閑話休題④ 美しき日本の色・彩

 日本には四季があります。春には梅・桃・桜などの花が咲き、夏には虫が鳴き、秋には山々が紅葉し、冬には雪が降り世界を白く染め上げます。それぞれの季節は独自の色で世界を彩ります。そして五感で季節を楽しみます。景色を愛で、季節の音を聴き、吹き抜ける風にも季節の違いを感じ、食べ物で旬を味わい、和歌で季節を詠う。調度品も季節、季節で取り換える。花の香りも季節によって違うでしょう。


 日本の伝統衣装も季節と色にこだわりました。俗に私達が十二単と呼ぶ衣装です。12㎏くらいの重さがあるそうです。いくらお部屋の中で動かないとはいえ、座っているだけでも疲れそう。


 もちろん現代と同じように正装と普段着というように衣装にも格がありました。ひとえのお着物に袴をはきます。これを基本形とするわね。これに何枚かお着物をゆったりと羽織るのが(今でいうならコートやカーディガンっぽく?)普段着の袿姿うちきすがたね。お出かけしないお姫さまや奥さま方はこの服装だったみたい。

 そしてさっきの基本形の上に襟のグラデーションを見せながら何枚もお着物をきっちりと着こんでいくのが重袿かさねうちき(今でならノーカラーのシャツの重ね着?)で、さらにその上に唐衣からぎぬ(今でいうジャケット?)と(腰につける後ろ部分のみのチュール)をつけたのが正装となる唐衣裳からぎぬもといってこれがいわゆる十二単ですね。一番格の高い正装となります。宮中でお仕えする女官たちなどがこの服装でした。源氏物語の紫式部センセイや枕草子の清少納言センセイもこんなお衣装でお勤めしていたのね。未婚の人が着る十二単と既婚の人が着る十二単では違いがあったようです。


 この衣装も年中同じものを着るわけではありません。もちろん気候も違うので秋冬は綿入りのものを用いますし、夏は薄衣になりました。でもそれ以外にも使う色の組み合わせで季節を表したようです。春の組み合わせの色、夏の組み合わせといったようにです。おそらくそういった衣装を見て、纏って、季節を感じたのでしょう。ごくごく一例をご紹介。

「かさね」とは着物の表の色と裏の色の組み合わせのことです。そでの内側や裾からちらっと見える裏側の色にまでこだわっています。「かさねの色目」は襟元のグラデーションです。


【春】

かさねの色目」外側から内側にかけての襟元のグラデーション

 ◇紫の匂ひ  濃紫・紫・紫・淡紫・さらに淡く・紅

 ◇山吹の匂ひ 朽葉・淡朽葉・淡朽葉・さらに淡く・黄・青

「かさね」着物の表地と裏地の組み合わせ

 ◇若草 表―淡青 裏―濃青

 ◇桜  表―白 裏―赤


【夏】

かさねの色目」

 ◇藤  淡紫・淡紫・さらに淡く・白・白・白

 ◇菖蒲 青・白・紅梅・淡紅梅・白

「かさね」

 ◇葵  表―淡青 裏―紫

 ◇撫子なでしこ 表―紅 裏―淡紫


【秋】

かさねの色目」

 ◇紅紅葉くれなゐもみじ 紅・淡朽葉・黄・濃青・淡青・紅 

 ◇青紅葉 青・淡青・黄・淡朽葉・紅・蘇芳

「かさね」

 ◇紅葉 表―紅 裏―蘇枋

 ◇竜胆りんどう 表―蘇枋 裏―縹


【冬】

かさねの色目」

 ◇雪の下 白・白・紅梅・淡紅梅・より淡く・青

 ◇梅重ね 淡紅梅・内側より淡く・紅梅・紅・濃蘇枋・濃紫

「かさね」

 ◇雪の下 表―白 裏―紅

 ◇椿   表―蘇枋 裏―紅


 どうですか? それぞれの色の組み合わせ方にまで名前がついているのです。おしゃれでしょう? そしてその命名センスには感嘆するばかり。

「あら今日のお色目は藤なのね。そうね、もう夏だものね」

「そちらのかさねは葵なのね」


 なぁんてファッションチェックしたのかしら? なんだかおしゃれで素敵! だけど……、一体何枚のお衣装を持っていなければならないのだろう。朝、衣装を用意するのだけでも大変そう。いくらお付きの女房がいても大変そう。そして着付けも大変そう。

「えっと、まず白を着て、それから白、あっそれからそこの薄い紫とって~」

「あらやだ、白一枚抜けちゃった。じゃ、この紫をいったん脱いで~」

「裏を紫にして、その上から淡青を着て……」


 タイヘンそうだけれど、楽しそう。そんな風にしておめかしするのだから、どこかへお出かけすればいいのに。この時代の姫はお出かけしないし。あ、でもそんな風にサイコーにおしゃれして夜に恋人や夫が来てくれるのを待つのかな。綺麗に着飾ってるんだから、みんなに見て欲しいし、褒めてほしいですよね。


 宮中や貴族のお屋敷での宴や催しものが行われるとき、女房や女の童めのわらわ(少女の召使い)たちは衣装を揃えます。季節の美しい色合わせのお揃い衣装を着た女の童めのわらわたちがしずしずとひさし(廊下)や渡殿わたどの(渡り廊下)を移動する姿は可愛らしいでしょうね。御簾みす(すだれ)の奥に控える女房たちも御簾のすき間からわざと衣装の袖や裾を見せます。

「あちらの女御様の女房たちは雪の下の色合わせで揃えたのね」

「こちらは椿の色合わせね。どちらも美しいわね」

なんて会話が聞こえてきそうですよね。

 日本古来の色使い、とっても素敵です。単に濃い淡いのグラデーションだけでなく、一番内側にグラデーションに関係ない効かせ色を持ってきたり、色合わせの勉強になります。


 日本の色もそれを表現する和の色の名前も本当に素晴らしいです。彩り豊かな日本の景色。情緒ある日本の色。趣ある命名センス。移り変わる四季の変化が生み出した美しい色とステキな色の名前かもしれません。


 以前、お茶を習ったことがあったのですが、お茶のお道具もとにかく季節にこだわります。掛け軸や床の間のお花はもちろんのこと、お茶椀などのお道具もすべて季節を踏まえます。お抹茶を入れてあるおなつめにも模様や絵が入っているのもあり、あるおなつめには鮎の絵が描いてありました。つまり、そのおなつめは夏にしか使えないお道具となります。桜の柄のお道具もしかり。あるとき先生が「きょうはとっておきよ」と用意してくださったおなつめは猪の絵。そう、干支の猪の年にしか使えないのです。

 12年に1度しか使えないお道具。そうした芸術品のようなお道具を子や孫の代にまで譲り渡して、文化や美意識も伝えてきたのが日本の文化なのだなぁとそのときしみじみ思いました。


 贅沢といってしまえばそれまでだけれど、季節を愛でて、暮らしを楽しむ姿勢はできうる範囲で受け継ぎたいものです。旬の食べ物は美味しいですしね。12年に1度しか使えないお道具はないけれど、夏はガラスの器で冬は土鍋でお料理を味わうとかできることもありそうですしね。お洋服だって季節らしい色合わせをしてみるのも楽しそう。昔の「かさねの色目」を参考にしてみます? 夏はさておき、秋冬のコーディネートなら重ね着の参考にできるかも。



追記:倉木麻衣さんのMPV「渡月橋 ~君 想ふ~」で十二単姿が見られます。総重量24㎏、総額800万円の衣装だそうです。とても綺麗ですよ。興味のある方は検索してみてくださいね。

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