第10話

 よく晴れた爽やかな朝。

 過ごし易い気候ですが人の波の中にいると、残念ながら気持ち良さは減ってしまいます。

 場所は学校の校門の近くとあり、私の周りは登校してきた月紫台高校に通う生徒で溢れています。

 黙々と歩く私の周りはにぎやかで、楽しそうな会話がBGMのように耳に入っていましたが、同じ言葉ばかり入るようになり顔を上げました。


『今日も王子君は格好いい』


 確かにその通りでした。

 私の前方、女子のグループを二つほど挟んだ先に王子君と草加君が談笑しながら歩いていました。

 朝日を浴びて輝く王子君の髪が綺麗です。

 ただ歩いているだけなのに、一人だけ映画のフィルムの中にいるようです。

 後頭部だけでこのオーラ……やはり別世界の住人です。

 眩しいなあ、直視出来ません。


 その隣のオレンジの後頭部に目を移しました。

 今日も首にはヘッドフォンをかけている、カラオケガチ勢の草加君です。

 昨日一緒にカラオケに行ったのは私だと気づいてはいないはずですが、顔を合わせ辛いというか……妙に気恥ずかしい。


 私は二人から距離を空け、ゆっくり後ろを歩きました。




 ※※※




「えー……まだいる」


 昇降口に着くと、二人の姿がありました。

 何故なの……姿が見えなくなっていたはずなのに!


 王子君は私の知らない女子生徒に囲まれていました。

 草加君は靴を履き替えているところでした。

 HRが始まるまで時間が無いので進むしかありません。

 逃げることを諦め、特技の空気と化しながら自分の靴を取ろうとしたところで……。


「あ」


 草加君と目が合いました。


「え、えっと……」


 『おはよう』と挨拶するべきか迷いました。

 昨日はマイクを交えた好敵手ですが、それが私だとは知らないはずです。

 いや、でも……普通にクラスメイトとして挨拶は今までしてきたわけで……。


「よっ、おはよ」

「!?」


 明らかに私に向けて、気軽な感じで草加君の方から声を掛けてきてくれました。


「え、あ……はい」


 戸惑いました。

 今まで挨拶を交わすことはありましたが、感じたこと無い距離感での挨拶でした。

 どうしてでしょう。


「オレ、喉痛くってさ……昨日張り切り過ぎたかな」

「え」


 今、『喉』って言いました?

 え、え…………ええ?


「アンタは大丈夫?」

「……」


 喉が痛いというのは歌ったからでしょう。

 その話を振ってくるということは……。

 もしかして……これ、昨日カラオケに行ったのが私だって、分かってます?

 分かっちゃってます!?


 い……いやああああああっ!


「お、おはようございました!」


 どうしたら良いか分かりません。

 急いで靴を履き、教室に向かおうとしたのですが……。


「あっ、ごめんなさっ……!?」


 慌てていたので、誰かにぶつかってしまいました。

 謝りながら相手の顔を見ると、それは……王子君でした。

 周りの女子生徒の私も対する冷ややかな声が聞こえます。

 そして王子君も……怒っている!

 いつもは怒気が香るくらいなのですが、今ははっきりと分かります。

 眉間の皺が怒りを物語っています!


「ごめんなさい!!」


 ああ、こっちもまずい……心臓痛い……逃げなきゃ!


「『おはようございました』ってなんだよ、何故過去形……」


 背後で草加君が何か呟いていましたがもう何も聞こえません、聞こえないんだからー!




 ※※※




「胃が痛い……」


 明らかにストレスが原因です。

 今日は一日、息をするのも苦痛な時間を送っています。

 

 隣の席の王子君は、ピリピリとした空気を放っているからです。

 朝ぶつかってしまったのが原因だと思います。

 私は近くにいることが居た堪れず、休憩時間になるとトイレに駆け込んで過ごしました。


 草加君の方も、私に話しかけようとしている気配があるので恐ろしいです。


 そして一日の授業が終わり、放課後になりました。

 部活をしていない、友達もいない私は今日も真っ直ぐ帰宅するのみです。

 教室がざわめく中、手早く身支度を済ませた私は人の目に止まること無く抜け出し、昇降口を目指しました。


 ああ、やっと終わった……。

 帰宅後、店の手伝いをする予定ですが翔ちゃんも来ます。

 その時に、草加君にバレているかもしれない話を――。


「あ、なあ」

「ぎょあ!!?」


 男子トイレの前を通り過ぎようとした時でした。

 そこから突如姿を現したのは、今まさに頭の中に登場していた草加君でした。

 驚きで奇声を発してしまいました。


「オレはオバケか」

「ご、ごめんなさい」


 だって、頭の中から飛び出してきたのかと思うくらいタイムリーだったから。

 心臓がバクバクと音を立てています。


 草加君は私に話があると言いました。

 あと少しで帰れたのに、最後の最後で捕まってしまいました。


 トイレの前で話すのは邪魔になるので、少し進んだ先にある階段脇のスペースで話すことにしました。

 話だなんて、一体何なのでしょう。


「あのさ、頼みがあってさ」


 草加君はポケットに片手を突っ込んだまま、少し面倒臭そうに口を開きました。


「涼に頼まれてさ。『ショウちゃんの連絡先聞いてきて!』だとさ」


 わあ……安土君、これ以上追いかけると自分が辛くなるよ!


