第22話

「あ。公園ってどこ……」

「あの、こっちです……」


 勢いよく店を出た王子君でしたが、公園の場所は知らなかった様です。

 前を行くから知ってるのかなと思ったのですが……知らないのにどうして進むの……。

 草加君が言っていた『天然』とは、こういうところなのでしょうか。


 道路沿いの歩道を、二人で並んで歩きます。

 なんだか不思議です。

 今日の王子君は私服なのですが、やっぱり格好良いです。

 行き交う人や、車に乗っている人まで王子君を見ています。

 こんなキラキラした人の隣にいるのは心苦しいな。


 ちらりと横を歩く王子君を見ました。

 背が高いので、顔を見るには見上げなければなりません。

 斜め下から見ても格好良い……。

 死角はないようです。


 こんな人と、どんな話をしろと!?


 話題が何も思い浮かびません。

 王子君も黙っているし、黙々と歩いています。

 これ、公園に行く意味あります?


「飲み物を買います」


 道路沿いにあった自動販売機の前で、王子君の足が止まりました。

 スイートポテトを食べるなら飲み物は必要ですね。


「藤川さんは何にする?」

「え? あ、私はいいです!」


 微糖のコーヒーを取り出すともう一度お金を入れ、私に聞いてくれました。

 奢ってくれるつもりのようですが、慌てて遠慮しました。


「もう、お金を入れちゃった……」


 出せばいいのでは? と思いましたが、とても悲しそうな表情です。


「えっと、じゃあ……お茶で」


 遠慮しない方がいいようなので、有り難く奢って頂きました。


「ありがとうございます……あ」

「?」


 お茶を手渡され、ハッとしました。

 ついお茶と言ってしまいましたが、この自動販売機にあるお茶はペットボトルのウーロン茶だけで、値段が高いものを言ってしまいました。

 失敗した……図々しいと思われたでしょうか。


「違うものだった?」

「あ、いえ! 高いの選んじゃったなって……ごめんなさい」

「気にしないで」


 『そんなことか』と、王子君がまた笑いました。

 うぅ……眩しい……ドキドキする!

 どうやら、私も時代遅れでも人並みに『女子』だったようで、王子君の笑顔には弱いようです。


「ここです」


 再び歩き出し、五分程度で公園につきました。

 小さな公園で、ブランコと滑り台、砂場と鉄棒があるだけです。

 普段から人が少ない公園ですが、今は誰もいません。

 二人きりだと緊張するので、子供が賑やかに遊んでいることを期待していたのですが、とても静かです……残念。


 公園の奥の方にあるベンチに座ることにしました。

 王子君は三人掛けベンチの中央寄りに座りましたが、私は王子君から離れ、端の方に座りました。

 恥ずかしいというか、近寄ると嫌がられそうというか……。

 どういう距離感で接したらいいのか分かりません。


「……」


 視線を感じて王子君を見ると、何か言いたげな顔をしていました。


「? あ! 私、立っておいた方がいいですか!?」

「何故そうなる!」


 そもそも同じベンチに座ることが間違いだった! と、勢いよく立ち上がったところで、王子君が大きな声を出しました。

 声に驚き、私は立ったまま止まってしまいました。


「あ……いや、その……ごめん。違うんだ。話をするには、遠いんじゃないかなって思って……」


 焦った様子で、もう一度座るように促されました。

 なるほど、そういうことだったのですか。


「じゃあ……お邪魔します」

「うん」


 遠いと言われたので、小さな子供が一人座れるくらいの間を空けたところに座りました。

 今度は近すぎたかな……?

 『これで宜しいでしょうか』と王子君の様子を伺っていると、目が合ってしまいました。


 妙に気まずくなって、笑って誤魔化してしまいました。

 ……何をヘラヘラしてるんだ、私!


 この時間はなんなのでしょう……。

 なんの拷問なのでしょう!

 帰りたい!


――ガンッ


 音に驚いて目を向けると、王子君がコーヒーの缶をベンチの上に落としていました。

 手はコーヒーを持っていた時のままで固まっています。

 え、何……どうしたの!?

 難しい……同じ人間同士なのに、どうしてこうも理解出来ないのでしょう。


 兎に角、まだ封は開けていなかったようで良かったです。

 動き出した王子君は素早くコーヒーを拾い、封を開けると良い飲みっぷりで一気に飲み干してしまいました。

 あれ、スイートポテトを食べながら飲むんじゃ……。


「食べます」

「ど、どうぞ」


 飲み干してから食べるの?

