蛟魔王VS風天 兄妹の章②
紫煙の天幕を搔き乱しながら蛟劉の後ろに近寄ってくる二つの人影。
一瞬だけ身構える蛟劉だったが、その気配が親しい者だと気が付いて驚きながら振り返る。
「なんや、誰かと思ったら大兄と迦陵ちゃんやないか」
「それは此方の台詞です。盛り場の隅っこで飲むとは次兄らしくないのではないかしら?」
「おいおい、それをお前が言ってはならんだろう?同じように不貞腐れながら隅っこで飲んでおったのは迦陵も同じではないか!」
迦陵は隣の大男―――大兄と呼ばれた男の言葉にムッと唇を尖らせる。
三人は一様に親しげな雰囲気で話しているが、その場に居合わせた女性店員は肝を冷やした。彼らが何者なのか知っているならば、誰でも一目散に逃げたい衝動に駆られるだろう。
彼ら三人は共に一度は魔王と呼ばれた古強者。
〝覆海大聖〟蛟魔王。
〝混天大聖〟鵬魔王。
〝通風大聖〟獼猴王。
唯一、獼猴王だけは今は極東の通り名である〝酒天童子〟と名乗っているそうだが、此れもまた極東の地では最も有名な妖王の名だ。
彼ら三人はかつて〝七天戦争〟と呼ばれる箱庭でも有名な戦争を起こした魔王として知られており、今でも様々な地域で語り草となっている。
今でこそ箱庭の秩序を守る〝階層支配者〟とその協力者として腰を落ち着かせているが、彼らの逸話が消えたわけではない。
女性店員が緊張した面持ちで酒天童子に話しかける。
「蛟劉様と鵬魔王様が精霊列車に招かれているのは知っておりましたが、酒天童子様までお越しになっているとは存じ上げませんでした。この度はやはり主催者としてのご参加ですか?」
「うむ。主権戦争の第二回戦、或いは第三回戦の主催者がワシら極東の化生だと聞いておる。まだどの様な遊戯にするか決めかねておるが………参加者も観客も、退屈はさせぬつもりだ」
意外にもすんなりと答える酒天童子。
てっきり守秘義務があるものだと思っていた女性店員は目を丸くして驚く。
だがその隣で鵬魔王がこめかみに青筋を立てて酒天童子を睨む。
「………大兄。その話は外部に話してはいけません。守秘義務があります」
「え!?」
「は!?」
「マジか!??」
「当たり前です、っていうかどうして次兄まで驚くのですか!? まさか誰かに話してませんよね!?」
青筋を更に増やして怒鳴る迦陵ちゃん。
蛟劉はサッと視線を逸らして明後日の方角を見る。どうやら身に覚えがあるようだ。
ぐったりと肩を落とした迦陵ちゃんは忌々し気に女性店員を睨む。
「………分かっているとは思うが、この場での話は他言無用だ。もし口外してみろ。私たちだけではなく、お前の本当の主まで恥を掻くことになるぞ」
「わ、わかりました」
女性店員は気を引き締めて背筋を正す。
太陽の主権戦争は神々の箱庭でも最高ランクのギフトゲームだ。それを情報漏洩したとなっては、彼女の本来の主人である白夜叉まで恥を掻くことになるだろう。
鵬魔王もそういう意味で睨みつけていたのだが………ふと、思い出したように訝しむ。
「………ん? そういえば貴様、南側で〝サウザンドアイズ〟の分店の店長に任命され、次兄の付き人は終わったのではないのか? どうして此処にいる?」
「そ………それは、」
女性店員の顔色が悪くなる。
蛟劉は気まずそうに鵬魔王を引き寄せて小声で呟く。
「あーその話やけどな。………実は〝六本傷〟に店の顧客を殆んど奪われた引責で、また東側に戻ってきたんや。今は僕と一緒に〝精霊列車〟内店舗に出向して来てるってわけ」
「あらまあ」
底意地の悪そうな顔でニヤリと笑う鵬魔王。
つまり女性店員改め女性店長になったものの、更に改めて女性車掌になったということだ。
女性車掌はからかわれる覚悟を決めつつ、口をへの字にして耐える。
「恥ずかしながら、双女神の暖簾を預かるほどの器量が私に無かったということ。今は一から修行しなおすために、恥を忍んで〝六本傷〟の手腕を盗んでいる最中です」
「ふふ、それは殊勝な心掛けです。格下のコミュニティでこき使われるのは屈辱の極みでしょうが、其れもまた社会戦争で敗残したものの務め。精々下層のコミュニティで多くのことを学ぶのですね」
「コラコラ、意地が悪いぞ迦陵」
酒天童子に窘められる鵬魔王だが、口元を抑えて笑みを隠すそぶりを止めない。
蛟劉は呆れ笑いを浮かべながら肩肘を付く。
此処は一つ女性車掌殿へ助け舟を出すために、迦陵ちゃんが格下相手にどれだけ敗北しそうになって来たのかという過去を語ろうとした蛟劉だったが―――
その時、中継していたゲームが歓声に包まれた。
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