第13話

 『ツカサに、藤川さんに対する態度を改めさせる』


 そう決め、すぐに実行に移すことにした。

 やると決めたことはすぐにする、私はそう決めている。

 連絡したら、教室にいると返事がきた。

 足を教室に向けながら思考を巡らせる。


「どういう風に言えばいいかしら」


 藤川さんの話を始めるといつもツカサの機嫌は見る見る悪くなり、口を閉ざす。

 『話したくない』と、まるで顔に書いているよう。


 ツカサが女の子に冷たい態度をとるなんて信じられない。

 何かよっぽど腹が立ったのか、生理的に合わないのか、兎に角『嫌い』なのだろうと思う。


 関わりの無い人のことでお節介をしてツカサの機嫌を損ねるようなことはしたくない。

嫌われたくないと思って黙っていたけれど、それじゃ駄目よね。

 好きな人だからこそ、駄目なことは駄目と言いたい。


 ツカサはちゃんと話せば分かってくれるはずだ。

 それにきっと、私の言葉なら聞いてくれるはず。

 彼に想いを募らせている人は多いけど、私は誰よりも近いところにいる。

 いつも一緒だし、気軽に話をしてくれる。


 教室の扉を開けると窓際にツカサがいた。

 太陽の光なのか彼が生まれ持った光なのか分からないが、キラキラと輝いて見える。

 ツカサはヒロトと話をしていた。

 教室に居るのは二人だけのようだ。


「大翔にあって俺に無いものって何だ?」

「反対ならいくらでもあるけど。オレにあって司にないものなんて……あ、あった」

「何だ?」

「これ!」


 そう言ってヒロトが手にしたのは、首に下げたヘッドホンだった。


「……そういうのはいい」


 真顔で冷たい視線を向けたツカサだったが、少しすると思い直したようでヒロトに手を出した。


「やっぱりそれ貸して」


 ヘッドホンを強引に取り上げ自分の首に下げると満足そうな微笑みをヒロトに向けた。


「どう?」

「なんか似合わねえ」

「……」


 確かに。ヘッドホンがあってもなくてもツカサは格好良いから、余計なものがある感じがする。

 それにヒロトのヘッドホンは派手な赤でポップな印象がするものだけど、ツカサには高級感があるシックな物の方が似合うと思う。


「やっぱ違う。これじゃない。もっと違うこと」


 ヘッドホンを乱暴にヒロトの頭に縦向きにはめ、つまらなそうに呟いた。


 『こんなモヒカンみたいつけてもちゃんと聞こえない』と抗議するヒロトに、『お前なら鼻で音楽が聴ける』なんて返しているやりとりが聞こえる。

思わずくすりと笑ってしまいながら二人に近寄った。


「いったい何の話をしていたの?」

「さあ? オレにはよく分かんねえ」


 ヘッドホンの位置を戻しながら、ヒロトは呆れ顔で零した。

 ツカサはというと真剣な眼差しで私を見た。

 何なの……ドキッとしてしまう。


「椿、大翔の格好良いところってどこ?」

「おい、何を聞いちゃってくれてんだよ」


 ヒロトがガタッと椅子から立ち上がり、抗議をしている。

 私はツカサの綺麗な目に射抜かれて胸が早鳴ったけど、聞かれた内容が意味不明というか……なんでそんなことを聞くの?


「大事なことなんだ」

「ええ?」


 相変わらず真剣な眼差しだ。

 ふざけている様子は無い。

 何か意味はあるのだろうか。

 真面目に答えて欲しい様なので思考を巡らせる。


 顔を見ながら考えようとヒロトを見た。

 照れた様子のヒロトと目が合ったが、すぐに顔を逸らされた。

 うーん、『ヒロトの良い所』……何かなあ。


「『普通』なとこじゃない?」

「普通!?」

「普通……」


 ヒロトは驚きの声を上げ、ツカサは考え込むように俯いた。

 ねえ、これ何の話?

