第19話

「やっぱり可愛いな……」


 目の前を颯爽と歩く美少女に目を向ける。

 休日の大型スーパーは人が多くてごちゃごちゃしているけど、ショウちゃんの周りだけは空気が澄んで見える。

 景色から浮かび上がって見える。

 目が惹きつけられる。

 男も女もちらちらとショウちゃんを見ている。

 こんな子と一緒に歩いているおれが羨ましいだろう?

 優越感だ、気持ちがいいぜ!


「ショウちゃんと二人っきりで嬉しいな」

「本当は一人でもいいんだけどな」

「またまたあ」


 ツンとした態度もたまらない。

 ちょっと褒めたら調子に乗るその辺の女子とは分けが違う。

 今日も本当は他の女の子と遊ぶ予定だったけど、絶対こっちでしょ!


「ボクは二階に行くけど?」


 二階はファッションフロアだ。

 ショウちゃんはお洒落だからなあ。


「おれも行くよ! 荷物は持つから」

「好きにすれば。ま、ボクの買い物が終わったら、そっちの行きたいところに付き合ってあげてもいいけど」

「! ありがとう、ショウちゃん大好き!」


 とびきりの笑顔を向けたら、思い切り嫌そうな顔をされてしまった。

 今、舌打ちした?

 可愛い女の子がそんなことしたら駄目じゃ無いか。

 機嫌の悪いショウちゃんも可愛いけど!


 ショウちゃんはキツい性格だけど、案外ちゃんとしているっていうか、しっかりしているし気が利く。

 カラオケの時もおれが奢るって言ったのに、きっちり自分の分は出してくれた。

 今みたいにこっちのことも気にしてくれて、自分のことばかりじゃ無く周りも見ることが出来る。

 イイ女! って感じだ。


 目当ての店に入り服や小物を真剣に選んでいるショウちゃんの後を追いかけていると、周りにカップルが多いことに気が付いた。

 男用の小物やアクセサリーも置いてある店だからかもしれない。

 おれ達も周りからみたらカップルに見えるんだろうな、おれってば勝ち組!

 っていうか、今更だけど……ショウちゃんみたいな可愛い子に彼氏がいないっておかしくない?


「ねえ、ショウちゃんて彼氏いるの?」

「いるわけないじゃん」

「だよね! 良かった!」


 今更『いる』って言われたらどうしようかと思った。

 あー良かったあ。


「ショウちゃんは、どういう男が好きなの?」

「男なんぞに何も求めないし」


 どういうことだろう。

 タイプなんてない、好きになった人がタイプってことなのかなあ。

 流石!

 イケメンが良いとか、奢ってくれる人が良いとか言わないあたりがイイよなあ。


「おれとかどう?」

「論外」

「うわあ、ばっさり。どの辺りが駄目?」

「チャラい」

「ええ? 普通だけどなあ」

「リョウが普通なら、日本の未来が心配だよ」

「そうかな?」


 うーん、ショウちゃんのおれに対する評価が厳しそうだなあ。

 ちょっとショック。

 でも、めげないし!


「ヒロにもよく言われるんだけどさ、『チャラい』って。どういうところがそう思われるんだろ?」

「信用出来ないってことじゃない? 約束しても守りそうにないもん」

「そんなことないよ」


 今日は別の女の子との約束破っちゃったけど!

 ……駄目かな、おれ。

 何か評価が上がる方法ないかなあ。

 あ、そうだ。


「ショウちゃんに何か約束する! それ守ったら信用してよ!」

「はあ?」

「何がいいかなあ?」

「ボクに聞かれても……あ!」

「?」


 何か思いついたようで、おれの話を動きながら聞き流していたショウちゃんが止まった。


「暫く『女の子の話をしない』、『遊ばない』っていうのにしてよ」

「えっ!?」


 それは、おれが女の子と仲良くしたら嫌っていうこと?

 ヤキモチ妬いてくれるの!?


「それでいい! 約束する!」


 もちろんショウちゃん一筋でいくよ!


「よし。これでチケット分の働きはしたな」


 すっきりした様子のショウちゃんが買い物を再開させた。

 待ってよ、何処までもついて行くんだからね!




※※※




「疲れた。クレープ食べる」


 結構な量の買い物を済ませ、一段落したショウちゃんは呟いた。

足は一階に特設で出来ていたクレープ屋に向かっている。

 おれも荷物を半分持ちながら後を追いかけた。

 しかし……散財していたけど、バイトでもしているのかな?


