神王VS戦神⑥
神王は雷雲に跨り、地上の魔神を見据えている。
睨み合う両者は共に戦いの口火を切る機会を待っているのか。動き出す機会を探るような挙動を僅かに見せつつ、鬼気迫る闘志をぶつけ合っている。
激しい戦いに巻き込まれ騒いでいた獣たちも、二人の神霊の気迫に押しつぶされたように静まり返っている。
やがて、箱庭は夕暮れ時を迎えようとしていた。
神王は太陽に赤味が差したのを確認した途端、魔神の挙動を無視して口を開いた。
「魔神バロール………か。話には聞いていたが、こうして目の当たりにしてみると想像以上の異形だな。巨人族と神霊、その両方の性質をもった祖霊がこの世界に居たとは思わなかったぞ」
言葉の裏に含まれた意味に、バロールは不快そうに顔を歪ませる。
本来なら三大最強種である〝生来の神霊〟は物質界に囚われない概念存在である。歴史の神格化や事象の擬人化を用いて世界の外から呼び出される存在が彼ら〝生来の神霊〟だ。
しかし巨人族―――人類の幻獣と呼ばれる彼らはまた異なった理に棲んでいる。
巨人族は人類でありながら、人類最大の敵として描かれ。
人類以上の存在に位置付けられながら、必ず人類に滅ぼされる。
その矛盾に潜む
其れが純血の巨人族という生命体の正体である。
「祖霊の中では極めて強力な部類だ。〝生来の神霊〟と同等の力を秘めた数少ない例外と言っても過言ではないな」
「………呵々。同等じゃと?」
牙を剥いて魔神が嘲笑う。
何が可笑しかったのかは言うまでもない。
一つ目の仮面―――死の魔眼を封印したその仮面を指で小突きながら、バロールは挑発的に告げる。
「確かに儂は〝生来の神霊〟ではない。成しえる奇跡も全能領域には遥か届かぬ。―――じゃが、其れが戦いの優劣を決めるわけではなかろう? 我が死の瞳を前にすれば全ての神々なぞ有象無象よ。それを知らぬわけではあるまいなあ?」
呵々カカと仮面の下で笑い声が響く。
〝神殺し〟の一角である魔神には、如何な神王であっても恐れるに足らぬ。
己の勝利を疑わぬ魔神は槍を一薙ぎして天上を睨む。
「しかし探す手間が省けたぞ、インドラ。この機に出会えたのも何かの縁。天部がディストピアとの講和会議を行う前に、貴様にはどうしても問うておかねばならんことがあったからのう」
天部とディストピアの講和会議―――その魔神の言葉に、スカハサは大きく息を呑んだ。もしその講和会議が恙なく進むようであれば、反ディストピアの最前線で戦ってきたケルト神群はより一層の窮地に立たされる。
………いやそれどころか。
今回の神王との密議が既に罠であった可能性すらあるのだ。
そんなスカハサを一瞥もすることなく、神王は両腕を組んで魔神の言葉を待つ
「ほう。極西の魔王が、俺に問いがあると?」
「応よ。貴様ならば確実に知っていよう。かのディストピアを最強の魔王に仕立て上げた人類文明の秘宝―――即ち、〝アストラ〟の在り処をッ!!」
魔神がその名を口にした途端、神王の瞳が初めて揺れた。
同時に神気が立ち昇り魔神を睨む視線に明確な殺気が籠る。
其れは今までの余裕ある立ち振る舞いを激変させるほどの価値ある言葉だったのだろう。神王は憤りを込めて魔神に問う。
「アストラ……!? 馬鹿な、俺より古い神の貴様が何故その名を知っている!」
「呵々カカカ!!! 問いに問いで返すとは無粋よな! だがその反応や良し! 此れで確信を持てた!」
激情に任せて口にしてしまったことを神王は悟る。
魔神は時すでに遅しと呵々大笑を上げた。
「なるほど、起点を握るのが貴様であったなら儂のような古神が知らぬのも頷ける。同時に貴様が起点ということは、この肉体なら手にする機会があるはずよな。
……呵々カカカ!!! 此れは遂に、遂に古きケルト民族にも一躍の機会が巡ってきたか!!」
右手で槍を振るい、左手で落葉樹の杖を取り出して魔神が猛る。
「さあ、お遊びは終わりじゃ!! 神王殿には洗いざらい話して貰おう!! 其の上で女には儂の子を産ませてやろう!! 貴様らは纏めて我が神話の贄になるがいい!!」
一振りするたびに地上を、海を、空を焼き尽くす程の炎が奔る。
神王は金剛杵を取り出し、魔神を迎え撃つ。
「ハッ………舐めるなよ爺。俺の二つ名は神王だけではないぞ」
金剛杵から稲光が奔る。しかし、その光にかつて世界を救ったほどの力はない。果たして〝リグ・ヴェーダ〟無しで何処まで戦えるのか―――と、神王が歯噛みをしていた時。
―――ヒラヒラ、と。
幾枚もの輝く羊皮紙が、魔神の頭上に降り注いだ
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