第11話

 新生『俺』が爆誕する朝。

 天気は快晴、幸先が良い。


「よし」


 今日は良いことがありそうだ。

 下校の頃には、藤川さんと付き合っているかもしれない。

 手を繋いで帰りたい。

 むしろ担いで持ち帰りたい。

 明日は二人で新居探そうよ。


 大翔といつもの場所で合流し、並んで歩く。

 眠そうに欠伸をしている大翔が、不思議そうな顔で俺を見た。


「今日の司、何かいつもと感じが違うな?」

「気合入れてるから」


 俺の張り切りが溢れ出てしまっていたようだ。

 そうだろう、何せ昨日の俺とは違うのだ。

 『おはよう』も、『片想いの相手って誰?』も余裕で言えるし。

 踊りながらでも言えるっつーの。

 いや、それは不審者になるか。


「何かあるのか?」

「ああ。しっかりしなきゃなって思って」

「優等生なお前がしっかりしてないんだったら、オレは何なんだよ」


 『優等生』?

 テストの成績なら良い方だが、そんなことは重要じゃない。

 学業は勉強すれば成果が出るが、俺のこのどうしようもない内面を叩き直すには、かなりの気合いと根性が必要なのだ。

 勉強にかかる労力より何倍も必要だ。


 俺から見れば、大翔の方が何倍も『優等生』だ。

 言いたいことを口に出来る、伝えられる、話し合える。

 子供の頃から羨ましかった。


「大翔は機嫌がいいな?」


 気合いを入れている俺の横で、軽快な足取りで鼻歌を歌っている。


「まあね。昨日の放課後、楽しかったんだよ。司も一緒だったら……ああ、駄目か」

「?」

「ま、ちょうど良かったかもしれないって話」


 何を言っているか分からないが、昨日は藤川さんのパン屋に行くという重要ミッションがあったのだ。

 外すわけにはいかなかった。


 大翔の首にかけたヘッドフォンから音が漏れている。

 俺と話をしているからつけてはいないが、少し耳に入るように音を出しているようだ。

 微かに聞こえてきたのは、借りていたLAZERSのアルバムに入っている曲だった。

 それで思い出した。


「借りてたCD、あとで返す」

「お、サンキュ。昨日も歌ってきたけど、やっぱいいな」


 そう言うとLAZERSの曲を口ずさみ始めた。

 本当に今日は機嫌がいいな。

 スキップしそうな勢いだ。


 俺も負けていられない。




※※※




「王子くん、昨日の放課後はどこに行ってたの?」

「部活が終わってすぐに探したけれどいないんだもん。がっかりしちゃったあ。帰るの早かったんだね」


 昇降口に着くと知らない女子に囲まれた。

 進めないんだけど……。

 進路妨害はやめてください。


「行きたいところあったから」


 話し掛けられるから答えるけど……この人達誰だろう。

見たことあるような……無いような……。


 そんなことより、昇降口は登校してきた藤川さんと何度か遭遇したことがある重要スポットだ。

 準備万端でいたい。

そっとしておいて。


「今日はすぐ帰らない?」

「会いに行ってもいい?」


「分からない。帰るかもしれないから来てくれても居ないかも」


 放課後、藤川さんに話し掛けるチャンスがあったらトライしたい。

 でも部活があるからなあ。

 今日も終わってからパン屋に行ってみようかな。

 というか関わりの無い俺に会いに来るとか、この人達暇なんだろうか。


「よ、おはよ」


 大翔が誰かに挨拶をしている声が聞こえた。

 連れの誰かがいたのだろうか、俺もそっちに合流したい……って。


 え?


 ええ?


 声の方に顔を向けると、目に入った光景に固まった。


 藤川さん?

 

 今日も可愛い、寝癖ぴょこの無いデフォルトバージョンでも可愛い……けど……昇降口で会えて嬉しいけど……なんで大翔と話してんの?

 なんで大翔と気軽に話すほど仲良くなってんの?


 え? ええ?

 ちょっと、誰か俺を殴ってよ。

 これって、夢? 悪夢ですか?