「ショウちゃん、バイトしてるの?」

「してる」

「へえ! どこで? おれ、遊びに行きたい!」

「……来ない方が身のためだよ」

「え?」


 どういうことだ?

 危険なバイトでもしているんだろうか。

 心配してしまう!

 しつこく聞いてみたけど、『うるさい!』って怒られちゃった。

 ヒロは知っているんだろうか。

 今度聞いてみよう。


 おれの質問攻めに遭い、眉間の皺が濃くなっていたショウちゃんだけど、クレープを食べ始めると笑顔になった。

 可愛いなあ。

 女の子って甘い物好きだよなあ。


「ショウちゃん食べてるの美味しそう!」


 おれが食べているのは、デザートというより軽食的なボリュームたっぷりのソーセージクレープ。

 ショウちゃんのは『いちごレアチーズアイススペシャル』とかいう、いちご盛りだくさんで赤やピンクが目立つ派手なクレープだった。


「少しだったら食べても良いけど」


 そう言って食べていたクレープを差し出してくれた。

 これって……間接キスじゃない!?

 ラッキー!

 今日は良い日だ-!! 


「おれのも食べていいよ!」

「いらない」


 おれのクレープを突き返されたのは悲しかったけど、幸せだなあ。


 今休憩をしているこの場所は、天井まで吹き抜けになっている広場だ。

 中心には、円状の大きな噴水がある。

 縁の内側から水が流れ出し、水流で緩やかな渦が出来ている。

 側面から虹色に光るライティングがされていて綺麗だ。

 夜に来るともっと綺麗だろうなあ。

 これを口実にまた誘えないかな。


「あ!!」


 少し離れた所から大きな声が聞こえて驚いた。

 目を向けると、五歳くらいの女の子が噴水に何か落としたらしい。

 女の子の視線を追うと噴水の中に、うさぎのぬいぐるみが浮かんでいた。

 多分、ゲーセンの景品だと思う。

 ぬいぐるみは流れに乗り、中心に辿り着くとそのまま底に沈んでしまった。

 あーあ、もうあれは取れないな。

 深さは膝くらいまでだが、誰も入って取ったりはしないだろう。


「うさちゃん……」


 女の子は恨めしそうな泣き顔で、隣に座っている近づきがたい雰囲気を放っている怖そうな男を見た。

 若くて二十代前半に見えるが、関わるのが拙そうな気配がしているお兄さんだ。


「チッ。そんなところに置いてるからだろうが! 親を呼んでこい。親に拾わせろ!」


 男は周囲に聞こえる大声で女の子に言い放った。

 女の子は必死に我慢しているが、恐ろしいのか悲しいのか、既に涙がぽろぽろと零れている。

 どうやら親はここにはいないらしく、女の子よりも年が上、十歳くらいのお兄ちゃんと二人でいる。

 周りから漏れ入る情報では、女の子が噴水脇に置いていたぬいぐるみに男の腕が当たってしまい落ちた、ということらしい。

 まあ、そんな所に置いていたのも悪いかもしれないが、落としてしまった奴が怒鳴るなよ。

 あんな小さな女の子相手に。

 最悪だな……関わりたくないから何も言わないけど。


「これで新しいの買え。それでいいだろ」


 男は周りの目を気にしたのか、女の子に千円札を投げた。

 紙だから痛くはないだろうけど、ほんとに最悪。


「お兄ちゃんがとってくれたうさちゃん……」


 お金を渡されても、女の子は納得しないようで泣き出してしまった。

 多分お兄ちゃんが、ゲーセンで頑張って取ってくれたんだろうな。

 『それじゃなきゃ嫌!』って気持ちは分かるけど……。

 お兄ちゃんの方は、男のことを意識して必死に宥めようとしているが、女の子の様子は変わる気配がない。

 わあ……早く親は来ないのかよ。


「うっせーな!」


 ぐずる女の子の声に苛々したのか、男が大きな声を出した。

 驚いた女の子とお兄ちゃんの肩がビクッと跳ねた。

 おれも驚いた……。


「嫌な感じだよね、ショウちゃん」

「これ、持ってて」


 ショウちゃんに話し掛けると、食べかけのクレープを渡された。

 トイレにでも行くのかなと思っていると、ショウちゃんは履いていたブーツを脱いだ。

 ええ?

