第29話 サトイモ
ライギョの次は何かと思えば、とうとう何を言い出すやら。
そう思われる方も多いだろうが、いたって真剣である。
台所に置きっぱなしのサトイモが、もしも皮が剥かれておらず、寒気にあたることも、乾いてしまうこともなく、腐らなかった場合、春を迎えようとする頃には、小さな新芽が出てきていることに、気付いた方もおられるかも知れない。
そうしたイモを、ちょいとプランターに植えておくと、朝顔のような形の葉が少しずつ展開し、初夏になればもう立派に観葉植物として飾れるものになるのだ。
むろん、サトイモに限った話ではない。
俺は野菜にしても果物にしても、種や根、新芽などを植えて生えるような植物は、とりあえず植えてみることにしているのだが、台所から作り出された鉢植えはかなりの数に上る。
例を挙げていくと、野菜では大根、ニンジン、ニンニク、ネギ、タマネギ、ミツバ、モロヘイヤ、クウシンサイ、アイスプラント、クレソン、ミント、キャベツ、小松菜、トマト、サツマイモ、ジャガイモ、ナガイモ、大和芋……まだあったかも知れないが、思いつくのはそんなところか。
果物では、パイナップルを筆頭に、ミカン、レモン、グレープフルーツ、ナシ、柿、アボカド、チェリモヤ、パパイヤ、中にはカニステルというサツマイモそっくりの味わいの果物や、海外旅行土産にいただいた生のマカデミアナッツ、沖縄旅行で買い求めた新品種のパッションフルーツなんてものまで育てたことがある。
鉢植えだけではない。現在庭に植わっているリンゴ、モモ、文旦もまた、台所から発生したものだ。
なんでそんなことをするのか、といえば、自分でもよく分からない。料理の際に種だの新芽だの茎だの根だのは切り捨てるわけだが、どうも生きているモノって捨てづらいのだ。
コイツにどんだけポテンシャルがあるのか見てみたい。とか、コレのなってた植物ってどんな姿してんだろう? とかいう興味も湧いてくる。
実際、マカデミアナッツがあんなトゲだらけの葉を持つとんでもない木だとは知らなかったし、パイナップルが品種によってあれほど育てやすさに差があるとも知らなかった。
面白いことに、スナックパインはネズミに丸坊主にされたが、カイエン(普通種)は全く被害ナシ。もちろん、スナックパインの方が育てるのも難しかったわけで、悲しさもひとしおだった。
アボカドなんてのは、全体重量の三分の一~四分の一が種であるし、もったいないと思って植えてみた方は珍しくないと思う。だがサラダや手巻き寿司のたびに植え続け、今や七本も育てているというバカは俺くらいであろう。
だがせっかく育てても、熱帯果樹などまず実る可能性は低い。たとえばチェリモヤはここ十年ほど大きさも様子も変わらず、むろん実も付けない。それでも、パイナップルは二度実を付けたし、パッションフルーツは何度か収穫できたから、そう諦めたものでもないかもしれない。
パッションフルーツはなかなか美味しかったが、パイナップルは一回めはネズミに食われ、二回目はそうならないよう外に出したらカラスにやられたので、賞味できなかった。
それでも懲りずに育て続けているのは、別に食べたいからではなく純粋に育てたいからだと思う。そのうち綺麗な鉢に植え替え、体裁を整えて会社の受付に飾ろうと思っている。
誰が最初にパイナップルだと気付くか、今から楽しみだ。
野菜の方は収穫を前提として育てることも可能だ。
ネギなんぞは薬味程度ならいつでも庭から取ってこれる状況にしてあるし、キャベツは同じ株から三度収穫して、いまだに元気。
大根はすぐ花が咲いてしまうので、その種子を取って蒔くわけだが、これが立派な根になる前に、ナメクジにやられてしまうことが多い。ちゃんと収穫できたのは一回きりで、それも強烈に辛くてスジだらけだった。農薬を撒けばもっといいのがとれるかも知れないが、ナメクジだって庭の大事なメンバーだから殺す気はない。
ジャガイモは、芽の出たヤツは毒で食えないからそれを植える。
だが、ちゃんとした時期に植えないせいか、肥料が足りないのか、植えるたびに小さくなっていって小さいイモの数だけ増えていく。しかたなく、この夏増えた数十個のイモは食わずに保存してある。
来年三月になったら、ちゃんと畑に植えて来年こそはでかいジャガイモを食うつもりだ。
サツマイモは同じようにして芽の数を増やし、今年、ようやくそれなりに収穫できた。