 そんなことより、私は藤川さんの話をしたいのだけれど。


「あ。ちょっとオレ、用事」


 話を切り出そうとしていると、ヒロトがスマホを見て教室を出て行った。

 これでツカサと二人きりだ。

 ヒロトが座っていた椅子に腰掛け、窓際に立っているツカサを見た。


「普通って何?」


 話を切り出そうとしたのに、ツカサの話はまだ続くようだ。


「話し掛けやすさとか、一緒にいたら楽とか」

「ふうん? ……!」


 難しそうな顔をして思案していたツカサの動きが止まった。

 瞬きもせぬまま、一点を見ている。

 視線の先をを追うと、窓から見える渡り廊下でヒロトと藤川さんが話をしていた。

 出て行ったのは藤川さんに用事があったのね。


「最近ヒロトは藤川さんと話をしているわね。こういう誰とも話せるところが良い所かも」

「……」


 私の言葉が聞こえていないのか、何も言わず窓の向こうで楽しそうに話をしている二人を見ている。

 藤川さんについて話すには、この状況はちょうどいいかも。


「あ、ねえツカサ。藤川さんのことなんだけど……」

「……」


 ほら、この顔。

 藤川さんの名前を出して話を振ると、いつもこの冷たい表情になる。。

 何かを抑えているようで、ピリッとした空気が流れる。


「ツカサ、気にしているでしょ? 藤川さんのこと」

「別に……」

「嘘よ、今だって怖い顔しているもの」


 普段は負の感情を表に出さないツカサだけれど、今は私と二人で気が緩んだのか分かりやすく顔を歪めている。


「……仕方無いだろ」


 答えが返ってこなかったこの話題だけれど、今日は話してくれるようだ。

 嬉しい。

 あまり自分の考えを外に出さないツカサの内面を見せてくれたような気がする。

 私に、私だけに。

 こんな話が出来るのもきっと私だけだ。

 優越感を感じながら、ツカサへの愛しさが増しているのを感じながら……彼を優しく諭したいと思った。


「たとえ苦手でも隠すべきよ。周りが困るわ」

「苦手じゃない、ただ羨ましいだけ……」

「え?」


 周りに目を配る大切さを説こうと思っていたのに、予想外の単語が出てきて引っかかった。

 『羨ましい』?

 ツカサが藤川さんを羨ましく思うだなんて、意味が分からない。


「どこが羨ましいの?」

「だから、その……『普通なところ』とか」


 私の頭の上に浮かんだハテナは、更に大きくなった。

 それはさっきの話で……ヒロトのことでしょう?


 え?


 不思議に思い、ツカサの顔を覗き込んで……気が付いた。

 今、ツカサが鋭い視線を向けている先にいたのはヒロトだった。

 ……どういうこと?


 分かったことは、ヒロトに対して『羨ましい』と思っていること。

 でも、私は『藤川さんの話』をしていた。


 ……ということは、『藤川さんの話』と『ヒロトが羨ましい』という話は繋がっているということだ。


 窓の向こうに目をやる。

 そこにはお腹を抱えて大笑いしているヒロトと、遠慮がちに笑っている藤川さんがいた。

 そして今度はツカサを見た。

 ツカサは楽しそうな二人に目を向けていた。

 やはり顔を顰めている。

 でも……。


 分かった……分かってしまったかもしれない……そんな、まさか……。


 有り得なさすぎて、浮かぶことすら無かった可能性が見えてきた。

 それを念頭に置いて見た、ツカサの目に映っていた色は……。

 『嫌悪』ではなく……『嫉妬』。


 ツカサは、藤川さんと仲良くしているヒロトに嫉妬している?


 目眩がした。


「椿?」


 体が熱いのか寒いのか分からない。

 心臓を一突きにされたような、世界が終わったような気がした。


「どうした? 顔色悪いぞ?」

「……なんでもないわ」

 

 よく考えれば、ツカサは『藤川さんにだけ態度が違う』。

 それにやはり、『ツカサが女の子に冷たい』なんてありえない。

 皆が冷たくしていると思っているのは、好きな人にどう対処すればいいか分からないから……そういうことなの?


 信じられない。

 何をやっても卒なすこなすツカサが、あんな冴えない女の子に恋をしていて、自分を保てないほど乱されているなんて。

 さっきヒロトの良いところを聞いていたのは、藤川さんに好かれたいから参考にしようとしていた?


「……ツカサ、藤川さんと仲良くなりたいの?」

「えっ」


 確かめずにはいられない。

 でも、『好きなの?』とは聞けない。

 『そうだ』と言われたら、私はどうすればいいの?


 短い声を発したツカサは私から目を逸らし、遠くの空を見た。

 返事をする気はないのかもしれない。

 でも分かった。

 涼しい顔をしているけど、耳が赤かった。

 ……やっぱり、そうなのね。


 嫌いなんじゃない。

 逆だ。

 好きなんだ。


 ツカサは、藤川さんのことが好きなんだ。

 藤川さんは、ツカサにとって『特別な女の子』なんだ。

 

 ……私じゃなかった。


 どうしよう。

 どうして?

 どうして、藤川さんなの?

 いつも一人でいるし、冴えない感じだし、お洒落じゃないし。


「そういえば、俺に何か話があるんじゃなかったのか?」

「え……あ、うん。……もういいの」

「そう?」


 こんなのおかしい。

 

 ……なんとかしなきゃ。

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