神王VS戦神⑧
輝く羊皮紙が降り注ぐと、魔神バロールは苦悶の雄叫びを上げた。
「グ―――オオオオオオ!!?」
理解不能な激痛に思わず膝を折る。無敵を誇った巨人族の肉体には縁の無かった痛みに魔神が悶える。其れは本来なら在りえない痛みだった。
何故なら、巨人族の肉体を傷つける為には攻略の為の手順を踏む必要がある。
一見して無敵の巨人族だが、〝人類を超越した人類の敵〟である彼らには大凡全ての物語で弱点が存在する。
〝姿を見られてはならない〟
〝頭部以外を傷つけられない〟
〝酒を飲まさねば刃が通らない〟、などが代表的な例だろう。
霊格の高い巨人族は例外なくこのような法則に身を守られている。必断の魔剣すら弾くというのはこれらの法則を遵守していない場合に起こる矛盾だ。
これらの法則は全て〝不倶戴天の敵を討つのは、勇気ある者の一振り〟という願いと、人類の総体を次の段階に引き上げる為の儀式という側面がある。
そんな巨人族の中でも、魔神バロールを守る法則は極めて厳しい状況下でのみクリアが可能となる。
其れが〝死の魔眼が開かれている場合にのみ傷をつけられる〟という法則だ。
魔神バロールがスカハサや神王の一撃を避けなかったのはこの法則に守られていたからだろう。巨大な力を持つ不倶戴天の敵に己が武勇で挑む、という意味ではスカハサの見せた武技は正に正攻法と呼ぶにふさわしいものだったに違いない。
死の瞳の視線を見切り、視覚外からの湾曲攻撃を行うというのは並みの勇者に可能な技ではない。神域の武技と度胸があったからこそ挑めた攻略法だ。
その正攻法以外には視覚外からの投擲を行う他に攻略法が無い。そんな無敵を誇った巨人族の肉体に―――今、魔神の知らぬ法則が襲い掛かる。
(何だ!? 何だ!? 何が起きた!!? 奴らの話す
激痛の中で魔神は糸口を探る。神王よりさらに古い古神のバロールは、そもそも〝主催者権限〟という概念を知らない。この執行権は神王がヴリトラを倒した以降に施行されたものだからだ。故に太古に討たれ最近まで眠っていた魔神バロールは、〝主催者権限〟そのものを知らない。
文面に目を通すことさえできないまま、開こうとする死の瞳を必死に閉ざす。するとそれに相反するかのように、禍々しい黒煙が噴出し始めた。
(不味い………!! このままでは、アレを抑えきれぬ………!!)
激痛に悶える魔神バロールは必死に黒煙を抑えようと両手で瞼を抑える。だがその努力もむなしく黒煙は際限なく噴出し周囲を侵食し始める。
大地は肥えた茶色から白磁の石碑に変わり、樹々は痩せこけた墓標になり果てる。大気は呼吸の度に喉を焦がし、夕暮れ空はより激しく燃えるように赤くなる。
天上で構えていた神王も、その黒煙を見て大きく息を呑んだ。
「な………何だ、あの黒煙は! 詩人よ、アレは貴様の仕業か!?」
「存じ上げません。私たちが依頼されたのは神々の試練を明文化し、ゲームを制作することだけ。―――ですが、推測することならば可能です。一先ず矛を収めてご静聴を」
「構わん、直ぐに話せ!」
影の裏側で詩人が言葉を紡ぐ。
―――ケルト神群の伝承では、瞼を開いた魔眼そのものが弱点であると伝えられているが、其れは少し正しくない。何故ならこの魔眼は大神ルーの神槍でも完全に破壊することは出来なかったからだ。神槍の一刺しにさえ耐えた魔眼は、最後にその死の呪いを撒き散らして多くの巨人族を死滅させたと伝えられている。
その呪いがあの黒煙だと詩人は指摘しているのだ。
「ッ………つまり、魔神を撃てばあの黒煙が周囲を襲うと言いたいのだな!?」
「はい。加えて気になる記述があります。魔神バロールの死の魔眼は先天的なものではなく、幼い頃に瞳に黒煙を封じて開眼したという記述です。もしこの記述が正しいのなら―――真の〝神殺し〟は魔神バロールではなく、あの黒煙なのやもしれません」
淡々と紡がれる推測に神王は歯噛みする。詩人の推測が本当なら迂闊に攻めるわけにもいかなくなった。あの黒煙は見るからに禍々しい気を放っている。〝神殺し〟に近い性質を持っているというのもあながち間違ってはいないだろう。
一方の魔神バロールも、激痛そのものよりこの黒煙が噴出し始めたことに焦りを感じ始めていた。
何故なら当事者である魔神は、この黒煙が何であるかを知っているからだ。
この黒煙は愚昧極まる先代の巨人族が生存競争を勝ち抜く為、地獄の窯より召喚してしまった史上最悪の災厄。
周辺国はおろか、人類そのものを死滅させかねない死の呪いである。
魔神バロールは愚かな先代たちの責を取る為、己が力の九分九厘と引き換えにこの呪いを瞳に封印した。生来の才能と〝神殺し〟を秘めた死の黒煙が融合した副産物が、視るだけで神々を薙ぎ払う死の魔眼ととある病を操る魔術の正体である。
しかし瞬間的な殺傷能力ならば魔眼の方が上だが、恒常的な殺傷能力ならこの黒煙が勝る。
何故ならこの黒煙は無制限に発生する。発生源である魔神が生存している限り、この箱庭の世界を覆うまで止まらないだろう。
最早、残党狩りや神王の相手をしていられない。
魔神バロールは瞼を閉じたまま降ってきた来た羊皮紙を握りしめ、己が英知を結集し会話の断片から事態を超速で理解する。
(この感触は………羊皮紙か? そして奴らは何を話していた? ―――試練の明文化、げぇむ制作………そして最初に話していた
バロールは右手の親指を噛み切り、羊皮紙の裏に血文字を書き始める。
書式が分からないが故に整理はされていないが、今はその時間が惜しい。
(恐らく〝主催者権限〟とは、神々が成した試練を再現し敵対者により上位の法則性を強要する権限のこと!! ならば儂が同様に神々の試練を明文化して開催すればこの事態は相殺されるはず!!)
だがそれは同時に、己の弱点を晒すことにもなる。
神王は成し得た事実からの逆算でゲームを制作している。つまり勝者だからこそ得られる権利でノーリスクのギフトゲームを開催している。
だが魔神は違う。彼は歴史の敗残兵だ。
故に勝利を成された事実の逆算からゲームを制作せねばならない。
もしも〝主催者権限〟が破られたのならばどうなるのか定かではない。だが躊躇している時間が無い。この死の黒煙が箱庭の世界を脅かすようなことだけは―――絶対に在ってはならないのだ。
「おう、神王よ!! まことに癪だが、勝ちを譲ってやる!!」
「………なっ」
「代わりに今から儂が行うげぇむを制するのだ!!! 貴様が真に神王なら―――世界を救った益荒男ならば、必ず制するのだ!! よいな!!」
刹那、現れたのは黒く輝く羊皮紙。
その羊皮紙が神王の手に届いたと同時に、魔神から噴出した真の〝神殺し〟が荒れ狂い始めた。
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