神王VS戦神⑭ 解答編

               *


 

 ―――王よ。姫君は一族を廃滅させる星を抱いております。

    どうか、ご決断を。



               *



 三つ子の産声が響いたのは、嵐雲の捲き立つ夜の事だった。

 轟々と城に打ち付ける雨風は石の飛礫の如く降り注いでいる。まるで何かの暗示の様に極西の地を覆う暗雲に、民は恐れ慄いて家から出ようともしない。

 夜道は瓦礫や木の葉が飛び交っている。

 此れでは農民も狩人も木こりも休業せざるを得ないのは当然だ。

 だがしかし、そんな大嵐の最中―――布衣に身を包んで奮然と突き進む男がいた。

 フードを深く被り、顔は遠目でもわかりはしない。

 大柄で顔の上半分を覆う仮面を付けているのは傍目にも確認できるだろうが、其れだけだ。男は嵐の雨風をものともせず布衣の下に抱きかかえた三つ子と共に河川を目指す。

 やがて河川の沿岸に着いた男は、フードを取って右手を掲げた。

 踊る指先で描かれる太古の消失言語ロストランゲージ。此れらは星地の守護者―――後代で〝巨人族〟と呼ばれる者たちが共有した言語の一つ。

 星霊と交渉権を得る為には必須とされてきたその古代文字は、巨人族の間でのみ連綿と伝えられてきた最古のマジックランゲージである。

 自在に大嵐を招来させ、海を炎に変えることすら可能な、青き星の純原語。

 その力を用いて、男は河川の流れをピタリと止めた。

 今にも氾濫しそうになっていた河川は高波を起こしたまま静止する。

 更に男が指先を振るうと、木々の枝が集まり即席の小舟が出来た。

 おぎゃあ、おぎゃあ、と泣き散らす三つ子を小舟に乗せると、男は一度ずつその頬を撫でていく。

「………この大嵐だ。河が流れ始めれば、こんな小舟など三里さんりも持つまい」

 氾濫間近の河川を乗り切るには、小枝の船は余りにも貧弱だ。

 浸水、転覆、沈没。三つ子は成す術もなく川の底に沈むしかない。

 だがそれでいい。

 仮面の男―――フォモール族の王バロールは、三つ子を殺す為に此処まで来たのだから。

 一族を滅ぼすと予言された子供は母親の腹から生まれると同時に見せしめとして、死の瞳を以って殺されるはずだった。

 視るだけで死を呼ぶという神殺しの瞳で、己の孫を射抜いて殺す。

 姫と逢瀬を重ねていた悪漢も、フォモール族に逆らおうという反逆者も、魔神バロールの残虐極まりない行為を見れば震え上がるに違いない。

 魔神バロールは『反逆の子を孕んだ姫を今すぐ殺せ』という忠言を、己の示威に使うという提案で跳ね除けた。

 その残虐な提案に家臣団は震え上がり、姫は鬼気迫る形相で叫んだ。

 父上は鬼だ悪魔だと叫び回り、家具をたたき割り、美麗な金髪が蛇の様になるまで暴れたという。

 結果―――臨月を迎えるまで姫は寝台に両手両足を縛られて暮らすこととなった。世話をする女中たちには顔を合わせえる度に『子供を助けてください。子供を助けてください』と譫言の様に言葉を重ねていたという。

