ディストピア編 戴冠石⑧

 緩やかな足取りで入ってきたその男を、金糸雀は神妙な顔で見る。

「………オルフェウス先生」

「失礼。如何やら弟子が苦戦しているようなので、助言を与えに参りました。よろしいですかな、象王殿」

 オルフェウスを一瞥したアイラは瞳を細める。

「助言ねえ。別に構いやしないけど、不明瞭な情報は推理の邪魔にしかならんと思うぜ。それともお前は既に謎が解けているとでも?」

「はい。私はこの事件の凡そ全ての謎が解けています。弟子が解けるまで待っても良かったのですが、それだと些か時間がかかりそうだったので」

 ポン、と金糸雀の頭に手を置いて温和に笑うオルフェウス。

 アイラは意外そうに眼を見開いて驚いた。弟子が謎を解くまで待つという事は、彼は金糸雀の推理の方向性が間違っていないと判断しているという事である。

 金糸雀はムッとしたが、行き詰っているのも確かだ。

「………先生。私一人では力不足ですか?」

「そういうわけではありませんよ。ただ時間が勿体なかったのと、私が暇になってきたというだけの事です」

 アイラは呆れた。

 つまり全面的に彼の事情である。温和な笑みを浮かべておきながら随分と身勝手な言い分だ。

「………まあいい。それじゃ聞かせて貰おうじゃないか」

「ええ、それでは。―――金糸雀。貴女の言う〝モリガン・ル・フェイの復讐以外の動機〟を成立させるには、二つの条件が必須です」

「はい」

「まず一つは復讐に代わる動機。もう一つは動機を立証しうる状況の変化です」

「状況の変化………ですか?」

「ええ。貴女はまずモリガンの視点から見た状況の変化を知ろうとしたはずです。ですがその前に、今回は幾つか整理せねばならない前情報があったはず」

 謎を放置したまま次の議題に進んではなりませんよ、とオルフェウスは語る。

「貴女は神王の話を聞いたとき、こう思ったのでは?

 〝円卓の騎士全員が裏切りの可能性を抱えているのは、何か要因がある筈だ〟と」

「は、はい。でも全員分の謎を解くだけの時間は無いかなって、」

〝円卓の騎士の人数分の謎がある〟では無く、

〟と考えるのです。

 そうすれば、全ての謎が見えてくるはずですよ」

 ポン! と金糸雀は思わず手を叩いた。

「そ………そっか!全員が個別にアーサー王を裏切る理由を抱えているのではなく、全員がアーサー王を裏切らざるを得ない絶対的な理由!」

「それこそが貴女が疑っていた理由―――〝アーサー王は、譲位の儀式を失敗したのではないか?〟という話に繋がるのです」

 やはり金糸雀の推測は正しかった。

 円卓の騎士の誰もが裏切らざるを得ない理由と、モリガンの視点から見た剣の儀式の失敗説。この二つは繋がっていたのだ。

「王が正当な王位継承権を持ち得なかったことを立証することが出来れば、騎士たちは王へ真偽を問いたださざるを得なくなる。ですが王位継承権が無い者を王座に着けたという醜聞を世に明かすことが出来ない!」

 故に〝円卓の騎士たちがアーサー王を裏切る理由〟が公開されずにいたのだ。

 そして王位継承権の有無を証明する何らかの力があの戴冠石には備わっていたのだとしたら―――

「そう。それがモリガン・ル・フェイを後の凶行に走らせた原因。貴女の考える〝モリガン・ル・フェイの復讐以外の動機〟であり………戴冠石に選ばれたはずのアーサー王伝説が、どうして全ての平行世界で失敗に終わるのかという謎に繋がります」

 円卓の騎士たちの裏切り。

 戴冠石による儀式の失敗。

 そして、モリガンが魔女に堕ちた理由。

「………さあ、少しづつ正答が見えてくると同時に、戴冠石にそのような悪辣な仕込みをした組織の全容も見えてきました。彼女は戴冠石に呪いをかけた者たちによって使命を狂わされたのです。彼女が最も傷つき、最も辛かった時期に、彼女に付け込んだ者たち。とある尼寺で彼女の人生は、大きく道を踏み外してしまった」

 オルフェウスの最後の言葉に、神王が反応した。

「オルフェウスよ。貴様はその組織こそがディストピアだというのか?」

「もしくはその一翼を担う組織だと考えております」

「では問おう。貴様の語る戴冠石から推理出来る敵の正体を」

 神王が身を乗り出して問いかける。

 オルフェウスは静かな笑みを浮かべながらハープを抱え、事のあらましを語り始めた。

 

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