第14話

 椿さんが王子君と話すと言って教室に向かったあと、少し経ってから草加君が現れました。

 教室にいたそうで、今は王子君と椿さんが二人で話しているそうです。

 早速私のことを話しているのでしょうか。

 期待するような……怖いような……。

 何とも言い難い、落ち着かない気持ちになります。

 椿さん、迷惑をかけてごめんなさい……そして宜しくお願いします!


 今は草加君に、翔ちゃんのことを話さなければなりません。

 気を取り直して、頭の中で纏めていたことを草加君に伝えました。


「実は……」


 『翔ちゃんは、男の子なの』


 そう切りだすと、草加君はポカーンと口を開けて固まりました。

 やはり気づいていなかったようです。

 少しの間硬直が解けるのを待ちましたが、動き出さないのでぽつりぽつりと説明を再開させました。


 翔ちゃんはああいう格好が好きだけれど、男の子が好きというわけではないこと。

 一緒にカラオケには行ったけれど、これ以上は面倒なことになりそうなので関わるつもりがないということ。

 そしてこれらを聞いた上で、草加君に安土君への対応を任せたいと思っているということ。


 私が話している間に、草加君の開いていた口は段々と閉じてきました。

 全て伝え終わると硬直は解けたようで、『はあ』と小さく息を吐くと私を見ました。


「…………マジ?」

「はい……」


 腰に手を当て、真剣な表情をしています。

 私は翔ちゃんが男の子だということを黙っていました。

 『騙していた』と言われても釈明出来ません。


「くっ」


 責められるかもしれないと身構えていたところに、草加君の短い声が聞こえました。


「草加君?」


 どうしたのかと目を向けると、草加君はお腹を押さえていて……。


「ぶっ……あははは! すげえ! ショウ、凄え!! あはははは!!」


 文字通り、腹を抱えて笑う草加君。

 笑いキノコでも食べてしまったのではないかという程、見事な笑いっぷりです。


「やばい……すっっっげえ面白い!!」


 余程面白いのか、『凄い』と言う時の溜めがとても長かったです。

 笑いすぎて呼吸困難気味の草加君は、時間を掛けて落ち着きを取り戻しながら言いました。


「俺、涼のこと応援するわ」

「ええ!?」


 応援ですか!?

 それは、『翔ちゃんのことを気に入っている安土君を応援する』ということですよね?

 いいの!?


「もちろん、ショウが男だってバラさないまま」

「ええ?」


 それは可哀想なのでは?

 というか、友達を騙すようなことをしてもいいのでしょうか。


「あいつ、チャラチャラしすぎなんだよ。珍しくマジになったら、相手が男とか……くっく。腹痛え!! 天誅だよ、天誅!!」


 草加君は悪い笑みを浮かべて、心底楽しそうに笑っています。

 安土君はずっと『チャラい』と言われていますし、私の第一印象もそうでしたが、今まで一体どんな行いをしてきたのでしょう。

 聞くのが恐ろしいです。


 そういえば王子君程ではありませんが、草加君も人気があります。

 友達のいない私の耳に入るくらいなのだから、中々のものなのではないでしょうか。


「草加君は、彼女はいないのですか」

「え? オレ?」


 私の質問を受けて草加君はきょとんとしましたが、少しすると照れたような……どこか気まずそうに視線を逸らしました。

 どうしたのでしょう……あ。

 私が草加君を狙っているというか、意識しているから知りたいという風に受け取ったのでしょうか!?


「あ、変な意味で聞いたんじゃなくて……! ごめんなさい、思ったことをそのまま口にしてしまいました!」

「いや、分かってるけど……うん」

「……」

「……」


 お互いに恥ずかしくなってしまいました。

 私の馬鹿!

 流れる沈黙が地獄のようです。


「まあ、オレの場合は、好きな奴ならいたんだけど……諦めた」


 あ、教えてくれるんだ。

 翔ちゃんは恋愛方面の話はしてくれません。

 男の子の恋愛話を聞くことなどないので嬉しくなりつつ、話に意識を傾けます。


「ええ? どうして」

「そいつ、司のことしか見てねえからさ。毎日毎日、目の前でそういうところ見てたら心が折れた」


 うわあ……せつないです。

 話す草加君の表情も切なげです。


 毎日そういう光景を目の当たりにすると言うことは、近しい人なのでしょうか。

 近しい人で、王子君が好き……。

 あれ、そういう話を聞いたばかりのような……。


「もしかして……椿さん?」

「なんで分かるんだよ」

「なんとなく、そう思っただけで……!」


 椿さんから聞いた話はするわけにはいきません。

 そっかあ、草加君は椿さんが好きで、椿さんは王子君が好きで……。

 王子君は、どうなのでしょう。

 椿さんが『自信がある』と言っていたので、彼女はいないのだと思います。


「司は、香奈の気持ちには全然気がついてないみたいだ。結構分かりやすいんだけどなあ」


 草加君は腕を組んで、呆れた様子で呟きました。


「あいつ、結構天然だからなあ」

「そうなのですか?」


 あんなにしっかりしていそうなのに、天然だなんて驚きです。


「急に俺に『弟子にしろ!』とか言って絡んでくるんだぜ? 意味分かんないよ」

「草加君は何か凄いんですか?」

「……それ、遠回しにオレのこと馬鹿にしてるからな」

「あ! いや、そういうわけでは!」


 あの王子君が『弟子になりたい』と言い出すなんて、何か凄い特技でもあるのかと思っただけです。

 草加君のジト目から逃げようとしていると、昼休憩終了を知らせるチャイムがなりました。

 良いタイミングです!


「……まあいいや。とにかくさ、ショウにオレの連絡先渡しておいてくんない? 話したいから」


 あとは翔ちゃんとやりとりをして、色々工作するそうです。

 何をする気なの……。

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