第3話

「一限目は視聴覚室に集まってくださいね」


 HRの終わり際――。

 担任が告げた死の宣告に、私の魂は抜けそうになりました。


 ……嫌だな。


 移動教室での授業は、私にとっては辛い時間です。

 何故なら……『自由席』だから。

 ぼっちの私は、どこに身を置かせて貰おうかと迷います。

 どこにいても肩身が狭いのに、席が埋まってから行くと「ここに座っていい?」と聞かなければいけません。

 あ、想像しただけで胃が……!

 だから、一番乗りで行って、気配を消して隅の方に座っておく作戦でいきたいと思います。

 気持ちを奮い立たせ、誰よりも早く視聴覚室を目指しました。



***



 『視聴覚室』と書かれた室名札の下の引き戸を開けると、誰もいませんでした。

 狙った通りに、一番乗りで来ることができたようです。


 ここは大きなテーブルが二列に三つ、計六つあります。

 一つのテーブルには、五人がつくことになります。

 私は入り口から一番遠いテーブルの端に座り、携帯を弄ります。


 少しすると入り口の扉が開き、クラスメイトが入ってきました。

 段々とテーブルが埋まっていきますが、私ところは空いたままです。

 これはこれで辛いですが、自分から声をかけなければいけないパターンよりはマシです。


 席がほぼ埋まり、もうすぐ授業が始まるというところで、王子君が友達と入ってきました。

 何気なくその様子を見ていると、王子君と目が合ってしまいました。

 空いている席はここしかありません。

 ああ、嫌な予感!

 このテーブルに来ちゃうのでしょうか、来ますよね……。


 誰が来ても居心地は悪いですが、私を嫌っている人気者と同じテーブルだと思うと尚つらいです。

 席が空いているテーブルはここだけなので、王子君達はやはりこのテーブルに来るようです。

 俯いているので見えませんが、近づいてくる気配を感じ、思わず膝に乗せていた手に力が入ってしまいました。


「王子ぃ~、ここに座りなよ。私達後ろに移るから」


 …………え?


 前のテーブルに座る女子生徒が、彼の腕を掴んで引き留めました。


「俺、後ろ行くけど……」

「少しでも前の方が見やすいでしょ?」


 恐らく女子達は、私と同じテーブルになったことで、王子君が嫌な思いをしないように気を使ったのでしょう。


 戸惑っている王子君達に席を譲り、女子達が私の隣にやってきました。

 何か声を掛けた方がいいのか迷いましたが、話し掛ける勇気がないので、彼女達から少し椅子を離し、邪魔にならなようにしました。

 気を使われるくらい嫌われていることが周知の事実であることが悲しいですが……。

 王子君と同じテーブルになり、気を張り続けることにならなくてよかったです。


 授業が始まると、色々と気にしていたことも忘れて、スクリーンに意識がいきました。

 この授業は特別授業で『交通安全について』でした。

 小さな頃から定期的にある学習内容で、妙に懐かしさを感じながら受けていると気が緩んでしまったのか……。


「あっ」


 私のシャーペンが落ちて、よりにもよって王子君のところに転がっていきました。

 だめ! そっちは! いかないで! 戻って! お願い神様!


