第4話
一限目は、視聴覚室で行われることになった。
面倒だから最初から視聴覚室に集まって、HRをすれば良かったのに……。
交通安全の動画なんて、小学生の頃から何回も見ているのにまだ見せるのか、と思うし……。
そんな愚痴ばかり考えながら廊下を歩く。
「ツカサ、機嫌悪い?」
「? ……別に」
隣を歩く椿が、俺の顔色を窺うように覗き込んできた。
朝の『藤川さんミッション』をクリア出来なかったダメージは残っているけど、まだ一日は始まったばかりだから大丈夫だ。
……昨日も同じことを考えていた気がするけど。
いや、今日の俺は昨日の俺とは違う。
経験値が貯まり、レベルアップした『俺・改』だ。
話し掛けるとか余裕――。
全然余裕……余裕だし……何を喋ればいいか、分からないけれど……。
「奥しか空いてねえじゃん」
いつの間にか視聴覚室に辿りついていて、先頭を歩いていた大翔が空いている席を見つけたようだ。
大翔が言う奥の方に目を向けると……藤川さん!
目が合った! ……もう運命じゃん!
待っていてくれたの?
待っていて、すぐ行くから!!
ダッシュで行きたい気持ちを抑えながら、歩いて向かう。
藤川さんの隣は、絶対に俺が貰う!
次のテーブルに藤川さんがいる! というところで――。
「王子ぃ~、ここに座りなよ。私達後ろに移るから」
…………は?
「前の方が見やすい」なんてどうでもいい理由で、前のテーブルに座っていた子に止められた。
俺、超目が良いけど……。
むしろ、この日のために視力を落とさず死守してきたと言ってもいい。
……というか、授業なんて見えなくてもどうでもいいけど。
「…………」
俺は何も言っていないのに、女子達は後ろの席に行ってしまった。
本来は俺の席である『藤川さんの隣』を取られてしまった。
……神って本当にいないんだな。
「司、さっさと座れよ」
「俺だって(藤川さんの隣に)座りたいよ……」
「?」
大翔、先頭を歩いたお前のルート選びが最悪だったんじゃないか?
そうだとすれば、罪は重いぞ。
藤川さんの隣に座ることが出来ていたなら――。
(ん?)
隣に座っている藤川さんがノートの切れ端を俺に?
そこには……。
『藤王くん、好きです』
藤川さん! 俺もっ! ……とか出来たのに。
……いや、やっぱり紙は俺から渡すべきか。
妄想のリテイクが入った。
俺が『好きです』と書いた紙をそっと渡すと、藤川さんが何かを書き足して返してきて……。
何を書いたのかなって――。
『私も』
藤川さん!
すごくいい……その場で押し倒すしかない。
「ん? シャーペン?」
足下に何か転がってきて、最高な妄想が遮られた。
誰だよって……藤川さんのシャーペンだった!
まさか! このシャーペンに、「好きです」と書かれた紙が巻かれているとか…………無かった。
いや、もしかして……わざと俺の所に転がして、気を引こうとしている?
やっぱり一緒に座ろう、いや、むしろ俺の膝の上に座ってくれ。
後ろからギュッとして、あのぴょこっとしたとこ食べたい。
……なんて妄想を続けてシャーペンを返さずにいたら、藤川さんが困ってしまう。
「はい」
シャーペンを拾い、藤川さんに渡す。
ついでに俺の気持ちも受け取ってよ。
はっ、まさか……神よ。
これは『ちゃんと神いる』というアピールのドキドキアクシデントですか?
そうだとしたら、良い線だけど……分かってない。
シャーペンじゃなくて、藤川さんを転がして欲しい。
俺が拾って帰るから。
「ご、ごめんなさい……ありがとう」
可愛い……かつて地球上に、こんな愛くるしい生物が存在していたことがあっただろうか!
……というか、俺はある事実に気が付いてしまった。
俺が喋って、藤川さんが返事して……。
これって……念願の『会話』が成り立っているのでは?
落ち着け俺……自然な感じで返事をするんだ。
もう無視なんてひどいことはしない。
「うん」
大自然に溶け込むくらい自然な感じで対応……出来たよな。
やってやった……。
この調子で将来の約束を交わそう?
……すっごく嬉しい!
でも、もっと話がしたかった。
「シャーペン可愛いね」とか、「どこで買ったの?」とか言えば良かった。
あと、「俺達付き合おう?」とか……。
「ツカサって罪な男だよねえ」
「?」
頭の中が藤川さん一色になり、周りのことが入っていなかった。
椿が遠い目をして言っているけれど……何のことだ?
※※※
教室に戻ると藤川さんの姿はなかった。
先に視聴覚室を出たはずなのに……大丈夫だろうか。
迷子になってないかな、変な奴に声掛けられたりしてないかな。
大翔達と喋りながらも、藤川さんのことが気になって仕方がない。
そわそわしているところに、教室に戻る途中で別れた椿が戻ってきた。
……藤川さんと一緒に。
おい、羨ましいぞ。
藤川さんは自分の席に戻ると、椿は俺の席の隣に立った。
「藤川さんと話をしてきたの」
知っている、見ていた、羨ましい。
狡いぞ、俺を差し置いて……何故、俺もトイレに誘わない!
行きたかったな、って……あ、ああ!!!!
俺は藤川さんを見て、大変なことに気がついてしまった。
「でね、ツカサに聞きたいことが……」
俺のぴょこが! 寝癖が消えている!!
トイレで気がついた?
まさか椿……お前……余計なことしてないよな?
「! えっと……ごめん、何でもないの」
「うん」
……そうだったら許さない。
俺の寝ぐせ……俺のぴょこが!
写真を撮りたかった……。
記憶には永久保存したけど、念写とか出来ないかな。
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