 どうしたのだろうと見ていると、躊躇うこと無く噴水の中にぱしゃりと足を入れた。


「ショウちゃん!?」


 水深は浅いし、水も綺麗だから入ろうと思えば入れるけど……でも人の目があるし、どうして入っちゃうの!?

 ショウちゃんはスタスタと歩き、涼しい表情でぬいぐるみを拾うと、噴水の中から女の子のところに行った。

 ぽかんとショウちゃんを見る女の子に、軽く絞って水をきったぬいぐるみを渡した。


「この子びしょ濡れだから、帰ったらお風呂に入れてあげてよ。あと、そのお金でお兄ちゃんにこの子のお友達を取って貰いな」

「……うん!」


 呆然としていた女の子だが、ショウちゃんの言葉を聞くと満面の笑みで頷き、お礼を言った。

 お兄ちゃんの方も『偉いな』と頭を撫でられ、顔を赤くしていた。

 あの子、ショウちゃんに初恋しちゃうんじゃない?

 駄目だからね、おれの彼女になって貰う予定だから。

 そしてすぐに戻ってくるのかと思いきや、怖いお兄さんに向けても……。


「あんたの方がうるさい」


 そう言い放った。

 ショウちゃん!?

 度胸があるのは凄いけど、危ないんじゃない!?

 男を見ると、明らかにショウちゃんに苛立っていた。

 周りもどうなってしまうのかと、ピリッとした空気が流れた。

 だが……。


「なんか……あの子が言ってくれて、すっきりしたね」

「小さな女の子に怒鳴るなんて最低」

「警備員とか店の人呼んできた方がいいんじゃない?」


 誰が言っているのかは分からないが、僅かに耳に届く程度の声が方々から上がるようになった。

 それは男の耳にも入ったようで、不機嫌そうに立ち上がると悪態をつきながら姿を消した。

 良かった……。

 ショウちゃんに絡んでくるようなら、おれが守らなきゃって思ったけど……多分無理だった。

 格好悪いところ見せずに済んだ。

 戻ってきたショウちゃんは、鞄からハンドタオルを出して足を拭き始めた。

 無事で良かった!


「ショウちゃん! 格好良かったけど、危ないよ!?」

「周りの目もあるし、大丈夫でしょ。なんかあれば誰か来るだろうし」

「そうかもしれないけど……別にショウちゃんがいかないでもいいかなって」


 後をつけられて報復されたりとかもあるかもしれないし……。

 ごにょごにょと言葉を濁らせながら、『余計なことはしない方がいい』という考えを呟いていると、ショウちゃんの目つきがキッと鋭くなった。


「リョウもさ、くだらないことに行動力使ってないで、こういうときに動けば!? 店の人呼んでくるだけでもいいんだからさ!」

「う、うん……」

「チッ。足が気持ち悪いから帰る!」

「え、あ! 待って!」


 追いかけようとしたけれど自分の荷物を荒々しく持ち上げ、ドカドカと帰って行くショウちゃんの背中を見送ってしまった。

 気迫に負けて、足が出なかった。

 くそう、失敗したなあ。


「ねえ」

「ん?」


 幼い声に呼ばれ顔を向けると、そこにはさっきの子供……お兄ちゃんの方が立っていた。


「これ、さっきのお姉さんに渡して」


 そう言われ、受け取ったのはパンダのぬいぐるみだった。

 これもゲーセンの景品っぽい。

 うさぎの他にパンダも取っていたのか、上手なんだな。

 ショウちゃんにお礼がしたいということかな。


「お兄さん、ふられたの?」

「は?」


 パンダに向けていた目をお兄ちゃんの方に戻すと、その顔は嬉しそうに、そして悪ガキのようにニヤリと笑っていた。


「じゃあお姉さんに僕とケッコンして! って言っておいて!」

「絶対ヤダッ!! ふざけんな!!」


 速攻で断った。

 間髪入れず断った。

 何言ってんだこのマセガキ!


「だってふられてるじゃん!」

「フラれてねーし!!」


 なんだこのガキ、おれが泣かせるぞ!!


 こんなガキに負けていられない。

 今日はちょっとイメージダウンしちゃったけど、おれ……頑張ろ。

 ショウちゃんに釣り合う男になろう。

 硬派になる、チャラいは卒業だ!!

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