【第二章 吾有罪也 要約】

(第32話~第108話まで)


 Xは、音信不通となった。 Xに明らかな求婚はしていない。

 だが、このままJ市に留まり、自分と生活するべきだと訴えてはいた。

 Xにビザが無いことは知らずとも想像はつく。

 東京入国管理局管内に居たのでは危険だと判断したからだった。

 Xから連絡が入ったのは、翌年の5月。


 「ワタシ入管に捕まって強制退去よ」


 「ぶっ、すげーっ、強制退去?

  だからJ市に居ろっつったのに」


 「アンタ、ちょっとこっちに来るよ」


 「行かないよ、パスポートもないのに

  あきらめてマジメに働けよ

  心配無い、これからは中国の時代だ」


 Tはパスポートの発行を待ち、翌月末、上海に出向いた。


 Xは、上海の古びたワンルームマンションに匿われていた。

 部屋を賃借したのはXの実弟で、Xは親にも帰国したことを隠していた。

 初回渡航時に職は辞している。 収入は無い。

 渡航費用の残債は100万円。 返済は不能。

 困窮したXは実弟の世話で食いつなぎ、隠れ潜んでいる状態だった。


 気遣わしげに姉の世話を焼く実弟の様子は、酷く印象的だった。

 聞けばこの姉弟の母親は、彼らが幼い頃に病死したのだという。

 姉はお婆さんの許で、弟は叔父貴の許で別々に育てられた。

 相依為命 ─ 実弟はそんな姉を必死で護ろうとしていた。


 「なぜ貴方はTと結婚しなかったのだ」


 後日、弟はそう言って姉を責めたという。

 Tが帰国した翌月、XはTに結婚を申し入れ、Tはそれを了承した。


 Tは直ぐに、国際結婚の準備に入った。

 Tは、結婚手続きを綿密に調べ上げ、偽装工作を施していく。

 Xは、日本で不法滞在時代に知り合った伝手を辿り、偽名の居民証とパスポートを入手した。

 それは、Yという人物のもので、写真だけはXだった。

 準備を終えたTは上海に渡り、Y(Xの偽名)と結婚、市役所に報告的届出。

 Yとの婚姻が記載された戸籍謄本を入手し、Y名義の在留資格認定証明書を申請。 書類を上海のXの実弟宛に送達。

 Y名義のビザは、一発で発給された。

 Xが、日本に入ったとたん、行方を眩ませる危惧はある。

 だが、Tはうそぶく。


「それはそれで仕方ない。Xの人生はX自身が決めなければならない」

 ─ 犯罪の要は、スピードだ。

 Xは強制退去後、わずか8ヵ月で再び日本に舞い戻った。


 犯罪のリスクを冒してまで日本に不法入国したXだったが、もう再び就労しようとはしなかった。

 Tが勤務先を休み職安に出向こうとしても、Xは頑として動こうとはしない。

 ならば貴方は何故、何をしに危険をおかしてまで日本に来たというのか。

 その問いには、X自身も答えられなかった。

 翌春、遂にTもリストラを喰らい収入は半減。

 それでもXは就労しようとはせず、ただ、Tの妻として在り続けた。


 そして3年後、秋の驟雨の最中、不法在留者の娘、Zは出生した。

 Xの健康保険証の名義は、当然にY(Xの偽名)。

 産科病院発行の出生証明書には、母はYとして記載されている。

 Zの出生は、母をYとして、Tの戸籍に記載された。


 Zが1歳半の年、Xを育てた祖母の危篤の知らせが届いた。

 XはZを伴い帰郷、3ヶ月後に戻った。

 この “ 戻る ” こと、これも不法入国になる。

 これが、Xの最後の不法入国となった。


 Z(娘)が3歳の年、XとTは建売の戸建てを購入して転居。

 それは、Xの不法在留状態解消のための下準備だった。

 Xの不法在留状態の解消、それはTの妻の名が、突然にYからXに換わる事を意味する。 零細企業に勤務するTはそれが勤務先に漏れ、この不況の最中、馘首される危険を感じたからだ。

