ディストピア編 戴冠石①

 魔王バロールとの戦いが終わり、穏やかな風が吹き始めたとある森の廃屋にて。

 神王インドラと影絵の死神クロア=バロンの二人が向かい合い、例の手紙について話し合っていた。

「しかし驚いたぞ。魔王ディストピアの追手がまさか魔王バロールだったとは。ディストピアとはあれほどの神霊が与するほどの器なのか?」

「いやいやァ、アレはどう見てもまともな協力関係にねえだろうよ。お互いがお互いを利用し合う関係ってとこだろうな。俺たちが隠し持っている切り札を知って飛び出してきたってとこじゃねえか?」

 キハハと下卑た笑いを浮かべて揺らめく影絵の死神。

 神王は顎に手を当てながら廃屋の外で遊ぶ金糸雀たちを見る。

「………ではやはり、あの娘が例の?」

「おうよ。あの娘こそがディストピアの籠の中から飛びだってきた小鳥さ」

「だがあんな娘がよくも境界壁を登って来たものだ。並大抵の苦労では無かっただろうに」

 箱庭の東西南北を遮る四つの巨大な壁。

 山よりも高く強固な境界壁を越えることでしか、今は西側から出ることが出来ない。

 追手がかかったことも考えれば、如何に神霊の助力があったとはいえ、幼い少女が魔王の魔の手から逃げ出すことは茨の道以外の何者でもなかった筈だ。

 しかし影絵の死神はニヒルに笑って首を横に振る。

「いやあ、逃げ出すこと自体はそうでも無かったさ。むしろ苦労したのは見つけ出すことの方だな」

「というと?」

「ディストピア戦争が始まって随分と長い時間が経った。………あーほら。太陽の主権戦争も最終局面に入って世界の固有時が確定しただろ? それに従って経過時間を逆算したら数千年経ってたって話じゃねえか」

「世界の固有時? ………ああ、〝一秒の定義〟のことか。まあ第三点観測宇宙の箱庭に統一された固有時が必要だとは思ってなかったが、太陽の主権戦争の決着に必要だというのであれば是非もあるまい」

 四桁以上の箱庭の門は視覚的には並列しているものの、実際はそれぞれが独立した宇宙に繋がっている。故に門の支配者たちが自由に時間の定義を決められ、固定時が存在しなかったのだが、主権戦争で必要というのであれば縛らざるを得ない。

「俺はそのディストピア戦争の最初期から参戦していたんだが………その頃からずっと、あんな娘を探し続けていた。閉鎖世界の中に生まれながら、外の世界に旅立とうという強い意志を持つ人類を」

 下卑た笑いを消し、その瞳に闘志を宿らせる死神。

 この男がどれだけの歳月と苦渋を踏み越えてここに至ったのかを知るには、その言葉だけで十分だった。

「………そうか。つまりあの娘は、お前にとっての光というわけか」

「まさしく。そして魔王ディストピアを倒す銀の剣でもある。―――故に神王。お前にあの娘を預けたい」

 神王は驚きのあまり耳を疑った。

 それほどの歳月と情熱をかけて見つけ出した少女を己とは縁も所縁もない神群に委ねようというのか。

「燕尾服の死神よ。お前はそれでいいのか? あの娘はお前の光だと今まさに口にしたばかりではないか。お前の教義に則り育てていきたいとは思わないのか?」

「思ってたさ。だから金糸雀には俺の持つ知識を全て与えた。そして次はお前たち十二天の教えを叩きこんでやって欲しい。そしてそれが終わったら、今度はまた違う神群に………もしくは、化生共にでも預けてやって欲しい」

 今度こそ神王は目を丸くして驚いた。

 同時にこの死神が何を考えているのかを悟り、腕を組んで唸り声を上げた。

「………死神よ。貴様はあの娘に、より多くの世界を―――神々の世界や思想のみならず、〝世界の敵〟の思想や姿さえも見せてやりたいというのか?」

「そうだ。二律背反する二つの視点を得なければ、〝閉鎖世界〟を真の意味で倒すことは不可能だ。何故なら奴は〝世界の敵〟ですらないからだ」

影絵の死神の物言いに、神王は瞳を細めて怪訝な表情で窺う。

「秩序を守る神群でもなければ、〝世界の敵〟でもないと?」

「ああ。アイツは何もかも引き継いで、何もかも無に還す者だ。あれはもう敵とか味方とか、そういう分類のモノじゃない。もっと何かだ。アレは必ず―――必ず、倒さなきゃならねえ」

 まるで正体を見て来たかの様な口ぶりで吐き捨てる影絵の死神。

 私情も零ではないのだろうが、その言葉の裏には強迫観念にも似た義務感が感じられた。 少なくとも、彼個人の利益の為に口にしているのではない。

 神群の代表として、一人の神として、かの大魔王を討たねばならないと、この賢神は試行錯誤している。

 その答えとして、神王に金糸雀を預けるという判断を下したのだ。

「そうか。そこまでの覚悟ならば最早何も言うまい。あの娘は俺が責任を以って預かる」

「ありがとよ。お前さんならきっと分かってくれると思っていた」

「だがお前や他の者たちはどうするのだ? 共に匿って欲しいというのであれば別に構わんが」

「いよいよ以って有難すぎて涙が出るぜ。だがその前に迎えに行きたい人物がいる」

 というと? と、神王は首を傾げる。

 影絵の死神は少し得意げな笑みを浮かべながら、覗き込むように告げる。

「本当は極秘も極秘、とっておきのサプライズなんだが………まあ、他ならぬ神王様が相手なら話してもいい。でも暫くは内密に頼むぜ? 十二天のお仲間にもな」

「ほほう、随分と仰々しいな」

 先ほどまでのシリアスな雰囲気を一変させて、二人は悪戯を企てる子供のような意地の悪い笑みを浮かべる。

 キハハと下卑た笑いを浮かべた死神は、その手から亀裂の入った石を召喚した。

「神王様よ。お前さんが口にしていた〝アストラ〟っていうのは――― この戴冠石のことじゃねえか?」

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