第5話

 私の家は、マンションの一階を借りてパン屋をしています。

 毎日廃棄になるパンがあるので、学校のお昼ご飯にはそれを食べています。

 製造から一日経ってはいますが、学食のパンよりずっと美味しいです。

 お金も掛からないし、一石二鳥です。

 今日も残り物のパンをお店の袋に入れて持ってきました。


「藤川さんって、いつも美味しそうなパンを持っているわね」


 昼休憩になり袋を持って出ようとしていると、王子君の席に集まっていた椿さんが声を掛けてくれました。

 嬉しいです、ドキドキします!

 声が裏返ってしまいそうなので、落ち着けと自分に言い聞かせながら返事をしました。


「家がパン屋をしていて……」

「そうなんだ?  いいね! なんていうお店? 知っているところかなあ」

「『WISTERIAウィステリア』っていうの」

「ああ、駅の近くの?」

「うん」

「知ってる! 行ったことはないんだけど、今度買いに行くね」


 美味しそうと言ってくれたお礼にパンをお裾分けをしようか迷っていると、椿さんをチラチラと見ている王子君に気が付きました。

 あっ……椿さんを待っているのでしょうか。

 邪魔をしてしまったかもしれません、ごめんなさい!

 お裾分けは断念しました。

 

 王子君グループは移動するようで、椿さんも教室を出て行きました。

 あー……残念だな、もっとお話がしたかったな。

 でも「美味しそうなパン」って言ってくれて、嬉しかったです。




 ※※※




 授業が終わると帰宅部の私は真っ直ぐ家に帰り、お店の手伝いをします。

 パンを並べたり、レジをしたり、片付けをしたり……。

 不思議なのですが学校にいるときとは違って、お客さん相手だとあまり緊張せずに話せます。

 昔からの知り合いが多いからかもしれませんが、店の中の人達にも気負いすることなく話せます。


「クラスメイトがね、美味しそうなパンって言ってくれたんだー」

「良かったな。ま、ここのパンはマジで美味いし、当然って言えば当然だけどね」

 

 今話をしているのはこのパン屋でアルバイトをしてくれている鳴海翔なるみしょう君です。

 幼馴染みで、家も店の上のマンションに住んでいます。

 高校は別になりましたが、中学までは一緒でした。

 気負わなく話せる貴重な友人で、『翔ちゃん』『一花』と呼び合う仲です。

 本当に貴重な……唯一の、オンリーワンの友人です……。


「っていうか、一花が友達の話をするなんて、高校になってから初めてじゃない? ぼっちから抜け出せたんだ? 良かったじゃん」

「ぼっちって言わないでよ。その、友達ってわけじゃ無くて……と、友達になりたいなって思っている人だけど……勝手に友達って言ったら失礼かなって」

「? なにそれ。片想いじゃん」

「そうかも」


 椿さん……ああ、お友達になりたい。


 今はお客さんがいないことをいいことに雑談をしています。

 冷めたパンを袋に入れる作業をしながら、ちゃんと手は動かしています。

 二人で話しながら作業を続けていると店ドアが開き、カランコロンとベルがなりました。

 お客さんが来たようです。


「いらっしゃいまー……せ……」


 顔を上げて挨拶をしたのですが、来店した人物は見覚えがある人で……。

 しかも私の中では要注意な人で、一瞬体が固まりそうになりました。


 学校の外でも人目を引くイケメン高校生、王子君でした。

 部活帰りのようでジャージ姿です。

 学校指定のジャージなのに、纏う空気はキラキラと光っているようです。

 翔ちゃんも水色の髪に琥珀色の瞳が素敵な美少年ですが、王子君は迫力が違います。


「いらっしゃいませ。あれ、そのジャージ……って、一花の知り合い?」


 私の様子を見て、翔ちゃんが知り合いだと察したようです。


「ク、クラスメイト……」

「ふうん? さっき言っていた片想いの人?」

「ち、違うよ!」


 王子君はチラリとこちらに視線を向けましたが、私には興味がないのか、すぐに店内のパンに目を向けて選び始めました。


 私は翔ちゃんとしていたお喋りを止め、その姿をチラチラと盗み見ながら警戒しました。

 うちのパン屋の味は、王子君のお口に合うのでしょうか。

 というか、私の姿を見たら「ここのパン屋は駄目だな」と帰ってしまいそうなのに、トレイとトングを持って選んでくれていることが少し嬉しいような……冷や汗が出るような……。

