第23話 意地

 背中に激痛が走る。吐き気と共に、涙がマロロに溢れてきた。刺されるのが、こんなに痛いとは思わなかった。


「うううううううううううう‼」

「なっ、ま、マロロ!」

「お、おい⁉」


 マロロ以上に、ザハード達がどよめいた。


「見張ってたのは誰だ⁉ 何してた⁉」

「す、すいません! 急で―」

「ばか、あれほど―」

「『石壁(ドゥン)!』」


 リオが、魔法を再び唱える時間は十分にあった。巨大な石壁が、再び出現する。巻き込まれそうになった小柄な男がザハード達の方へ下がり、再び、両者は隔絶された。


「だ、大丈夫……ですか?」

「あんたは⁉」

「い、いたいよお……いたいよお」

「泣かないの! すぐ治してあげるから! そういう魔法もあるの―」


 リオは、己を恥じていた。この一瞬、リオは全くマロロを信じていられなかった。だが、少年は身を呈して、リオを庇ったのだ。痛みに呻き、泣きはらし、被った胃酸のせいで据えた匂いのする惨めな、ちっぽけな少年だ。だが、なけなしの勇気を振り絞って、身を盾にしたのだ。リオは、貫かれ血を流す手をものともせず、マロロを救おうとした。


「くうっ⁉」


 再び、石壁が爆発してザハード達が突入してきた。今度は、すぐさま小柄な男がリオを襲って、組み伏せ喉に小刀を当てた。


「そのままだ」


 ザハード達が、マロロとリオを素早く囲む。数人がマロロを検知し、ザハードの手には、魔王が握られていた。


「魔王……あんた」

「勘違いするでない。小僧が我を放り投げたのよ、訳の分からぬ真似をしおって」

「巫女さんを助けるためですよ、魔王様」

「その果て、己が命を危機にさらすは愚かよ」

「そういう言い方は、好きじゃないっす」

「そうか、だが、少し興が湧いたぞ。小僧に、我を手放す度胸があるとは思わなんだ」


 マロロを看ていた一人が、顔を上げる。


「ダメだ、ザハード。内臓をやられてる」

「薬でどうにかならないか?」

「中身は無理だ、どうしようもできない」


 リオを組みしいていた小柄な男の顔が、罪悪感に歪んだ。ここにいる誰もが、望んだ結果ではない、ことに、張本人にはそれが顕著である。


「気にするなっていうのは無理かもしれないけど、お前は巫女さんはしっかりみとけ」


 それを慮ってか、ザハードが小柄な男に命令し、小柄な男は慌ててリオに視線を戻す。未だに彼女は、ここの全員を一瞬で殺せる力を持っているのだ。


「いたいよお……いたいよお……」

「しっかりしろ! ほら、気付け薬だ! ゆっくり鼻から吸うんだ!」


 ザハードは、マロロからリオに顔を向ける。


「巫女さん、もし魔法を使おうとしたら、殺しちまうしかないことを憶えてくれ」

「……」

「マロロを、治せるか? 治せるなら、はいとだけ言ってくれ」

「……はい」


 ザハードは、仲間全員の顔を見渡した。誰もが、頷いていた。マロロを、助けたい。


「やってくれ、ただし―」

「そっちが、変な真似したらすぐ殺すんでしょ? わかってるわよ」

「だ、ダメだよリオ……」

「しゃべるな! 息を深く吸うんだ」

「ぼ、ぼく、リオを……だって……」

「だからよ」


 リオは、どこか晴れ晴れとした顔でいった。


「だから、今度はあたしが助けるの」

「だ、ダメだよ……ダメだよ……」


 マロロの顔は蒼白で、小刻みに体が震えていた。慌てて男が、上着をかぶせる。傷の解決にはならないが、こうでもしないといられなかった。


「マロロ、よく聞きなさい。あんたはね、初めてあたしのために命を張った奴よ。巫女でも、金でもない、あたしのためよ」

「魔王様……魔王様……怖い……」

「魔王さんが欲しいか? ほら、しっかり握ってろ」


 ザハードが、マロロに魔王を握らせた。マロロはいつも寝てるときのように、魔王を抱きしめた。リオは、瞑想し魔法を使わんと、意識を集中している。


「魔王様……助けて……助けて……」

「つくづく矮小よ、かつての担い手どもならば……いや、貴様はそれが似合いかもな」

「ザハードさん……」

「心配するな、ここにいる」


 ザハードが、マロロの手を魔王から剥がして握った。弟を案じる、兄のようである。


「ぼく……ぼくは……」

「許せないよな、俺達。けど、それでいい、今は生きてくれ。な?」

「き、きいて……」

「ああ、だから心配するな、巫女さんがきっと治してくれる」

「ごめん……ね……」

「何言ってんだ、お前は何にも―」

「これから……しちゃうんですよ……」


 ザハードが気づいたときは、遅かった。マロロは、思い切り魔王を振りぬいた。瀕死のため、腕の力は弱い、だが、魔王の力によりそれは普段と寸分違わない速さと威力を誇っていた。


「!」


 マロロを看ていた男たちは、それでも躱した。国を喪った難民として、それ以前も、過酷な戦場に身を置いてきた男たちである。いかに『武器族』であろうと、捉えることは難しい。だが、リオについていた小柄な男だけは、違った。ほんの刹那の、だが、致命的な反応の遅れがあった。


「ぐあ⁉」


 それでも、防御できたのだけはただ者ではない。おかげで、直撃を受け、壁に叩きつけられ両腕は砕けたものの、頭蓋だけは守れた。


「リオ……! 手伝ってくださ―手伝って!」

「‼」


 リオは、瞬時に立ち上がると、しっかりとマロロを支えた。


「魔王様……乗る……よ……」


 そのまま一回転し放り投げた魔王に、2人は乗った。一直線に二人を乗せた魔王は、通路を飛んでいく。打ち合わせたわけではない、即興での思い付きだった。ザハード達は、小柄な男を介抱しつつ、それを茫然と見ていた。


「あんなのありかよ?」


 ややあって、ザハードは呟いた。任務未達成、醜聞のはずなのにどこかに嬉しさが漂っていた。



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