神王VS戦神⑫

 神王がその手紙を手にしたのは、ほんの数日前の事だった。

 とある妖王の征伐から帰ってきた神王の玉座に、いつの間にかその手紙が置かれていたのだという。

 四方を守護法神の結界で守らせている善見城で、何者にも知られることなく手紙を持ち込んで姿を消すなど、並大抵の権能ではない。

 罠かもしれない、すぐにでも破棄すべきだと喚く毘沙門天を神王は軽くあしらいその手紙を自室へと持ち帰った。邪な気配があるのなら従者に開封を任せるところだが、手紙に残った神気にそのような気配はなかったからだ。

 此の手紙は〝天部〟の主神の誰か―――大方、ディヤウスの使いの者が広目天の辺りの目を盗んで置き去っていったのだろうと考えていた。ディヤウスは対ディストピア戦線に参加するか否かを決めかねていたからだ。この密書はその手紙だと神王は推測していた。

 さて、かの天空神がどのような決断を見せたのか。

 神王は緊迫した面持ちで封を切る。

 手紙の中には山高帽と燕尾服の旗印と共に、簡潔にこう書かれていた。


『―――〝閉鎖世界〟ディストピアから己が意思で自立した娘を保護した。

     至急、神王に取次願いたい。地図の場所まで来られたし』、と


          *


 神王は腕を組み、目の前に現れた亜麻色の髪の少女を見据える。

 手に持った黒い羊皮紙を楽しそうに読んでいるこの無垢な少女が〝閉鎖世界〟で生きてきた娘だという。

(………その娘が、これか)

 拍子抜けというわけではないが、意外といえば意外だった。

 目の前の少女は〝契約書類〟に書かれたゲーム内容を読み解くのが楽しくて仕方がないという雰囲気だ。己の力で解いたゲームを誰かに解説したくて仕方がないという自己表現の欲求も見て取れる。

 其れが意外でならない。

 密偵曰く―――〝閉鎖世界〟で生きる者たちは自我が薄く、誰もが外の世界に目を向けようともしない本物の〝箱庭〟だと神王は聞かされていた。

 なのに目の前の少女は瞳を輝かせて災厄の試練―――ギフトゲームに挑んでいるのだ。神王でなくても拍子抜けするのは仕方がないだろう。

 神王は青髪の後ろを掻きつつ、苦笑いをしながら娘に声をかけた。

「あー………お前が〝閉鎖世界〟出身の娘か?」

「そうです、神王様。意外ですか?」

「そりゃそうだ。てっきり、もっと自閉的な娘とばかり思っていたからな。〝閉鎖世界〟出身という割には、随分と楽しそうに試練に挑んでいるではないか」

 少しばかりの皮肉を込めた言葉だったが、少女には通じなかったらしい。

 それどころか、より一層に瞳を輝かせて黒い契約書類を掲げた。

「はい!だってこのゲーム、とても素敵な物語でしたから!まさか来寇の物語が………魔神バロールの物語が、こんなに物語だったなんて、考えたこともなかったですから!」

 素敵だなー、素晴らしいなー!!

 ………と、上機嫌でクルクル回る亜麻色の髪の少女。

 愛おしそうに契約書類を抱きしめる彼女に、神王は表情を消して問うた。

「………待て、娘よ」

「はい、待ちます神王様」

「ん、うむ。………貴様もしや、このゲームが解けたのか?」

 キョトン、と娘は足を止めた。

「………ゲームを解く?」

「そうだ。この試練を貴様は、」

「いえ………いえ、ちょっと待ってください。神王様。何言ってるんですか? 此れは。書かれていることが全てで、魔神のおじいちゃんが語った以上の事実は存在しません。このゲームは唯々、

 少女の口調が少し硬くなる。

 棘さえ感じるその口調にはわずかな侮蔑が含まれていた。

 その侮りを聞き逃すまいと、象王が瞳を細める。

「ふぅん? ならばディストピアの娘。お前は魔神の何を理解したんだ?」

「逆に問います。? 既に、全ては提示されているのに?」

 今度こそ少女はハッキリと敵意を露わにした。

 象王アイラーヴァタは先ほどまでの温和は雰囲気を激変させて少女を睨む。

 神々のヴィマナたる彼は他人が主人を侮辱することを許さない。其処に親愛の情が含まれていないのならなおさらだ。

 ましてや目の前の少女は名のある英雄でもなければ神々でもない。

 そんな小娘に侮られるほど、神王の神威は安くあってはならない。

 稲光を纏い睨み付ける象王はその神威を示そうと一歩前に出たが―――その間に、亜麻色の髪の少女は三歩前に出て神王に告げる。

「神王様。どうかこのゲームを、この試練を、私に与えて下さい。この物語は………魔神バロールは、

「勝利を………捨てている?」

「はい。勝利を捨て、王としての威厳を捨て、人としての恥部を晒しだしてまで彼は。あの死の黒煙を封印するのはこの場に居合わせた私の役目………いえ、人としての義務だと感じました」

 少女とは思えない鬼気迫る面持ちで神王に詰め寄る。

 あの黒煙の脅威がわからぬほど幼いというわけでもない。彼女は唯々、一人の人間として立ち向かわねばならないと訴えていた。

「―――ふむ……」

 神王は思案する。

 もしこの少女が本当に〝閉鎖世界〟に生きた少女だというのなら、その貴重性は今後の戦いを左右することになるだろう。このような場所で死の危険に晒すなど下策としか思えない。

 だが同時に、こうも考えられる。

 もしもこの程度で死ぬのなら―――〝閉鎖世界〟に挑むなど、到底叶わぬのではないかと。

「………ふふん。魔神の試練を試金石にするのも面白いか」

「じゃあ、私が挑戦しても?」

「ああ、構わん。好きにしろ。………ああ、あとアイラ。お前は先走った罰としてこの娘を手伝ってやれ」

「へあ!? マジですか!!?」

「あ、それは頼もしいです! まずは魔神のおじいちゃんの所に向かわないと話にならないので!ついでに神王様の御力で少しだけ黒煙を吹き飛ばしてくれたら嬉しいです!」

 申し出をちゃっかり受け取り、支援まで要求する亜麻色の髪の少女。

 神王はその図太さに、高らかな哄笑で返した。

「よかろう。そのぐらいは役に立たねば、俺も面目が立たぬ。神王の神威、とくと見せてやろうではないか!」

 楽しそうに告げる神王は、己の愛用する金剛杵を取り出して黒煙に向かい合う。

 目指すは死の煙の先に跪く、魔神バロールの地。

 死の瞳を持つ巨人族との戦いは、最終局面を迎えようとしていた。

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