第18話

 前回来た時と同じカラオケ店に来ました。

 案内された部屋は、以前より狭いところでした。

 二人掛けソファが直角に置かれているので、座ることが出来るのは四人くらいでしょうか。


 ……こんな狭いところに、二人きりです。

 翔ちゃん以外の人と、二人きりなんて初めてです。

 しかも男の子です。

 何を話せばいいのでしょう!?

 カラオケだから話さなくても大丈夫でしょうか……。


 今日もカラオケガチ勢の草加君は座るより前に端末を取り、マイクや音量の調節を済ませました。

 手慣れすぎています。


「ウーロンはウーロン茶でいいの?」

「あ、はい!」


 安土君がいないので、今日は草加君が飲み物を頼んでくれるようです。

 ウーロン茶を頼むときに何故か半笑いでした。

 馬鹿にしてるな?


 注文が終わるとソファにドカッと座り、端末を忙しなく指で突き始めました。

 今回も恐らく、店員さんがくるまで曲を入れないのだと思います。


「ショウにさ」

「はい!?」


 端末を見て俯いている顔を見ていると、突然顔を上げた草加君と目が合って吃驚しました。


「どうしたんだよ?」

「あ、いえ……お構いなく!」


 見ていたことを、変に思われていないでしょうか。

 ああ……胃が痛いです!

 怪訝な顔をして私を見ているので、なんとか心を落ち着かせながら話を始めたそうな草加君に顔を向けました。

 さあ、どうぞ!


「涼の調教頼んだんだ」

「調教!?」


 ムチを持った『女王様』な翔ちゃんが頭に浮かびました。

 とても似合いそうで怖いです。


「そ。落ち着くように躾けてやってくれって頼んだんだ。前にも言ったけど、あいつはチャラチャラしてるからさ。暇さえあれば女子と遊ぼうって煩いんだよ。ショウに熱中している間は大人しくなるからいいし」


 なるほど……ムチでビシバシではないのですね。

 そりゃそうだ。

 ムチでビシバシでも、安土君は喜びそうな気がしないでもないです。


 でも、そんなことを『面倒だから嫌』が口癖の翔ちゃんが引き受けたのが吃驚です。


「翔ちゃんは協力するって?」

「LASERSのライブチケットで買収した。とりあえず『今日だけ』だけど」

「なるほど……」

「まあ、今はショウに馬鹿を任せて、オレ達はまた勝負しようぜ!」 

「はあ……」


 話が終わったところで、ちょうど店員さんが草加君のコーラと私のウーロン茶を持って来てくれました。

 店員さんが去ったと同時に、草加君は曲を入力しました。

 さすがガチ勢、今日も準備万端です。


「よし、オレから歌うからな」

「どうぞ……」


 ずっと一人で歌ってくれてもいいのですよ?


「次、オレが歌い終わる前に絶対入れておけよ」

「……はい」


 目が真剣です。

 逆らうことは許されないようです。

 二回目なので少し気は楽ですが、今回は翔ちゃんがいません。

 ああ、緊張するなあ。




※※※

 



「負けました……」


 覚えたてのLASERSの曲を歌ったのですが、完敗でした。

 歌ってみると案外うろ覚えの所もあり、全然駄目でした……無念!


「歯が立ちません……!」

「ま、LASERSはオレの方が歌い慣れてるからな」

「それ以外でも負け越しです。今日の最高点を出したのも草加君ですし……」

「今日は調子が良かったのかなあ」


 草加君は、どこか誇らしげにコーラを飲みました。

 一生懸命歌ったのに負けてしまい、悔しいです。

 でも、とても楽しかったです。

 緊張もいつの間にか解れていました。


 終了時間まであと少しありますが私は落ち着いてしまったので、自分は歌わず草加君の歌を聞くことにしました。


 歌が途切れ、外の音が漏れ聞こえるだけの静かな部屋。

 草加君が端末を触っている電子音だけが響きます。

 私はウーロン茶を飲みながらボーッと画面の宣伝を見ていると、草加君が端末を見たまま、独り言のように呟きました。

 

「……香奈はさ」

「はい?」


 椿さんの話?

