蛟魔王VS風天 兄妹の章①

 ―――七天戦争。

 神々の箱庭で今もなお語り継がれるその戦争がどの様にして起こったのか、真実を知る者は少ない。

 七天たちが天帝から支配権を奪おうとした魔王説。

 七天たちが天帝の圧政の為に立ち上がった英雄説。

 七天たちを天帝が嵌めて大戦争に誘導した陰謀説。

 七天戦争がどうして起こったのかという議論は尽きないが、戦争の結末を議論する者は多くない。何故ならは戦争の結末は明確に示されており、誰が語っても必ず同じ結論に至る。


 その結末は、七つの旗が彼女の為に靡いた瞬間、既に決まっていた。

 天帝の庭を荒した罪によって捕らわれた斉天大聖を救い出すために集ったのは、音に聞こえし六人の妖王。

 血の繋がりは無くとも、盃の誓いによって結ばれた七人の義兄弟。

 青天を彩る七つの旗は、何れも一騎当千の兵たちが掲げた御旗。

 だが彼らが如何に強大な力を持つ妖王でも、今から逆らおうとしている者達を前にしては余りに矮小すぎる。

 彼らの前に立ち塞がる者たちは、七つの旗が泰然と靡くことを決して許さない。

 何故なら、天帝が許さない。

 何故なら、神々も許さない。

 何故なら、御仏さえ許さない。

 此処で逆らうのなら皆殺しだと、彼女の為に集った六王へ最後通牒が言い渡される。


〝―――斉天大聖を渡たせ。その者は、天を二つに分かつ大罪人である〟


 大罪人。世の秩序を乱し、安寧を砕く悪。

 天帝の庭を荒したというのは捕えるための方便でしかなかったらしい。

 其の罪が本当なら確かに死罪を下されても仕方がない。

 ならば納得のいく罪状を述べよと、牛の王が憤激を抑えて問う。


〝―――その者は、星が生み出した『王の器』である。天帝の治世に斯様な輝きを持つ者が現れれば、担ぎ上げ利用する者が現れるのは自明の理。天帝に仇名す勢力へ成長する前に禍根を断つのは秩序を守る我らの義務である。その義務に罪状という理由が必要だというのであれば―――〟

 

 ―――斉天大聖は、罪である。


「……………」

 無慈悲に言い渡された罪状を、六王は真摯に受け止めた。彼らの言い分は一々尤もだと納得すらしていた。今此処にこうして集った六王たちは正にその輝きに引き寄せられて、彼女の処刑場にまで集まった者たちだ。

 此れだけの猛者の心を引き寄せて離さない斉天大聖は、『王の器』と呼ばれるに相応しい逸材だろう。

 故に六王たちは心から嗤った。

 天帝の判断が的確だったことと―――

「―――――」

 牛の王は傷ついた彼女を抱きかかえながら、ゆっくりと右手を掲げて天を指さす。他の王たちもそれに続き、噛み締める様に一度瞼を閉じる。

 此れより火蓋を切る闘いは、栄光の為の闘いではない。勝利の為の闘いではない。

 己と彼女の正しさを貫く為。

 血よりも濃い、盃の誓いを果たす為。

 彼女の命が〝〟だとしても―――決して〝〟ではないのだと証明する為。

 七つの旗を見上げた彼らの長は、万感の決意を込めて天に吼えた。


泰山府君たいざんふくん………此れ即ち斉天大聖也!! 此れに異を唱える者は前に出よ!! 

 その喧嘩、我ら七天大聖が買い付けよう!!〟


 後戻りの出来ない宣戦布告。

 七天はこの瞬間、七人の魔王として烙印を受けた。

 人非ざる者たちを導き、小さな篝火となって積み重ねた功績を、彼らは絆の為に投げ捨てた。


 滅びに向かってひた走る。

 転げ落ちる様に下っていく。

 見上げた天は遥か遠く、伸ばした手は暗い闇の底に消えていく。

 だがそれでも………七人の王は、繋いだ手と絆は永久のものだと信じていた。

 

 青天の空に靡いた七つの旗。

 この風景と決意が心にある限り、どのような結末を迎えても―――この日の決意を後悔することはないだろうと。

 

           *

 

 ―――精霊列車・貴賓車両。

    紫煙のバーラウンジ。


 太陽の主権戦争の参加者たちを運ぶ精霊列車には、様々な種族や関係者が乗車している。運営関係者や出資者たちは当然のこと、大枚を叩いて最高の席を確保しようと集まった修羅神仏も少なくない。

 中には顔を合わせれば最後、殺し合いを始めてしまう観客たちも居るだろう。

 紫煙の立ち込めるバーラウンジに席を下ろしていた眼帯の男もその一人だった。

 眼帯の男はグラスを傾けながら静かに酒の水面を見つめている。だがふと、車両の至る所で流される今日のゲームのハイライトに視線を映した。

 怪鳥たちが飛び交うゲームの中で、取り分け目立つ活躍した少年の一人を睨みつけつつ、眼帯の男は苦々しく酒を煽る。

(………あの小僧がインド神群のアルジュナで、インドラの愛息子か。半神半人の中でも屈指の実力者って話しやけど、なんや覇気に欠ける男やな)

 不機嫌そうにゲームのハイライトを睨みつける眼帯の男―――覆海大聖・蛟劉は、付き人である女性店員に酌を求める。

 女性店員は溜息混じりに杯を満たしながら小言を口にした。

「蛟劉様。その様に眉を歪めたままお酒を飲まれても、美味しく頂けないのでは?」

「なんやなんや、酒の嗜み方に文句を付けることほど無粋なもんは無いで?」

「ですが普段の蛟劉様なら、お茶の席でも、酒宴の席でも、もう少し風流を楽しまれていたかと思います。お酒の味がわからなくなるほど苦々しい顔をされては、酌をする側も心苦しくなるというものです」

 付き人にも気を使ってください、と憚ることなく主張する女性店員。

 蛟劉は苦笑いを浮かべて肩を竦める。普段の彼ならもう少し軽口の応酬を楽しむのだが、今日はそんな気分にはなれそうにない。

〝古今東西、好きなお酒を飲み放題!〟

 という触れ込みに釣られて自室から足を運んでしまったわけだが、まさか仇敵の息子の晴れ姿を延々と見せられるようなことになるとは思いも寄らなかった。

 此れなら自室でヒッソリと吞んでいた方がまだマシだ。

 当てつけの様に酒の残ったグラスを置いて席を立とうとした、その時。

 彼の良く知る二つの気配が、蛟劉の後ろに近づいてきた。


 

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