なのです。


「彼氏の話はいいとして、話が出来る相手が出来て良かったじゃん」

「うん」


 『良かったね』と翔ちゃんが頭を撫でてくれました。

 翔ちゃんはお母さんのようだけど、お兄さんのようでもあります。

 本当に兄妹で生まれたかったなあ。

 あ、でもそれじゃ、友達ゼロになってしまいます。

 兎に角、ずっと仲良くして欲しいです。


「やっぱり巣立ちたくないな」

「こら」


 撫でてくれていた手がげんこつに変わりました。

 結構痛い……。


「もし誰かと付き合うようなことになったら、すぐにボクに言いなよ? そいつに任せても大丈夫かチェックするから」

「そんなこと起こらないから大丈夫だよ」


 最終的にお父さんみたいになりました。

 よし、これ以上翔ちゃんに迷惑を掛けないようにしたいと思います。

 お友達が欲しい……。

 私、椿さんと仲良くなれるよう頑張ります!

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