タケシ君とオカン。

「また税金が上がって国民が大変だ。弱い者が虐げられる格差社会にいつからなったんだ!能なし政府め」

 タケシ君はいつになく息巻いてテレビに向かい興奮気味に呟いている。

『あら、そう。それは大変ねぇ』

 母は朝食の皿を片付けながら適当に相槌を打つ。


 まったく子の気持ち親知らず。呑気なもんさ。とタケシ君は思う。

「本当に自覚がない馬鹿だな。母さんみたいな人間が一部の階級に搾取を赦す社会を作ってしまったんじゃないか!そもそもゆとり世代を批判するくせに、そのゆとり世代を育てた自分たちは責任を取らず、何かと被害者面だけはするんだ」

 タケシ君は熱のこもった口調で母にまくし立てる。


『はいはい。わかりましたからまずは社会人として自立しなさいな。あなたみたいなのを何て言うの?ほら、ニー・・』

 母はせかせかとテーブルをふきんで拭きながらこたえる。

「ニートだろ?」

 やれやれ。そういった顔でタケシ君は言う。

『そう。ニートよ。税金払ってもいないあなたが税金の文句を言うなんて筋違いだと思うわ』

 母は洗濯機へ汚れた衣類をほうり込みながらそう言った。


「だからー、全然わかってねーなー。国がこんなだから俺が自由に働くこともできないんだろ?本当に馬鹿だな」

『でもお母さんは働いてあなたを食べさせている。生きるには働くしかないのよ』

「それは未来も才能もないBBAの考えだよ。俺は搾取される奴は馬鹿だと思うね。妥協して何かを得られる筈がない」

『あなたは世の中の基本的な仕組みがわかっていない。森を見て木が見えていないのよ。タダで得られるものは日本には何もないのよ。水の一滴ですら・・』

「うるせーなー。マジで馬鹿だな。俺がその気になって普通の仕事を普通にこなせないと思うか?この俺が。はー。やになっちゃうよ。働け・働かないの水掛け論なんて無意味なんだ。俺は好きでもない仕事でなら簡単に働けるけど働かない。何故なら、そんな生活には夢がないからだ」


『あなたの今の生活は確かに夢だわね』

「厭味のつもりかよ。ったく、曖昧な情報をフィルターもかけずに鵜呑みにばかりするからそういうステレオタイプな批評でしか人を見ることができないのさ」

『あら、でもお母さんはあなたの批評も誰かの受け売りにしか感じないけど違うのかしら?』

「全然違うね。俺の批評は全て自分の言葉じゃないか。テレビや雑誌なんかよりよっぽど先見があって早い時期からいい評論をしてるって評判だぜ。ホントだって。一度俺のSNSを読んで勉強しなよ。あれで俺の凄さがわからないようならあんたが終わってるよマジで。そもそもさー、テレビに出てる評論家だってぜってー俺の意見パクってるぜ。いや、マジそれぐらい評判なんだって、アクセスだってスゲーしさ」


『お母さんは、あなたはまずインターネットより自分自身にちゃんとアクセスして状況を整理し飲み込むべきだと思うけれど?』

 一通りの家事を終えて、近所のスーパーへとパートに出掛けるための化粧をしながら母は言う。

「あんたみたいな世間知らずとは話が噛み合わねーんだよ。汗水たらして出世の見込みもない夢も情熱もない仕事をして金を稼ぐ奴らなんて社会の屑さ。そんな暇があるならネットで最新の情報を自分なりにソートして人としての魅力、つまりは人間力を鍛える方がずっとましだね」


『はいはい、わかりました。昼食はレンジでチンしたら食べられるから。気が向いたらせめてバイトでも探しなさいよ』

「ちっ、働け働けってそんなに身にならない仕事して生きながら死んでるような奴らが偉いのかよ。隣国がいつミサイルを発射するかもわからねえ世の中で何がバイトだくだらねえ。大体日本がアメリカの属国みたいにへこへこしてきたから隣国につけこまれるのさ。そろそろ日本も自立しないと本当にダメになっちまうぜ」

 タケシ君は憂いを禁じえない感じでそう言い残し自分の部屋へ帰る。


『いってきます。お母さん、まずは日本よりもあなたにしっかりと自立して欲しいわ』

 母は溜息混じりにそう呟くが、Windowsを起動中のタケシ君の耳には入らない。今日も正論で悪事を糾弾せねばと使命感が沸き上がる。

「さあ読者がお待ちかねだ。今日もSNSを更新しなきゃ!」

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