「―――哀れな娘だ。何の咎もないというのに孤島で監禁され、異性と触れ合う機会すら与えられなかった。初めて出会った男に心奪われるのも仕方なかろう」

 フォモール族の滅亡は彼女の咎ではない。 

 幾度となく侵略者に晒されてきたこの極西の地に眠る巨釜。

 何時か遠い日に人類を救う為に必要となる秘法の一つ。

 星牛、星鍵、巨釜、戴冠石、純言語などの秘法は様々な形で伝承され続け、いつの日か、人類を救い出す為に使うことが許される。

 それ以外の用途―――例えば、一族の危機などで使おうものなら、一時の救済と引き換えにいつの日か呪いとなって還ってくる。他の星地でも同じ運命が待っているに違いない。

 バロールが王になる以前、先代のフォモール族の王は侵略から一族を救うために星の秘法に手を出した。

 その際に消費されたのは星の巨釜。死を呼ぶ黒煙を吐き出し続ける胎盤である。

 溢れ出した黒煙は侵略者を次々と絶死させたものの、止める術がなく、極西の島を覆うほどに蔓延していった。先代の長たちはこの時に巻き込まれて死んだらしい。

 ………正に愚昧の極みだ。一族を守るために用いた兵器が、一族を滅ぼす程の力を宿していたことに、彼らは最期まで気づけなかった。

 山を越え、海を越え、隣国にまで届いたのを知った少年のバロールは、黒煙を生み出す巨釜を己の体内に封印することで事態を収めたのだ。

 その結果―――フォモール族は願った通り、侵略者を退けるに余りある巨大な二つの力を得た。

 一つ目は新種の病を操る力。

 二つ目が視るだけで命を奪う死の瞳。

 絶大極まるこの二つの力でフォモール族は次々と現れる侵略者を奴隷とし、隆盛を築き、巨人族の中でも最たる地位を得ていった。

 だが其れが一時の隆盛であることを知っていたバロールはやがて講和政策に着手し始める。即ち、文明的な交流を始めたのだ。

 人が増えてフォモール族の単一支配に限界が来たことを悟ったのもあるが、本当の原因は他にある。

 彼は自分に娘が出来たその時、自身の中から呪いが薄れたのを感じていた。

 初めは呪いが解け始めたのかと喜んだが、都合のいい勘違いだとすぐに悟る。

 巨釜の呪いが娘に宿ったことを知ったバロールは、すぐに予言者だった妻を呼び寄せて未来を占わせた。

 その結果が一族を滅ぼす星辰だと教えられ。

 バロールは己が一族の運命を悟った。

〝ああ―――来るべき時が来たのだ〟、と。

 本来ならとうの昔に滅んでいた少数民族。

 人類救済にのみ使うことを許された力を、先代の長たちは我が身可愛さで使用してしまった。守護者として失格だ。

 極西の星地は、試練の土地。

 地震や寒波や大嵐など様々な天災に襲われるのは、この苛烈な大地で生き残ること人類の未来を救うことに繋がるからだ。

 度重なる侵略者もその試練の一つに過ぎない。

 なのにその試練を、先代たちは放棄したのだ。

「………この地は何れ星の聖地としての力を失うだろう。穏やかで暖かな風が吹き始め、積雪はサワーンの日を迎えるまで見ることは無くなる。緑豊かな大地となって住みよい土地となるだろうが―――」

 その代償に。

 土地の人間は血で血を洗う戦いに追われる日々を送ることだろう。

 星辰うんめいはどれだけ回避しようと足搔いたところで、蔦の様に絡み、対象をしめ縄の如く緩やかに殺しにかかる。

 死の瞳を以ってすれば運命を回避し続けることは可能だろう。

 だがしかし―――子々孫々と殺し続けた先にあるものは、未来ではなく、永遠の孤独だけだ。一人の王が意味も無く生き続けるだけだ。

 思考思想はやがて凝り固まり始め、変わらぬこと、生き続けることだけを是とした、永遠の停滞。新しい理念も技術も挑戦も創作もない者になり果てるだけだ。

 

 ―――初めて娘を腕に抱いた喜びを。

    いまも、鮮明に覚えている。


 死の瞳があれほど煩わしいと思ったことは無い。

 きっと、永久とわに無い。

 しかし瞼の裏で娘の姿を思い馳せることはできた。


 金の髪は麗しいだろうか。

 碧眼は故郷の森の様に澄んでいるだろうか。

 頬は薔薇の様に赤味を差し、笑う姿は太陽の様に輝いているだろうか。


 死の瞳の裏側で、バロールは幸せな未来を夢見た。

 人が人として生きる喜びは、人が人として生きる本懐は、連綿と続く命の連鎖と人類の歴史にこそあるのだと―――死の瞳から流れる熱い涙で知った。

 この娘が何時か親となり、子を授かり、歳を重ねていくことが出来るなら、それ以上の幸せは何も望まぬ。


 だから………賭けてみよう。

 産まれたばかりの三つ子の中で、たった一つでも生き残り、己の前に立つことがあるのなら。己の孫が最大の敵として立ちはだかる未来があるのなら。

 その時は、最大の試練まおうとして受けて立とう。


 先代たちの罪と怠慢を全てこの身体一つで背負い、星を継ぐ者としてではなく、〝不倶戴天〟世界の敵として立ちはだかろう。

 もしこの孫たちが魔王となった己を打ち破ることが出来たなら、

 其れこそが―――子々孫々と殺し合う呪いを解く鍵と信じて。

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