1H三題噺
門松明弘
夜空 女の子 カレー
瞼を開いても、そこは暗闇だった。
目が覚めたのは、気休め程度のクッション性で和らげられた地面の硬さが、ついに背中のダメージ許容量を超えたからだろうか。それとも、テントの外から漂ってくる香辛料の香りに刺激されてだろうか。
強張る背中をほぐしながら寝袋を出る。その過程で一緒に寝ている連中に手足をぶつけるが、彼らの五感は僕ほど敏感ではないらしく、ヒットの瞬間にいびきの音階を一オクターブ上げる程度で、目覚める気配はなかった。
立ち上がった時には、目は暗闇に慣れてきていた。流石に踏むのは気が引けるので、寝袋どもの隙間に抜き足を入れて進んでいく。夜の静けさとも相まって、こういう行動にはなぜか緊張感を抱く。
ファスナーを開いて外に片足を出し、記憶を頼りに自分の靴を足先で探す。……お、あった。バランスを崩さないように気をつけつつ足を入れ、もう片方の足と身体もテントから出し、靴を履く。
さて、香りはこの手のキャンプ場ならよく嗅ぐことのあるものだったが、どこからだろう。視界を巡らせると、それはすぐ近くに見つかった。僕らとは違うグループのテント前に小さなかまどがある。そこに火が入っていた。当然火の世話をしている人もいる。
近づいていくと、向こうも僕に気づいたらしく、右手に持ったトングを軽く掲げた。
「こんばんは。いい夜ですね」
「こんばんは。熱帯夜を忘れられるくらいにいい夜ですよ」
相手の声は女性のものだった。若い。十代か二十歳そこらだろう。彼女は僕の返事にクスリと笑い、
「寝付けないのですか?」
「外からカレーの香りがしていれば、そりゃあ」
これは失礼を、と彼女はまた笑い、トングで飯盒を指す。
「夜食、というよりあてを作ろうかと思いまして。お酒、いけますか?」
なるほど、そういうことか。騒いで飲むビールもいいが、静けさの中で煽る酒もいいというやつだ。見ると彼女の傍らにはリキュールと氷の袋、ビスケットやクラッカーなどが置かれていた。
「ではご一緒して」
グラスは持って来ていないのでスチール製のコップに注ぎ、そこに氷を浮かべる。杯を掲げて互いに一言。
「乾杯」
一口。液体は甘さを口の中に広げ、そのまま喉を絡みつくように灼いた。クラッカーを手に取り、焼いたチーズとカレーを乗せて齧る。辛さは酒で緩んだ舌を引き締め、そのギャップが楽しかった。
「……本当に、いい夜だ」
僕は呟いて空を見上げる。彼女もそれに釣られて夜空を見る。幾億と輝く星の光は、氷のように冷たいものも、炎のように熱いものもあった。
そんな景色に文字通り酔いしれながら、僕たちは夜を明かした。
1H三題噺 門松明弘 @kadoma2
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