ディストピア編 戴冠石③

「ば―――馬鹿な!!?」

 燕尾服の死神クロア=バロンがテーブルに石を転がした途端、神王は辺りに響き渡るほどの大声を上げた。

 中央に亀裂の入ったその石を手に取りあらゆる角度で注視し、何度も首を横に振りながら手を震わせる。

「………間違いない。呪いでほぼ力を失ってはいるが、〝アストラ〟の一つだ」

「キハハ! やっぱりそうか! じゃあコイツにもとんでもねえ力が、」

「それは違うわよ、クロア。それは兵器じゃない。私たちの土地じゃ〝戴冠石〟って呼ばれてるものよ」

 廃屋の扉を開いて入ってきたのは、スカハサと金糸雀の二人だった。

 クロアは影をヒラヒラさせながら言葉の意味を問う。

「どういうことだ? アストラってのは、人類が所持しうる最強の兵器に与えられた称号じゃねえのか?」

 怪訝な様子で問うクロア=バロン。

 一方神王は、突然飛び出してきた最高機密に今度こそびっくらこいた。

「ちょ………ちょっと待て、ちょっと待て貴様ら!! アストラの役割は天軍の中でも最高機密だぞ! 何でお前たちがそんなことを知って、」

「陛下!? どうかしましたか!?」

 バタン! と勢いよく扉を開けて飛び込んで来たのは神王の騎象アイラーヴァタ。

 万が一の事態に備えて外で待機していたのだろう。

 神王は冷や汗を掻きながら亀裂の入った石を隠し、

「アイラ、下がってろ。今は大事な話をしている。お前には関係ない」

「で、ですが陛下。今回の旅では特に気を張って陛下を守るようにとプリトゥ様にも言われてますし………」

「お前の主人は俺だろう? ならばまずは俺の命を聞くのが筋のはずだ。いいから下がってろ」

 神王の厳しい指摘にムッとしたアイラは一気に不機嫌になり、唇を尖らせながら不遜な態度で唾を吐く。

「ケッ、何ですか何ですかその態度! 俺たち〝ヴィマナ〟は主従と一心同体! 敵と戦う時も食事をする時も遠征を行う時もエッチなお姉さんの店に行く時も何時でも一緒だって陛下が」

「よし黙れ。まず黙れ。俺にも立場があるし嫁の監視が何処にあるかわからんからマジで黙れ」

「キハハ!何だ何だ今更体面を気にしてんのか神王さまよぉ! 天部にシモい神様が多いって話しは有名なんだから気にすることねえじゃねえか!」

「そうだそうだ! それに俺知ってるんすよ! 陛下が北側の化生遊郭を率いているエロくて可愛くてエロくて幸が薄い感じのエロい大妖狐とヨロシクやってるって! 遊郭の取り締まりをしてる羅刹天様が噂を流してたぞこのヤロウ!」

「よし俺が悪かった。話を聞かせてやるからあとで詳しく聞かせろその噂」

 神王は諸手を上げて降参したように天を仰ぐ。

 面倒くさいことになったと顔を抑えながら、神王はアストラの説明を始めた。


          *


 アストラ―――其れは二人の神王が世界を救った際に判明した、人類を究極的破滅から救う為に必要となる恩恵・権能を示すために隠された暗号。

 一般的に〝アストラ〟と呼ばれる言葉には二つの意味がある。

 一つ目は西欧圏のラテン語に於いて星・新星を意味する言葉。

 二つ目は印度圏のサンクスリット語に於いて兵器を意味する言葉。

 アストラ、アステル、ステラなど様々な形を持ち、時代の荒波の中で様々な変容を遂げながら世界を廻り続け、何時の日か、人類を救うためにその姿を現すと神王は語る。

 その話を聞いた金糸雀が好奇心の溢れる挙手をした。

「はいはいはい! 神王様、質問です! 神王様はアストラがどんなものに進化していくのか知っているのですか?」

「いや、全ては知らない。文明圏が違いすぎる場所に生まれたものまでは把握できていないし、どのような力があるのかもわかっていない。加えて言うならば、俺は原型を知っているが、原型だけでは意味も価値もないものなのだ。アストラは人の営みの中で変容し、進化し続けることに意味がある」

「………? ですが、それでは後々に困るのでは? どんな形に進化したのかわからないままだと神々の手でも管理できないでしょうし」

 スカハサの指摘に、神王はゆっくりと首を横に振った。

「元より管理するつもりなどない。あれは人が人の手で救われる為に与えたもの。俺たちに出来るのは、それを悪用しないように監視することだけだ。何故なら―――人を破滅から守る為に導いていくこともまた、アストラの役割だからな」

 亀裂の入った石を置き、神王は難しい顔をする。

「この石………戴冠石、だったな。此れはアストラの中でも特殊な類だ。兵器としての力が無い所を見ると、〝アストラを手にする資格者〟を選定する為のものではないか?」

「選定………最強の兵器を手にするに相応しい者を選ぶ、ということです?」

「そうだ。バロールの一件を思い出してみろ。奴の祖先はアストラを世界の救済の為に使わず、己の民族の為に消費してしまった。この様な事態を回避する為に作られたのがこの戴冠石だと俺は推測する」

 強大な力を持つアストラが暴走すればその被害は甚大だ。

 力の魔力に惑わされない強靭な心を持ち、遠い未来にまで繋いでいく器を選定する為に生み出されたのがこの戴冠石だと神王は推測する

 だが此処でスカハサが難色を示した。

「んー、概ね賛同します。しかし私の見解だとそれは半分正解で半分足りない感じなんですよね」

「というと?」

「コレ、ケルト神群にも同じ〝戴冠石〟って呼ばれていたものがあったんですよね。其処では次の世代の王を決める儀式のとき、〝王の名を叫ぶ石碑〟として使われていました」

「王の名を叫ぶ―――石碑か」

「はい。それで先ほど陛下は〝アストラは人を導く〟という旨の言葉を口にしました。そして王とは国を導く力を持つ個人。故に〝戴冠石〟の王の選定=人を破滅から救う人物を選定する、という意味合いもあるのではないでしょうか?」

 スカハサの推理を聞きいた神王は一理あると頷き、金糸雀は尊敬の眼差しを向けながらパチパチと拍手を送る。

「なるほど………アストラそのものが人類を導くのではなく、導く力を持つ者を選定する石か」

「まあ、導くというニュアンス以外もありそうですけどね。問題は………この戴冠石を、魔王ディストピアが所有していたという事です」

 なっ、と神王とアイラが絶句する。

 二人が声を上げようとしたところを、スカハサが右手を出して制した。

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