三学期「もう終わりだね」
冬休みが終わりました。三学期の始まりです。
センター試験がありました。頑張りました。終わりました。
結果は志望校を受験するに十分な成績でした。安心です。
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お昼休みになりました。僕はおもむろに弁当を取り出します。蓋をあけるとそこは唐揚げでした。なんちって。
安易かつ安価ですが唐揚げは僕の好物です。本日の母親チョイスに感謝しながら唐揚げを頬張ると、冷凍食品の旨味が口内を満たします。
教室はつかのまの解放感によりとても騒がしいです。僕は仲良く談笑する寺原さん達をなんとなく眺めながらご飯を食べます。そういえば今日は猫山田さんがいません。どうしてでしょうか。
がらり。教室の戸が開きました。
乾いた音は昼休みの教室の喧騒にまぎれず、付近のクラスメイトの注目を集めます。なんと猫山田さんでした。
猫山田さんは堂々と自分の机まで行き、無造作にスクールバックを置きます。
「やあ、骨折」
席に座ると猫山田さんは何事もなかったかのように軽く笑います。
「ああ、うん。おはよう。どうしたの今日? 午前中いなかったけど」
「んー、別に大したことじゃなくて、受験で色々やらなきゃいけないことがあっただけ。あー、めんど」
猫山田さんはどさりと体を机に投げ出します。
「ふうん。そういえば猫山田さんってどこ受けるの? 公立? それともどっか私立?」
「いや、違う。いや、まあ違くないか」
「どっちなのさ」
「国立。ただし日本じゃない」
「へ?」
それはどういう意味でしょうか。僕の理解が追いつく前に猫山田さんがさらりと答えを告げます。
「あたし、留学するんだ。フランス」
「――え」
驚愕の新事実が僕の頭を撃ち抜きました。留学だって?
「嘘じゃないよ」
ほら、と猫山田さんはバックから一枚の書類を取り出します。
「実はもう合格してる」
「すごっ!」
それは確かにフランスの大学の合格証明書でした。ということは、本当に猫山田さんはフランスに行ってしまうのです。
ふう、と猫山田さんはとわざとらしく溜息をつきます。
「全く、君の驚き方はオリジナリティに欠けているよ。もっと私を楽しませてくれよ。たとえば驚きのあまり右足を骨折するとか」
「いや、そんなんで骨折しないし……。でも、なんか信じられないな」
猫山田さんの調子がいつもと変わらないから、僕は現実を上手く捕獲できませんでした。まるで小動物のような現実とやらは、そのままするりとどこかに逃げてしまいます。そしてそのことを良しとせず再び捕まえようとしたときには時遅く、猛獣にまで成長した現実が僕の心を食い破るのでしょう。
猫山田さんはフランスへ留学します。海外へ飛び立つのです。僕は適当に受験して特に熱意もなく合格した大学へただ入学するのでしょう。僕も青空を飛びたいです。けれども相変わらず地べたを這いずるだけでした。
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そして僕は受験しました。合格しました。
高瀬君は落ちました。残念です。
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合格の報告を終え職員室を出ると、月島君にばったり会いました。僕が軽く右手を上げると、月島君も軽快に手を振ります。
「お、山口ひさしぶり。どうだった?」
受験結果という地雷原にもかかわらず、月島君はびっくりするほど直球です。それならば、と僕も逆らわずに打ち返すことにします。
「受かったよ」
「マジか! やったな、おめでとう!」
月島君はまるで我が事のように喜んでくれるので僕もつい嬉しくなります。
「ありがと。そっちはどうだったの?」
「俺か? 落ちたぜ!」
月島君は華麗なサムズアップを披露してくれます。ですが正直反応に困ります。
僕の曖昧な笑みに構わず、月島君はさばさばとした口調で続けます。
「まあ浪人して来年頑張るよ。どうしてもそこに行きたいし。興味のある研究やってるところがそこしかないからさ」
月島君は笑います。それは浪人が決定しても彼には既に進みたい道があるからです。確か月島君の志望校は偏差値が高い大学だったはずです。きっと一年間また勉強して受験に挑むのでしょう。
一方の僕は大学で何をするとか全く考えていません。だからその真っ直ぐさがとても羨ましいです。
月島君はぐっと拳を握ります。
「あとなんたってそこはさおりんの母校だしな」
さっきの感動を返せ。そしてさおりん
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