第2話
「王子、おはよ!」
「おはよ」
「王子さま! おはようございます!!」
「(王子様?)おはよ」
俺はまたやってしまった……。
昇降口から教室に向かう廊下を歩きながら項垂れる。
周囲から飛んでくる挨拶を適当に返しながらも、俺の頭の中は後悔で埋め尽くされていた。
今日は……今日こそは!
藤川さんに……愛しの藤川さんに挨拶するつもりだったのに! と……。
俺はどうして『おはよう』の一言が言えないのだ!!
折角藤川さんから声を掛けてくれたのに、無視とか最低だな!
死ねばいいのに!
あ、駄目だ、死んだら藤川さんに挨拶出来ない!
そんなの嫌だ、死にたくない!
「司、聞いてるのか?」
「おう」
隣を歩く幼馴染みの
耳には入っているが、頭には入っていない。
俺はそれどころじゃないんだ。
ああ、
よし、さっき言えなかった『おはよう』を教室で言うぞ。
リベンジするため、脳内会議が開かれた。
まず、俺Aが口を開く。
『環境はいいんだからさ、余裕だろ?』
俺Aが言う通り、藤川さんと俺は同じクラスで、しかも席が隣という最高の環境だ。
話し掛けるというミッションの難易度はEASYだろう。
『横向いて言えばいいんだよ、おはようって。それだけじゃないか』
『馬鹿野郎……それが難しいんじゃないか! 出来るものならとっくにやってるだろ!!』
俺Aの言葉に、すぐさま俺Bが声を荒げた。
それが出来るのなら、さっき昇降口で出来ていたわけで……。
『お前も知っているだろう? 俺は理由がないと話し掛けることができない。だから、こうやって会議してるんだ』
『ああ……そうだったな。悪い、俺……』
用事がなければ、『おはよう』と声を掛けたところで、次に何を言ったらいいのか分からない。
何も言わなくていい?
折角挨拶出来たのに、何も言わなかったら勿体無いじゃないか!!
『思い切って……告白するか?』
『!?』
いやいやいやいや、それは無理だ。
というか……『おはよう。好きです』
おかしいだろ、俺A。
引かれて終わる未来しか見えない。
生産性のない脳内会議は、早々にお開きにした。
「あ、CD買ったんだよ。司も聞くよな?」
「うん」
「じゃあ、明日持ってくる」
「ありがとう」
ごめん大翔、正直今はCDとかどうでもいいわ……借りるけど。
でも音楽より、藤川さんの声が聞きたい。
今、藤川さんは後ろを歩いて来ているはず。
振り返ったらいるかな?
もし後ろにいて……目が合ったら告白しよう、そうしよう。
突如自分に課してしまった試練に、心臓が飛び出るほど緊張してきた。
恐る恐る振り返る。
すると…………いた! 可愛い!! …………!?
目が合いそうになり、慌てて前を向いた。
告白とか無理だ、無理ゲーだった……。
そんなことより、恐ろしいものを発見してしまった。
藤川さんの柔らかそうな黒髪が『ぴょこ』って跳ねてた!
寝ぐせとか可愛いが過ぎるだろ……俺を殺す気か!
寝ぐせが可愛すぎて小鳥に見えた…… 止まって、俺の肩に!
飛び込んで、俺の胸に!
「一時間目から移動だって。ダルいなあ」
「そうだな」
……なんて感じで進んでいると、教室の自分の席に辿り着いてしまった。
仕方なく腰を下ろす。
もうすぐ藤川さんも来るだろう。
大翔の席は離れているから、今は誰とも話さず決戦の時に備えられる。
藤川さんが席に到着したその時に……『おはよう』と言おう。
「王子。午後の数学、小テストあるってさ」
おはようの『お』を言い出すシュミレーションをしていたのに、前の席の奴が話し掛けてきた。
やめて。俺今、超忙しい。
「へえ、そうなんだ」
「お? さすが、余裕な感じ?」
「まあ……大体出そうなところは予想はつくから」
「マジ!? どこどこ、教えて!」
「多分ここと……あと、ここかな」
――カタン
小さな音がしたので横を見ると、藤川さんが座っていた。
はい、終了――。
「……もういいや」
なんでなんだよ……タイミング逃すとか……神はいないのかよ……。
「王子!? ちょ、面倒くさがらずに教えてくれよー」
「後は自分で考えて」
ああ、藤川さん……やっぱその寝癖、超可愛いです……。
「……ぴょこ」
あれに触れてみたいな。
小鳥だけではなく、発芽玄米にも見えてきた。可愛い。
横顔をちらりと盗み見ていると、妄想が浮かんできた。
彼シャツ……俺のシャツを着て、横に寝てた藤川さんが起きたらあんな寝癖あって……あ、この妄想駄目だ。
外の景色でも見て落ち着くか。
とりあえず、今日も藤川さんは可愛いです。
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