 ……というか、やっぱり草加君は、昨日一緒にいたのが私だと分かっていたわけですね。

 あんな格好をしていた私のことをどう思ったのでしょう。

 恥ずかしい!

 

 翔ちゃんが『女の子じゃない』ということは、気づいていないのでしょうか。

 見抜いていれば話題に出ると思うので、バレていないのだと思います。


 それにしても……私のことは、いつから気が付いていたのでしょう。

 ああ、顔から火が出そうです!

 走って逃げ出したいですが、今は話をしなければ……。


「えっと、勝手に教えていいかどうか……」

「ま、そうだよな。聞いてみてOKだったら教えてよ。オレの連絡先を教えておくからさ。ウーロンのも教えてくんない?」

「ウ、ウーロンはやめてください……って、私の連絡先も!?」


 友達のいない私にとって『あだ名』は憧れでしたが、ウーロンはあまり嬉しくありません。

 そして連絡先の交換だなんて、翔ちゃん以外で初めてです!


「嫌ならいいけどさ」

「大丈夫です!」

「大丈夫ってどっちだよ」


 苦笑いを浮かべる草加君に交換してもいいと伝えると、『スマホを出して』と言われましたが……私、スマホじゃないんです。

 

「ガラケーとか! まじか!」


 凄く笑われました。

 え、駄目なの?

 電話さえ出来れば良いと思っているので、ガラケーで満足しているのですが……。

 あと一人でいるときに見ているふりをして、やり過ごすアイテムとして使えれば十分。


「ウーロン改め、『ガラケー』だな」

「やめてっ」


 私は時代に取り残されているのでしょうか。

 恥ずかしい……。


 自分のガラケーもあまり使うことがないので連絡先の登録方法が分からず、結局は草加君にやって貰いました。

 そして待ち受け画面を見られました。

 『検察官・夜明』の番組ポスターです。

 古い代のは画像が無かったので一番新しいものですが、どこからどう見ても『二時間サスペンス』な絵面です。

 それを見ても、草加君が何も言わなかったことが恐ろしいです。

 私って本当に高校生なのかな……。


「よし。んじゃあ、よろしく。また勝負しようぜ」


 草加君がニッと、人懐っこい笑顔を見せてくれました。

 勝負は精神的疲労が大きいので遠慮したいですが、こうやってクラスメイトと話せるのは嬉しいです。

 草加君は話しやすい雰囲気を放っているので、少しですが緊張せずにいられるようになりました。


「あ、そうだ。これ聴く? 昨日あいつらが盛り上がってたLAZERSのCDだけど、今日ちょうど返して貰ってさ」


 そう言って渡されたのは、昨日私以外の三人が歌った曲が収録されているアルバムでした。

 三人の歌を聞いて『いいな』と思っていたので、ありがたく借りることにしました。

 CDの貸し借りも翔ちゃん以外では初めてなので、じんわりと感動してしまいました。

 大切に拝聴させて頂きます!


「ウーロン、昨日は随分雰囲気が違ったな」


 あ、ウーロンで固定しちゃったんだ、と思いつつ……。

 気にしていた話題を出され、ドキリとしました。


「き、昨日は、翔ちゃんがコーディネートしてくれて……」

「そうなんだ? 良い感じだったから、学校でもああいう風にすれば?」


 良い感じ!?

 変じゃ無かった……?

 それなら一安心だけど……。


「無理です」

「なんで? 可愛かったのに」

「!!?」


 可愛かったあ!?

 『変』でもなく、『根暗ボッチのくせに張り切るな』でもなく、可愛いと思ってくれたのでしょうか?


「翔ちゃんの魔法ですっ!」


 そうです、翔ちゃん親子のスキルが素晴らしいのです。

 ……そう思いながらも、照れてしまいます。

 顔が熱いです!


「あ、司」


 草加君が見ている廊下の先に目を向けると、そこには王子君がいました。

 草加君を待っているのでしょうか。


「!?」


 よく見ると……王子君が凄く睨んでいます!

 こちらを険しい表情で凝視しています!

 『俺の幼馴染みに近づくな!』、そう怒っているのかもしれません。

 今日は朝から怒らせてばかりです。


「あの、私はこれで! さようならでしたー!」

「だから、なんで過去形……」


 王子君に長く睨まれ続けていると、胃が持ちません。

 それにこの光景が人の目に触れると、私についた『王子君に冷たくされている人』という色が濃くなってしまいます。

 逃げるが勝ちです、さようならでした!

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