 急にどうしたのだろうと疑問が湧きましたが、黙って耳を傾けます。


「歌うと、歌のお姉さんみたいになるんだ」

「歌のお姉さん?」


 子供向けの番組で美しい歌声を披露している、あの歌のお姉さんでしょうか。


「なんていうんだろ。優しい綺麗な歌い方なんだけど、なんか真面目っていうか。声楽でちゃんと勉強しています、みたいな。……香奈の性格が出てるなっていうか」


 視線は端末に向けられたままですが、目が柔らかく、優しくなっています。

 椿さんと来たカラオケでの思い出が蘇っているのかもしれません。


「まあ、そうところが好きだったわけですよ」

「……そうなんですか」


 自分から話してくれたのに、少し恥ずかしそうにしている草加君が可愛らしく見えてしまいました。

 椿さんと言えば、美人でスタイルが良くて……外見で惹かれそうなのにそういうところが好きだったなんて、草加君って人が良いんだろうなあ。


 草加君は曲を入れないまま端末をテーブルに置いて、背もたれに凭れて天井に目を向けました。

 もう、歌うことは止めたようです。


「司とくっつけてやりたいけどなあ」


 聞こえてきた言葉に驚きました。

 諦めたとはいえ、他の人と結ばれることを応援するなんて辛くは無いのでしょうか。


「草加君はそれでいいんですか?」

「司は意味分かんないところあるけど、やっぱ『王子』なんて言われているだけあって凄いし。それに……似合うだろ、あいつら」


 王子君と椿さん、王子様とお姫様。

 王子君が保健室に引っ張っていくところは、映画のワンシーンのようでした。


「確かに……」

「肯定しちゃうところがウーロンだよなあ」

「……すみません」


 『そんなことないです』と、『草加君ともお似合いです』と気遣う発想が全く湧きませんでした……ごめんなさい……。


「ははっ。ウーロンは面白いよなあ」

「ええ?」


 『面白い』だなんて、言われたことがありません。

 私など『つまらない』の代表だと思うのですが……。

 流行の音楽もファッションも分からず……好きな物は渋いものばかり……。

 どうせ私はサバの味噌煮定食ですよ。

 自分で思って悲しくなってきました……。


「なんでこんな話しちゃってんだろ、オレ。ウーロンだからかな」

「え?」


 今のは恐らく独り言だったと思うのですが、気になります。

 私だからとは、どういう意味なのでしょう。

 パッと思ってしまったのは『話しやすいと思ってくれたのかな?』という、良い意味のものでした。

 勝手に良い方にとり……照れてしまいました。

 

「私は『無害』と言われるので……!」

「無害って」


 草加君が呆れたように笑いました。

 照れを誤魔化したくて、適当に言ってしまいました。

 でも、無害だと『独り言と同じ』とも言えるので気が楽なのかも?


「無害っていうより、なんか和んでるけど、オレは」


 『和む』!?

 自分に和み作用があるなんて驚きです!

 更に照れてしまいます……。


「自称『空気』なので、酸素補給が出来ているのかもしれません」

「なんだそれ。あはは! やっぱ面白いな!」


 だって、酸素は体に良いですよ?

 スポーツ選手が吸入するくらいなのですから。


「なんかさ。そういう格好、学校ではしなくてもいいかも」

「やっぱり、変ですか?」

「そんなわけないじゃん。なんか、他の奴が見るのが勿体な……あ、ショウだ」


 話している途中で、テーブルに置いていた草加君のスマホが光りました。

 翔ちゃんから連絡があったようです。


「『限界。禿げそうだから帰る』だって。ははは!」


 わああ……可哀想……。

 確かに、あの感じで長い時間一緒にいれば心が病みそうです。


 私達もちょうど終了の時間になり、外に出ました。

 翔ちゃんは先に帰ったので、草加君が家まで送ってくれました。

 まだ外は明るいし早い時間なので断ったのですが、翔ちゃんに頼まれたそうなので有り難く送って貰うことにしました。

 『家まで』と言っても店までです。

 私の両親の店だと話すと、いくつかパンを買っていってくれました。


「ありがとうございました!」

「おう。また行こうな! んじゃ、学校で」


 店の前で、草加君を見送りました。

 友達をこうして見送るのも初めてです。

 『友達』といってしまっていいのかは分かりませんが、学校で一番話をする人です。

 私の本命は椿さんなのですが……女の子のお友達が欲しいです!

 私も椿さんとカラオケに行きたいな……。


「藤川さん」


 後ろから誰かに呼ばれました。

 翔ちゃんだと『藤川さん』とは呼ばないので他の誰かですが、思い当たる人がいません。

 誰だろうと疑問に思いながら振り返ると、そこにいたのは……。


 険しい顔をした王子君でした。

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