 どちらにしても、来てくれるのは今日限りだと思います。


 私がそんなことを考えている間も、王子君はパンを睨んで選んでいます。

 イメージではパパッと選んで決めてしまう人だと思っていたのですが、案外慎重に選ぶタイプのようです。

 悩んでいるのか、店の中にゆっくり滞在しています。


「凄い悩んでるな」

「翔ちゃん、静かに!」


 笑いかけてきた翔ちゃんを小声で諫めながら黙々とパンを袋詰めし、王子君の会計を待ちました。


 袋詰めが終わり、何をしようか迷っていると王子君がレジカウンターにやってきました。

 漸く選び終えたようです。

 翔ちゃんの方がレジに近いところにいたので担当してくれるのかと思いましたが、私のクラスメイトだからか、翔ちゃんが動く様子はありません。

 仕方なく私がレジに入りました。

 嫌がられてそうで気が進みません……。

 

 王子君はクリームパン、あんドーナツ、スイートポテトを買ってくれました。

 意外に甘党?


 この店には小さなテーブル二つ分しかないけれど、イートインコーナーがあります。

 普段は持ち帰りか、ここでお召し上がりかを聞くのですが、私と早く離れたいはずの王子君が食べていくことはないと思うので、確認を飛ばして会計を終えました。

 王子君に見られていると思うと、「何の罰ゲームだ!」と思うほど緊張の時間でした。


「ありがとうございました」


 王子君はそのまま、一言も発することなく去って行きました。


「なんかクールなイケメンだったな」

「んー……普段から落ち着きはある感じだけど、今のは私がいたからかも」

「うん?」

「私、嫌われているみたいだから」

「ええ? なんで? 友達は出来ないけど人畜無害なのが一花だろ? 嫌われるなんてことあるの? ってか見えてんの?」

「翔ちゃんが一番酷い」


 自分でも空気のつもりではいますが、人から言われると胸を抉られます。


「どうして嫌われているか分からないの。でも私にだけ明らかにそっけなくて……」


「ふうん?」と流し目で私を見ながら、何か思案しているようです。

 王子君のことを知らない翔ちゃんが考えても、原因が分かるとは思いませんが……。

 外から見た方が何か分かるかもしれません。


「それって、一花のことが好きなんじゃないの? 一花だけって特別じゃん。『好きな子ほど虐めたい』っていうか」

「まさか!」


 期待して待っていたのに、出てきたのはつまらない冗談でした。

 そんな馬鹿な……絶対ないです。


「だよな。ナイナイ。ははは」

「私、そろそろ泣こうかな」


 素敵な笑顔でカラカラ笑う翔ちゃんのおでこを、トングで突いてやろうかと思いました。

 余計に傷つく冗談は心の中で留めて欲しかったです。


「でもさあ、さっきのクールイケメン。一花の好きなドラマの検察官みたいだったじゃん。一花の好きなタイプなんじゃない?」

「ええ? そうかな」


 私は昔よくあった、サスペンスの二時間ドラマが大好きです。

 『検察官・夜明よあけ』は人気シリーズで、主人公の夜明検察官のことが大好きなのです。

 寡黙なのに行動は大胆で、次々に難事件を解いていく――。

 格好良い、本当に格好良い!

 演じている俳優さんも素敵だけれど、私は役の方に、『夜明さん』に心を奪われています、好き!

 王子君が成長すると……似ているかなあ?

 うーん、なんか違う……。


「二人とも、もう上がっていいよ」


 厨房にいた母が、顔を覗かせました。

 まだ日も落ちていない早い時間ですが、今日は遅刻して出勤してくる人の穴埋めだったので二時間程度で済みました。

 もうちょっと早く終わってくれたら、王子君の会計をせずにすんだのになあ。

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