全部で十キロ以上とれたのだが、ふやしまくった品種が「黄金千貫」というのが主。
これは俺が旅行先で気まぐれに買ったもので、色が薄茶色で一個が一キロ以上あるような巨大なサツマイモだったせいで、家族は気味悪がって誰も食ってくれないのが残念。
昼飯を自宅で食う時などに、一人で焼き芋にして食っている。焼酎に使用されるほど糖度が高く、非常に美味な品種なのだが。
挿し木の出来る野菜もある。
ネギやミツバは言うまでもないが、変わったところではモロヘイヤがある。
食べるために葉を取った後の茎を、どうも生きられそうだと水に挿したところ、根が出てきた。こういう葉物は少し増えただけでも利用できるので嬉しい限りだ。
意外なところで、アイスプラントは挿し木できると分かったのは大収穫であった。しかも、こぼれ種で次世代まで生えてくるタフネスぶりだ。
たまに塩水をやらないと、あの特有のキラキラした表皮細胞ができず、最大の特徴である天然の塩味もつかないらしいので、ちょっと栽培が大変だが、今のところ順調である。
この他、クレソンやバジル、ミントなどのハーブも挿し木が可能なのだが、どれも強健で、殖え始めると非常に厄介なので気をつけたい。
ミントは我が家の庭に植えてみたところ、どんどん版図を広げ始めてしまった。今はソヨゴの下に植えてあったクマザサの群落と一騎打ちの真っ最中。勢力はほぼ互角だ。
ウチの場合周囲が水路に囲まれていて外部に漏れる心配はないのだが、野生化でもされると困るので、残念だがそのうち息の根を止めなくてはと思っている。
そういや、表題のサトイモの話がどっかいってしまった。
そんなこんなで、サトイモも育てていたわけだが、コイツはなかなか栽培が難しい。
もともと熱帯性の植物であったらしく、気候が合わないと枯れてしまうし、水の要求量も多い。鉢植え程度では生かしておくことは出来るが、イモはサッパリ大きくならないばかりか、どんどん縮んでいってしまうのだ。
何度かチャレンジしていたのだが、ウチの妻は芽の出始めた良い頃合いのサトイモを、食えないと判断してポイポイ捨ててしまう。食べるのと植えるのの見極めを誤ると、料理するつもりでいた妻に叱られたり、逆にいつの間にか生ゴミ処理機の中でゴロゴロ回っていたりする。
それでも、独特の瑞々しい葉の形が好きで、俺は毎年サトイモを育てている。
どうやらものすごく肥料を食うようで、前述の通り鉢植え程度ではなかなか育たないが、カブトムシの幼虫を育てた後の用土を使い、初夏から地植えで育てるとかなり大きくなることも分かった。
光不足には強い方なので、逆に肥料分の少ない土で小さな鉢で育てると、ミニ観葉的な楽しみ方も出来る。むろん、この場合はイモを食べることは期待できないわけだが。
クワズイモという観葉植物があって、コレの小さいヤツも販売されているが、まあ、似たようなモノがサトイモで作れるのだと思っていただいてもいいだろう。
何が言いたいかというと、かように台所からでも様々な植物を栽培できるということだ。
コレ、という植物を栽培したいというなら話は別だが、「なんでもいいけどちょっと部屋に緑が欲しいなー」程度のことなら、生ゴミに至る前の切れ端を育ててみるのもいいんじゃないだろうか。
金は掛からないし、非常食にもなるし、良いことずくめだと思うのだが。
観葉植物や園芸植物のように、栽培法のマニュアルがあるわけではないってのが難点と言えば難点か。だが、こういう事の出来る植物は大抵タフなので、育て方もテキトーで良い。
気をつけるべき点があるとすると、切り口を一度きちんと乾燥させることくらい。
そうすることで、切り口から腐り出すことを少し止められる。もちろん、万全ではないのでジャガイモを植える時のように木灰をまぶすとか、専用の消毒液や発根剤を付けるとかするのも悪くない。
水に挿して発根を促す場合には、毎日水を取り替えるってのも大事。この水は浄水でなく、水道水ストレートを用いること。妙に忌み嫌われている塩素も、この場合は少しは滅菌作用が期待できるのである。
あと、最初は水に挿しておいても、根が出た段階で土に植えた方がもちろん元気になるし大きくもなる。
外か、日当たりの良い窓際に置くってのも重要。電灯の光だけではどんどん弱ってしまうからだ。
お金の掛からない植物栽培、ぜひともお試しあれ。
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