 変わった食事スタイルですね……。

 スイートポテトを食べ始めたのを横目で見ながら、私は買って貰ったウーロン茶を飲みました。


 『ウーロン茶』と言えば、私のあだ名です。

 そこで、草加君を思い出しました。

 隣には王子君がいる、そして草加君といえば……。


「草加君のCDに落書きをしたのは、王……藤王君なのですか?」


 危ない、本人に『王子君』と呼んでしまうところでした。

 皆はそう呼んでいますが、私のようなぼっちにはあだ名を呼ぶ資格はないのです。


「違います」

「ええ?」


 草加君、違うって言ってますよ?


「そ、そうなのですか」


 私も王子君があんな子供のようなことをするなんて驚いたので、否定されても不思議ではありませんが……。


「大翔とはいつから仲良くなったんですか」


 やっぱり、草加君のことが気になるのですね。

 草加君とは仲良くしない方が良いのでしょうか。


「最近です」


 答えながらも、ネガティブなことを考えてしまいます。

 私にとって話を出来る人というのは、とても貴重な存在です。

 出来るなら、これからも気軽に話をしていきたいです。


「……今度遊ぶときは、俺も誘って欲しい」

「え?」


 草加君と遊ぶのは構わないの?

 『自分の目の前でならいい』ということなのでしょうか。

 というか、『今度』はあるのでしょうか。

 翔ちゃん次第かもしれません。

 機会がないのであれば約束出来ません。

 返答に迷います。


 それより、嫌っている私と一緒でいいのですか?

 我慢してまで、草加君を取られたくないのでしょうか。

 王子君なら草加君以外にも友達が沢山いるはずなのに……。


 え、まさか……椿さんは王子君が好き、王子君は草加君が好き、なんてことないですよね!?

 そんなわけないですよね!?

 更に未知の領域に進んだりしませんよね!?


「駄目ですか」

「え、えっと……草加君に言って頂ければ……」


 もう、私の脳では対処不能です。

 カラオケに行ったメンバーで遊ぶときは草加君が纏めているし、そちらで話し合ってください。


「分かった」


 神妙な、静かに気合いの入った様子で王子君が肯きました。

 納得して貰えて良かった……。


「……良かったら、明日からは昼飯、一緒にどうですか」

「え?」

「大翔もいるし、椿もいるし」


 椿さんとご飯!

 それはとても嬉しいお誘いです!


「いいのでしょうか」

「うん。椿が元気ないし、賑やかな方がいいかなって」


 そういえば、保健室に行ってから話が出来ていないのですが、大丈夫なのでしょうか。

 心配です。


「椿さん、大丈夫ですか?」

「大丈夫って言ってたけど、どうかな」


 明日学校で会えるでしょうか。

 ご飯、一緒に食べたいな……。


「今日は雰囲気が違うけど……それは、大翔と出掛けるから?」


 急に気にしている話題に触れられ、焦りました。

 なるべく触れて欲しくないところです。


「いえ! 翔ちゃ……お洒落が好きな友達がいて、服を選んでくれたので、それを着なきゃいけないっていうか……」


「かわ……、その……いいと思います」

「あ、ありがとうございます」


 社交辞令だとは思いますが、褒めて貰えて嬉しいです。

 それ以上に恥ずかしさはありますが。


「でも、普段の方が可愛いと思うな。あっ」


 ボソッと、小さな呟きが聞こえました……が。

 そんなまさか……聞き違いですよね……。

 王子君を見ると、『しまった』と言いそうな表情をしていました。


「……聞こえた?」

「?」


 そして、再び手に持っていた物が離れて……。


「あっ」


 王子君の手から、スイートポテトが落ちてしまいました。


「ああああああ!!?」


 王子君が叫びました。

 余りにも大きな声で、私はビクッと肩が跳ねるほど吃驚してしまいました。

 王子君は、パッと素早く落ちたスイートポテトを拾うと言いました。


「食べます」

「!? 駄目です!!」


 地面に落ちて、土がついたものを口に運ぼうとしています。

 私は慌てて止めました。


「やめてください!」

「食べます!」

「砂がついてるから!」

「藤川さんのご両親が作ったものを!! 俺は!!」

「あの、大丈夫ですから!!」


 そんなことを律儀に気にしてくれるのは嬉しいですが、衛生的に駄目です!