 その対策が、Xは自宅で自営の小店を開業し、社会保険を国民年金と国民健康保険に切り替え、3号被保険者から切り離す事だった。

 店舗工事の大半を自分達で捌き、Xの店は開業した。


 その直後、今度はTの実母が死去。

 これを機に、XとYは入国管理局への自首出頭を次第に決意していく。

 Xの店は儲かりもしないが、大幅な赤字も出ない。

 面倒なだけだが、思わぬ効果を生んだ。

 Xは人や動物に懐かれ易いタイプだ。

 様々な人々がXの店を訪れ、溜まり場と化していく。


 亭主が単身赴任中の母と子、子が独立した夫婦、離婚して家族を失ったオヤジ。

 居場所を欠いて彷徨っているようなお婆さん、中国出身のエリート。

 嫁姑問題など当たり前、その双方の主張がXの耳に入る。

 そうした人達からは、XとTとZのこの3人は、理想的な家族に見えるらしい。

 不法入国・不法在留の妻だというのに。母親は偽名の中国人だというのに。

 こんな家庭はいつ突然、離散して霧消してしまうかもしれない。


 外国人が日本で生活していくのは、それは大変だ。

 その大変さが、日本人には分からないと思っていた。

 ところが、その当の日本人自身が、実は自分と同じように苦悩を抱えている。

 傍目はためには幸せそうに見える他人の家庭が、実は様々な問題を抱え、四苦八苦していることをXは知ることになる。

 そうして、Xは自分の立ち位置を知った。


 そうしながら、店舗開業で落ちた経済力が回復するのを待つこと、さらに2年。

 行政書士をたのみ、XとTは入国管理局への自首出頭の準備を始めた。

 違反者は入国管理局に自主出頭したら、退去強制手続きに入る。

 警備官の違反調査、審査官の違反審査、特別審理官の口頭審理、その度に上告して、最後に法務大臣の採決となる。

 この採決で、特別な(法律外の)理由で在留が許可された場合に、それが在留特別許可となる。 あらずば、そのまま退去強制処分。

 違反者にとっては、リスクの高い博打だ。

 審査や審理を滞りなく進め、最後の法務大臣の採決に漕ぎ着けるためには、正確な経緯が絶対的に必要となる。 入管に自ら出頭する違反者は、自身の犯罪を自らの手で証明しなければならない。


 入管に提出する申立書を行政書士に作成して貰うための資料を、Tは夜ごと作成していた。 やっとZを寝かしつけ、パソコンを起こしたところで、Xに寝室へと呼び出された。

 入国管理局に提出する書類は、絶対的に正確でなければならない。

 Xはもう、隠し続ける事は出来ないのだ。

 打ち明ける決心は相当だったろう、「ワタシ、上海で結婚してた。子供、女の子もある」。 「今、17歳」、「Zと同じ、9月生まれ」、「名前は、W 」。

 動揺するT、5秒後、Tの耳から鼻水と一緒に脳髄が1/4ほど流失した。

 「アンタ許す、無理は、ワタシ・・・」、項垂うなだれるX。

 「ん、関係ないだろ。離婚はしてんな?」、脳髄を少々失ったTには、そんな事はどうでもよくなっていた。

 資料の作成をやめ、布団に潜り込むT。

 Zを抱き寄せると、思い出した。


 ちょうどXと偽名結婚をする前の頃、何の理由もなく、なんとなく、自分には14歳ぐらいの娘が有る、漠然とそんな妄想を抱いていた。

 色白の、細長い面立ちの黒いストレートヘア。

 Xがみせた写真の少女は、その頃、妄想で思い描いた少女によく似ていた。


 流石は中国人と呆れ返るTだが、Xの秘密はとどまらなかった。

「ワタシ結婚してたよ」、「上海の、もう聞いたじゃないよ」。

「じゃない。強制退去の前、N市で、Mさんて人、紹介で」。

 偽装結婚もしてたの!、動揺するT、3秒後、Tの鼻孔から脳髄がまた1/4ほど流出した。

 この偽装結婚が、後に、とんでもなく効くこととなる。

 そして、とどめの一撃は強烈であった。


    「パスポート無いよ、どうする?」


 動揺するT、1秒後、脱糞したTの尻から脳髄がさらに1/4ほど漏れ出した。

 このパスポートの無いことが後に、とんでもなく・・・(略)

 呼吸を整え、半眼になったTには、涅槃が見えるのであった。

 パンツから僅かな脳髄を分別回収しながら、Tはひとりごちた。

 「どうせ中国人なんか、、、この程度の奴らだ」

 「くそっ、、、、上海人なんか、、、、嫌いだ」


 状況が悪すぎる、入管への自主出頭を懸念するT。

 行政書士の指導で、本国からXの国籍公証書と出生公証書を取り寄せ、自主出頭は敢行となった。

 出頭予定日は、明日、12月24日の午後。

 Xは、ただ、怯えていた。

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 脇から失礼します。↑妄想少女の件、これも実話なんですよ。

 でもチョット盛ってます。Wは色白じゃなくてチョット色黒。

 こんな恥ずかしいこと、XにもWにも話してませんが。

 でも、素敵な美人なんですよ。もう、結婚話しがチラホラ

 先だってとうとう、WはF.Cloudsを“老爸”と呼んでくれました。

 あ、いえ、スミマセン、それだけです。失礼しました。

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