 知らない。

 こんなこと知らない。

 予定に無いぞ、こんな事態想定してない!

 昨日まで二人が話したところを見たことは無かった。

 なのに……なんで?

 俺が知らなかっただけ?


 大翔……お前、なんでそんな嬉しそうな顔で藤川さんと話しちゃってんの。

 ずっと、ずっとずっとずっと俺がやりたかったこと、何を気軽にやってくれちゃってんの。 


「オレ、喉痛くってさ……昨日張り切り過ぎたかな」


 え?

 喉……ええ?

 喉が痛くなるほど大きな声を出す『何か』を……昨日張り切った?


「アンタは大丈夫?」


 ええ?

 それを、藤川さんも一緒にしたの?

 大翔と?

 え……ええええ?


「お、おはようございました!」


 藤川さんは顔を赤くして、逃げるようにして走っていった。

 途中、俺にぶつかった。

 藤川さんと接触出来て嬉しい、このままギュッてしたい……そう思うけど。

 嬉しいよりも混乱している。

 嫌な予感に押しつぶされそうで、頭が真っ白になって……なんか吐きそう。


 『あり得ない可能性』が導き出されて、脳内が真っ白から真っピンクに変わっている。

 モザイクが必要な、あの映像が流れる。

 そんなまさか……いや、まさか。

 でも、『喉痛い』『二人で張り切った』なんて単語で連想出来るのって……藤川さんは顔を真っ赤にして走り去ったし……。

 もう、『アレ』しかないじゃんっ!!


 藤川さんの片想いの相手って……大翔?

 っていうか、『そういうこと』なら、片想いじゃないじゃん!

 デキちゃってんじゃんっ!!


「『おはようございました』ってなんだよ、何故過去形……」


 何を親しげな顔して、藤川さんのこと見送ってくれちゃってるの?

 大翔! お前は椿が好きなんだろ!

 何をオレの藤川さんにちょっかい出してんだ、ぶっ殺すぞ!!


「ん? 怖い顔して、どうしたんだよ?」

「別に」

「何か怒ってんの?」

「怒ってないし」


 怒ってない。

 ただ、ぶん殴りたいだけっ!!


 羨ましい……怨めしい……おのれ大翔おおお!!

 お前に生まれ変わりたい、マジで代わって!!


 いや、落ち着け俺。

 そんなわけないじゃん、絶対無い。

 話をするような間柄なってるのは確かだけど、そんな『最後』まで進んでいる分けが無い。

 はは、絶対違う。


 ……違うって言ってよおおおおおお!!

 空はすげー晴れてるのに! 青いのに!

 幸先良いと思わせておいて……裏切りじゃん!

 やっぱ神いないじゃん!!


 いや、待て。

 神なんて最初からいない。

 生まれ変わったんだろ、俺。

 冷静になれよ。


「……藤川さんと、いつの間に仲良くなったんだ?」


 いつの間に抜け駆けしやがったんだ。

 一発殴らせて、マジで。

 歯、食いしばれよ。


「あ? その、まあ……お前は気にするなよ。あれでも結構話しやすいし、面白いぞ」


 面白い!?

 っていうか『気にするな』って何だよ。

 気にするに決まってるだろ!

 そのことしか考えられないっつーの!


「意外に可愛いし」


 可愛いのは知ってる、お前より知ってる。

 論文書いて出せるレベルで知ってる。

 言われなくても知ってるっつーの!!

 『意外』ってなんだよ!

 どっからどう見ても可愛いだろうがっ!


「怒るなよ」

「何が?」

「ほら、さっきの女子とかも逃げちゃったじゃん」

「ん?」

 

 そういえば話し掛けてきた子達がいない。

 さっきまで何か喋っていて煩かったけど……。

 自分の教室に行ったんだろ?


「お前にも好き嫌いあるんだな」

「当たり前だ」


 あるし。

 超好きだし。

 絶っ対、お前には負けないからなっ!!


 とりあえず、弟子にしてください!!

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