ディストピア編 戴冠石⑤
金糸雀は順序良く解説するため、まずは幾つかの謎を箇条書きにした。
1、女王メイヴが実在した年代は紀元前2500年付近と推測されるが、
西暦前後を生きたとされる描写の女王メイヴとは年代的に差異がある。
2、再編されたケルト神話には部分的に他神群の益となる描写が多々ある。
3、戴冠石が力を失っていた理由。
4、戴冠石には何故か奇妙な亀裂が入っている。
5、真実を知るドルイドの末裔が生きているとしたら何処にいるのか?
何処からか現れた黒板に金糸雀は箇条書きで謎と問題点を書き並べると、パンパンと手を叩いてチョークの粉を落とした。
「えーと、謎解きの鍵になっているのは主にこの辺りだと思うので、順序良く考察していこうと思います。抜けがあったら補足をお願いしますね」
「うむ」
「わかったわ」
「………はあ。神王ともあろうものが、どうしてこんな小娘の話を真面目に聞くんですか」
「キハハ、拗ねるな拗ねるな! 神王様も金糸雀がどの程度の器か知りたいだろうさ!」
納得できない様子のアイラを窘めるクロア。彼には立場上、神王が侮られるような事態を避けるように努める義務がある。
如何に評判の悪い神王とはいえ子供にまで舐められてはお仕舞いだ。普段は同じように遊んでいるアイラだが、締めるべき場面では締めるように心がけている。
もしも金糸雀の口にする推理に穴があったら容赦なく突っ込んでやろうとアイラは身構える。
「それでまず、要項1ですけど。この王墓で祀られている女王メイヴと、伝承で語られている女王メイヴは………全くの別人です。しかし、無関係の人物ではありません」
「というと?」
「神王様はケルト伝承に於ける〝祖霊崇拝〟という概念を知っていますか?」
当然だ、と頷く一同。
祖霊崇拝とは国や部族の偉人を奉り、神の如く扱うことだ。
此れはケルトだけではなく様々な神話の中で用いられている概念だ。むしろ知らない神霊の方が珍しいくらいだろう。
アイラはここぞとばかりに鼻を鳴らした。
「もしお前が二人目のメイヴを〝神霊化した女王メイヴ〟だと考えているなら、その可能性は皆無だぞ。祖霊崇拝であれ何であれ、一度神霊化した祖霊は歴史に干渉する際に大衆の目に触れてはならないという不文律がある。………まあ、伝承の中では大衆の前に姿を現したかのような記述トリックがあったりするけど、基本的に神霊は為政者に成れないし、大衆の前に姿も現さない」
上手く核心を避けてアイラは金糸雀に釘を刺す。彼の言っていることに間違いはない。そもそも概念的に〝神〟と〝王〟は両立できる性質に無いからだ。
人類を支配する者と、人類を試す者という性質上、一度でも神の位に上がったものは王を名乗ることは無い。
国の繁栄という過程で人の躍進を促す者と、種の継続という結果に人の進化を求める者では、性質的に真逆の存在である。
神々が自然災害の如く語られるのはその為だ。
それを弁えない者が自称する分には本人の自由だが、本質を理解した上でその二つを両立させようと試みたのは、神々の中でも極めて少数だ。
女王メイヴがその領域に達したとは到底思えないと、アイラは視線を鋭くする。
だが金糸雀はそのツッコミを待っていたとばかりに胸を張った。
「ふっふっふ。認識が甘いですね、アイラさん。祖霊崇拝という概念を知ってはいても、その履行方法については詳しくないようですね?」
「………なぬ? 履行だと?」
「神々を〝崇拝する方法〟ですよ。そりゃあ最も数が多いのは無垢な祈りでしょうけど、より強い神への祈りを証明するためにこの世には様々な方法があります。そうですよね、神王様?」
うむ、と神王は力強く頷いて返す。
「我らインド神群の僧侶が己の身体を酷使する行為や、修練者が山脈を登りより天に近い場所で祈りを捧げる行為など、崇拝や信仰の方法は様々だ」
「ですがそれらの方法は一般的に王様や為政者が取れる方法ではありません」
「………む?」
「は?」
「え?」
自慢げな金糸雀だったが、神王とアイラの不満げな表情にハッと息を呑む。
「あ………インド神群の英雄たちは別枠です! 為政者でもお祈りの仕方が凄いっていうかヤバイっていうか、なんていうかこう………情熱的ですよね!」
慌てて訂正する金糸雀。
彼女は改めて〝一般的に!〟と強調する。
「コホン! ………話を戻しますが、祖霊崇拝とは偉人を神の如く崇拝する行為の事。何も苦行だけが崇拝の形だけではありません。それこそ為政者ならその方法も色々ありますよね。神殿を立てたり、巨大な王墓を建設したり、石像を建てたり、その他にもあとは―――」
ピッと指を立てた金糸雀は確信的な笑みを浮かべて唇を押え、
「或いは―――偉人の名前を襲名する、とか?」
ハッと、一同は同時に顔を見合わせた。
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