「…………」


 念を送りましたが駄目でした……神様はいないようです。 

 こっそり取ろうとしたのですが、王子君はすぐに私のシャーペンに気が付き――。


「はい」


 普通に拾ってくれました。


「ご、ごめんなさい……ありがとう」

「うん」


 短い一言ですが、反応もしてくれました。

 挨拶やこういう些細なやり取りでも、王子君が声を出してくれることはあまりありません。

 戦々恐々としながらシャーペンを受け取ったのですが、意外な反応でスッと心が軽くなりました。


「……嫌われてるんだから、王子に迷惑かけないでよね」

「!」


 声の発信源は、私の隣に座った女子でした。

 気を緩ませたことを見透かされ、「調子に乗るな」釘をさされたようで……。

 私は何も言えず、ただ俯きました。


「別にペンが落ちたくらい、迷惑じゃないんじゃない?」


 今度は前のテーブルから声が聞こえました。

 下げていた顔を上げて目を向けると、それは王子君と同じテーブルにいる椿香奈つばきかなさんでした。

 彼女は私を見て、にっこりと微笑みました。

 ……庇ってくれたのでしょうか。


 ちらりと隣の席の女子を見ると、同じテーブルの他の女子達とコソコソと何か話しています。

 空気から察すると、楽しい内容ではなさそうです。

 ……なんか嫌だなあ。



※※※



 苦行の移動教室が終わり、教室に戻る前にトイレ立ち寄りました。

 すると、そこにいたのは――。


(椿さんだ!)


 さっきは私を庇ってくれたかもしれない椿さん、あの椿さんです!


 お礼を言うべきでしょうか。

 でも庇ったわけではなく、ただ思ったことを口にしただけだったら?

 椿さんくらいのコミュレベルならありえることです。


 椿さんは、王子君の友達グループの一人です。

 王子君と同じように成績が優秀で、凜とした優等生タイプの美人――。

 スタイルも良くて、華やかな赤髪は、毎日違う纏め方をしていてお洒落です。

 クラスメイトだけれど憧れてしまいます。

 こんな友達がいたらいいのにな……。


 やっぱり、さっきのこと……お礼を言おう……言ってみよう!!

 鏡を見て髪を整えている椿さんに、勇気を出して声を掛けました。


「あ、あのっ!!!!」

「んっ!?」


 張り切り過ぎて大声になり、驚かせてしまいました。

 心が挫けそうになりましたが、再び勇気を出して声を出します。


「えっと……さっきは、ありがとうございました」

「え? ああ。わざわざお礼を言われるようなことじゃないけど、どういたしまして」


 そう言って椿さんは微笑んでくれました。

 椿さん、いい人です!

 胸がきゅんとなります。


「ねえ、前から聞きたかったのだけれど、藤川さんってツカサに何かしたの?」

「!?」


 椿さんの人柄に心を打たれていたところに、心臓に悪い質問が飛び込んできました。

 やっぱり、椿さんも王子君が私に冷たいことに気が付いているようです。

 その質問は、私の方がしたいくらいです……。


「それが……心当たりはないです」

「そうなんだ? 私、聞いたことあるんだけどね、ツカサに。藤川さんと何かあったの?って」

「え!?」


 まさかの展開です。

 長きに渡る疑問が解消されようとしている!?

 私は動揺を隠せません。


「な、なんと言っていましたか!?」


 興奮している私に苦笑しながら、椿さんは口を開きました。


「それが……『何が?』って、ただならぬ雰囲気で言われて……。それ以上聞けなかったのよ」


 解消……されませんでした。

 むしろ嫌われているということを、再度突きつけられたようで気を失いそうです。


「……そうですか」


 明らかに落胆した様子の私を見て、椿さんが気遣うような視線を向けてくれました。

 ありがとうございます。

 こうやってクラスメイトと会話出来ただけでも嬉しいので大丈夫です。


「私も気になるし、また聞いてみようか?」

「! お願いします!!」


 神はいなかったけれど、女神がいました。

 こんなに身近に!

 私、椿さんを信仰します。


「あ、ねえ。寝癖あるよ」

「え!? どこですか!?」


 椿さんが教えてくれたところを鏡で見ると、確かに寝癖がありました。

 朝ちゃんとセットしてきたはずなのにどうして……!!

 整えるだけなのに、できないなんて……本当に自分が嫌になります。

 椿さんのようにお洒落にセット出来るようになりたいです。


 水で濡らし、寝癖をやっつけようと悪戦苦闘していると、見かねた椿さんが櫛で直してくれました。


「あ、ありがとう」

「どういたしまして」


 嬉しい……クラスメイトと普通に、話が出来ました!

 一限目は辛かったけれど、今日は良い日です。

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