ディストピア編 戴冠石⑥

 ピッ―――と小さな人差し指を立てた金糸雀は、得意げな表情で続ける。

「そう、過去の偉人から名を借りて祖霊崇拝と権威の借用を同時に行っていた。こう仮定すれば、外界で起こり得るタイムパラドックスは解決に導くことが出来る」

「つまり初代メイヴと二代目メイヴの二人が存在しており、紀元前二五〇〇年から残る墓はオリジナルのメイヴだと?」

「はい。今回の件はその経緯が〝来寇の書〟に書かれていない結果、同一視されただけだと思います。親が威光にあやかろうとしたのか、或いは純粋な祖霊崇拝によるものなのかはわかりませんけどね」

 ふむ、と神王は腕を組んで推理を吟味する。

 確かに盲点ではあった。

 祖霊の名に肖って名乗りを上げるというのは、世界的に見ると別段珍しい話ではない。

 インド神群の方だと、偉大な神の化身という権威を借りる為に〝クリシュナの生まれ変わり〟を自称する者も少なくない。

 いつの間にか同一視されるようになったというのは十分に在り得る。

 チラリ、とスカハサに視線を向けた神王は、彼女の胸元をコッソリ覗きながら問う。

「スカハサよ。もう少し情報が欲しい。女王メイヴについて何か知らないか? 伝承や旗印などなんでもいい」

「そう言われても、私も最古の女王について詳しいわけでは………ああいえ、一つ気になる点が」

「なんだ?」

「私の支配圏である〝影の城〟ですが、アレは元々〝女王の城〟の影に該当するものらしいんですよね。これはつまり〝女王の城〟が光り輝く物、或いは太陽の浮き沈みに関連するものだったのでは無いかと推測できます」

「ほほう、太陽ときたか。他に根拠は?」

「女王の旗が〝三位一体〟トリニティの旗を示す三女神のものというのもあります」

「運命、生と死、勝利なんかを意味する女神たちですよね。太陽信仰の根幹の部分にあるものと共通した概念にも思えます!」

「ええ。それにケルト神話の太陽神ルーが最強種ではない点も気になります。彼は名目上は太陽神ですが、実態は祖霊崇拝によって神位を得た〝後天的神霊〟、つまり元人間です」

 バロールが〝史実に存在した人類〟という前提が明るみになった以上、その子孫である太陽神ルーは〝後天的神霊〟でないと辻褄が合わなくなる。

 神王はアイラと話していた〝ケルト神話は創造神話を持たない〟という話を思い出してスカハサの胸元を見る。

「独自の創造神話を持たず、最強種である先天的神霊もいない。その代わり、紀元前二五〇〇年という古い時代の王墓が存在している………か」

 このパラドックスゲームは何かの謎を隠すために意図的に記されたものだ。或いは偽史書である〝来寇の書〟を疑似創世図に仕立てる為の物だったのかもしれない。

 初代女王メイヴ―――正に〝エリンの女王〟とも言うべきその人物は間違いなく星の聖地としての情報を持っている。

 戴冠石リアファルの本来の使い方を知れば、魔王ディストピアに抵抗する手段を得られる可能性が高くなる。

 だがその女王が何者なのかはまだ判別がつかず、連絡を取ることも出来ない状況だ。

 或いは名を隠して箱庭に来ているのかもしれないが、現状は打つ手なしである。

 ならば切り口を変えるべきだろう。

「スカハサよ。その女王の旗に刻まれた三女神とは連絡が取れるか?」

「………申し訳ありません。私は面識がありませんし、壊滅してからかなり時間が経っているため、彼女たちが生きていたとしても、警戒して身を隠している可能性が高いです」

 そうか、とため息を吐く神王。

 生死不明でしかも警戒されている可能性もあるとすると、〝エリンの女王〟について調べるのは困難だ。

 魔王攻略の手がかりを失ったと肩を落とす一同。

 だがその時―――金糸雀だけが、物凄く自慢げな顔で腰に手を当てた。

「ふっふっふ。神王様も先生も、手詰まりのご様子ですね?」

「そういうお前は楽しそうだな。………何か思い当たる節があるのだな?」

「ええ、当然です。その為に今回の推理を語り始めていたわけですから」

 クイ、と伊達眼鏡を上げる金糸雀。

 彼女はホワイトボードに今の重要キーワードを羅列していく。


〝戴冠石〟リアファルの情報。

〝エリンの女王〟と王墓の謎。

〝三位一体〟の旗と女神たち。


 これら全てを繋ぐ最重要人物の名前。

 其の名は―――


「―――神王様は、〝モリガン・ル・フェイ〟という魔女を知っていますか?」

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