 どうしても食べようとするのでは、私は必死に落ちたスイートポテトを没収しました。

 ああ、吃驚した……。


 公園にあったゴミ箱に捨て、ベンチに戻ると王子君は肩を落としていました。

 とてもしょんぼりしています。


「ふふふ」


 王子君の『試合に負けて灰になったボクサー』のような佇まいに、思わず笑ってしまいました。

 そんなにしょげなくても。


「藤王君って、面白いんですね」


 私の中では、王子君は『完璧な人』でした。

 無駄がなく、キリッとしているイメージでしたが、今日の王子君は隙があるというか……いつもより話しやすいです。


 王子君は隣に戻った私を見ながら、何か考えているようで黙ってしまいました。

 少しすると、ベンチに置いてあった鞄から何かを取り出し、私に差し出しました。

 それは単行本くらいの大きさの綺麗な紙袋でした。


「開けてみて」


 言われるがまま受け取り、開けて見るとそこには栞が入っていました。

 袋から取り出して手にすると、とても繊細で綺麗な藤の絵柄が露わになりました。


「綺麗……」

「偶然見かけて、いいなと思って。藤川さんにあげたくなった」

「え? 私に? 頂いていいんですか?」


 わざわざ私に買ってきてくれるなんて不思議です。

 貰って良いのでしょうか。

 顔を見ましたが、思い切り逸らされていて窺えません。

 本当にいいの?

 もう一度聞いてみると、受け取って欲しいということでした。

 とても嬉しいですが……今は困惑が勝っています。


「ありがとうございます。こんな素敵なものを頂いて……。大事にします」

「うん」


 もう一度栞を見ました。

 切り絵で、タッチも和風で私の好みです。

 眺めていると、じわじわと喜びが増えてきました。


「藤川さん」


 名前を呼ばれて顔を向けると、真剣な表情の王子君と目が合いました。

 真っ直ぐな瞳で、胸がドキリとしました。


「ずっと謝りたくて。挨拶を返せなかったこと。無視をしたみたいになってたから。……本当はずっと、藤川さんと話がしたかった」


 私の頭の中は、ハテナでいっぱいになりました。

 無視をしたみたい?

 されていたわけではないの?

 私と話をしたい?

 どうして?


「私は、その……藤王君を怒らせていたわけではないのでしょうか」


 私が何かとでんもないことをしでかしていたから、無視をされていたのではないの?

 私の質問を聞いて、今度は王子君の頭の中がハテナでいっぱいになっているようです。

 顔を顰め、考えている様子です。


「その、挨拶を返してくれないのは、私に何か原因があったのではないかと」

「それは……」

「教えてください。私は何をしたのでしょうか」


 こうやって話が出来たので聞きたいです。

 ずっと不思議だった、ずっと聞きたかったことです。


「私はどうして、嫌われているのでしょうか」


 勇気を出して聞きました。

 心の中では、何度も聞いた質問です。

 口に出すことは出来ないと思っていたけれど……聞けました!


 心臓が破れてしまいそうなほど脈打っています。

 気づけば自然と力が入り、自分の手を思い切り握りしめ、祈るようなポーズになっていました。


「?」


 死の宣告を待つような極限の緊張状態になっていた私に対し、王子君はきょとんとしていました。

 あれ?


「ごめん、意味が分からない」

「はい?」

「誰が誰を嫌ってるって?」


 二人しかいないこの場所で、その説明はいるのでしょうか。

 分かった上であえて私に『王子君に嫌われているのは私です』と言わせようとしているのなら、とてもサディスティックです。


「その……藤王君が……私を」

「は? 俺が藤川さんを嫌ってる? は? 何言ってんの」


 とても驚いた表情をしています。

 わけが分からないといった表情をしていましたが……少しすると、一気に血の気が引いたような、青い顔になりました。


「そんな馬鹿な……」


 そう零し、頭を抱えています。

 その様子は経営している会社が倒産してしまった社長さんのような衝、撃と絶望を味わっているように見えます。

 そして顔を上げると、叫びました。


「逆だしな!!」

「え?」


 私もわけが分からなくなってきました。

 逆?

 何の逆?

 王子君が、私を嫌ってるの逆?

 嫌ってるの逆?


 ……え?


「あ」


 王子君が私を見ました。

 目が合っています。

 恐らく今、お互いに真顔だと思います。


「違う」


 王子君が呟きました。

 何が?


「違う、今の無し。無し無し。こんなんじゃ……もっと違う……何でこうなった……違う、無し!」


 独り言でしょうか。

 段々と声のボリュームが上がっていっています。

 気のせいかもしれませんが、顔の血色も良くなっていっているように見えます。


「今度、ちゃんとするから!」


 だから、何を!?


「あの……」

「ごめん!」


 そう言うと、王子君は乱暴に荷物を回収し、足早に去って行きました。

 私は呆然としながらその動きを、目で追うことしか出来ませんでした。


 ええ……?

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