第12話

「ええ? 嫌だよ、面倒くさい。適当に断っておいてよ」


 店でのバイトタイム。

 変身をしていない『美少年な翔ちゃん』と、並んでパンの袋詰めです。

 お客さんの波が一段落し、店舗スペースに誰もいないので雑談が出来ます。


 早速翔ちゃんに、草加君から頼まれたことを伝えました……が。

 答えは『NO』、予想通りでした。

 そうだと思っていましたが、草加君に頼まれたので要望に応えたいという思いがあります。


「どうしても駄目?」

「勘違いしたままで終わる方が向こうのためにもなるんじゃない?」

「そうかもしれないけど……。草加君にどう言えばいいの?」

「ありのまま『嫌』でいいんじゃない? それか、ヒロには勘違いしていることを説明して、上手いこと計らって貰うか。ま、別にリョウに全部バラしてもいいけど」


 安土君にバラすのは心苦しいです。

 そうか、草加君に相談すればいいか。


「草加君に話してみる」


 きっと安土君に上手く伝えてくれるはずです。

 そうしましょう。

 草加君も翔ちゃんが男の子だと知ったら、驚くだろうなあ。

 腰を抜かすかもしれません。

 その場面を想像すると、話をするのが楽しみになってきました。




※※※




 午前の授業が終わった昼休憩。

 いつも通り私は外のベンチで一人、お店から持ってきたパンを食べました。

 ここは校舎の裏側にある花壇の一角で人通りは殆どありません。

 賑やかな声も校舎で遮られているのか遠くに聞こえます。

 寂しい時もありましたが、今は人目がないことに安らぎを感じています。

本を読みながら食べているので一人でいることなど忘れてしまいます。

 むしろ憩いの時間です。


「さて、戻ろうかな」


 休憩時間はまだありますが、今日は草加君と話す約束をしています。

 驚く草加君の顔を早く見たいです。


「ねえ、あんた」


 校舎に戻り、教室を目指して廊下を歩いていると誰かに声をかけられました。

 聞き覚えのない声だったので呼ばれたのは気のせいかと思いましたが、そうではないようです。

 振り向くと、機嫌が悪そうな女子生徒三人組が私を見ていました。

 知らない人達です。


「昨日、わざと王子君にぶつかったでしょ」

「えっ」


 昨日ぶつかったと言えば……思い当たるのは、朝の昇降口。


「あっ」


 思い出しました。

三人組は私がぶつかった時に王子君と話をしていた人達でした。

 あの時も怒っていた様子でした。

 それが分かった瞬間、緊張と悪意を向けられている実感で目眩がしました。


「ぶ、ぶつかりましたが、わざとじゃ……!」


 慌てて釈明した私を見て、彼女達は目を合わせて鼻で笑いました。


「はっ! どうだか。そうやって彼の気を引きたいわけ?」

「そんなことをしているから、嫌われてるんじゃない?」

「ウケるー」


 『気を引くためにぶつかったりしない』、そう反論したいのに声になりません。

 私が嫌われているということを楽しそうに話しながら笑う声に耐えながら、俯くことしか出来ません。

 どうしよう、走って逃げようかな……。


「ツカサは、貴方達みたいな奴の方が嫌いだと思うよ」


 三人組の向こう側から声がしました。

 彼女達は振り返り、私はその隙間から声の主の姿を見ました。


「椿さん!」


 私と目が合うと、赤い髪の女神は慈悲深い笑顔を浮かべました。

 ああ、涙が出そうです……その尊くて美しい笑顔を拝みたいです!


「なんなら本人に聞いてみる? 今ここに呼んで、ありのままを話して聞いてみましょうか」


 椿さんがポケットからスマホを出して操作をし始めると、私に言いがかりをつけてきていた三人組は不満げに去っていきました。

 良かった……怖かった……!

 安心で座り込みそうになりましたが、壁に手をついてなんとか耐えました。


「大丈夫?」

「ありがとうっ、ございました……!」

 やっぱり……透明だったはずの私についてしまった色が濃くなってしまっています。

 空気ならこんなことを言われたりしません。

話し掛けられること自体がないのですから。


 どうして私は何もしていないのに、こんなに嫌われているの?

 『王子君が嫌いだから、皆も嫌い』だなんてあんまりです。

 そう思うと、再び涙がこみ上げて来ました。


 涙が流れてしまわないよう必死に耐えていると俯いた視界の中に、スッと白くて綺麗な手が伸びてきました。

 その手にはハンカチが乗っています。

 『使って』ということの様です。


 優しくされると、余計に泣きたくなります……!

 我慢出来なくなってしまったので、有難く借りました。

 洗って返します……。


「……私、ツカサに言うわ。藤川さんに対する態度を改めなさいって」

「え」

「だって、ツカサの態度が原因でしょ?」


 王子君が周りに影響を与えていることは確かです。

 今の言いがかりも、王子君に好意を寄せている人達でした。


「そう……だと思います。でも、椿さんに迷惑かけるわけには」

「ううん、別に迷惑じゃないよ。ずっと言わなきゃと思ってたの。でも……ちょっと個人的な理由があって、ツカサの機嫌を伺っていたから言えなくて……。だけど、ちゃんと言わなきゃ駄目って思ったわ」


 気にしてくれていたなんて……!

 今度は嬉しい涙を流しそうです。

 でも言い辛いのに、無理にお願いするのは心苦しいです。


「あの、やっぱりいいです! 自分で言えたら……言ってみますので。その、個人的な理由を優先してください……!」


 優しい人に頼りすぎるのは駄目です。

 私の問題は自分で解決するべきだと思うし……。

 『どうして私に冷たいのですか?』なんて聞くのは勇気がいるけれど、何か私が仕出かしているのかもしれないし、頑張らなければ。


「ふふふ」


 自分を奮い立たせていると、椿さんが微笑みました。

 何か面白いポイントがあったのでしょうか。

 首を傾げていると、理由を教えてくれました。


「いいのよ? ただ、『好きな人を怒らせたくない』ってだけだから。つまらない理由でしょ?」

「え……ええ!?」

「内緒よ?」

「は、はい! もちろん!」


 椿さんは王子君のことが好き!

 ビッグニュースを聞いてしまいました!

 そして全然『つまらない理由』じゃありません。


「誰にも言いません! でも、そういう理由なら、尚更お願いできません!」

「いいんだって。好きだからこそ、言わなきゃって思ったから」


 全力で遠慮しましたが、椿さんは意思を固めた様子です。

 本当にお言葉に甘えていいのでしょうか。

 迷っていると、『お願いされなくても、勝手に言っちゃうから』と微笑んでくれました。

 椿さん……私やっぱり、貴方を信仰します!


「王子君と椿さん、凄くお似合いです!」


 完璧な王子様とお姫様です!

 絵になります、学校に飾ってもいいくらいです!


「ありがとう。今は片想いだけど……ちょっと自信あるかな、なんちゃって」


 そう言いながら照れ笑いを浮かべる椿さんは凄く可愛くて、キラキラと輝いて見えました。


「兎に角、任せて?」

「はい!」


 笑顔で去って行く椿さんのを見送りながら思いました。

 ああ、椿さん……お友達になりたい!

 私の片想いは切ないです。

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