第22話 誤射

 痩身の男が、煙幕玉を投げつけた。瞬時に、リオが魔法を唱える。


「『石遮(ディ・オー)』‼」


 蹲り、尚も吐き続けるマロロの鼻先を霞めるように、通路一杯の石壁がそそり立った。投擲された煙幕玉は、それに遮断される。壁の向こう側では、ザハード達が煙を浴びているはずだが、魔王の推測が正しければ何らかの対抗措置をしているはずであり、無効化できたとは考えにくい。マロロも、まだ吐いていて動けない。


「『石尖―」


 リオが、先刻元親衛隊を葬った魔法を唱えようとしたとき、爆発と共に壁が砕けた。


「火薬だ」


 魔王が、瞬時に腕を操りマロロの頭を庇わせながら言う。直撃は避けられたものの、衝撃と破片の直撃でマロロはふきとんだ。途中で吐き出した胃液を自分で浴びて、悲鳴をあげる。リオは、それを補助する暇もない、何故なら、壁の穴からザハード達が殺到していたからだ。おそらく、幾度も作戦を練ったのだろう、全く無駄のない動きだった。

 リオは焦った、魔法は集中がいる。この距離では、次の魔法を唱えるまでに刃が届く。かといって、走ったところで逃げきれない。


(死ぬ?)

 

 死への恐怖が、リオの動きを鈍らせた。巫女となった日、いや、それ以前から、死を身近に置いてきた人生だった。覚悟は、できているはずである。だが、その覚悟は常に不変とも限らない。彼女はまだ、少女なのだ。


「俺がいきます!」

「一撃で楽にさせるんだぞ」


 先陣を切った、小柄な青年が小刀を抱えたまま、リオに突っ込んだ。咄嗟に手を突き出し、少しでも身を護ろうとしたリオだったが、その手を投擲された剣が貫いた! ザハードが、冷徹な眼差しのまま、残心をとっていた。


「そいつじゃなく、俺を怨んでくれよ? 巫女さん」


 その言葉に、リオはなんとなくザハードの人柄を察し、マロロの様子にも納得がいった。善人とは言い難いだろう、だが、悪人ではない。おそらく、ごくごく普通の出会いをしていれば、善き男なのだ。


(……嘘ばっかり)


 次に思ったのは、マロロのことだった。迫る白刃を携えた小男から目が離せないが、きっとそこらへんで失神しているのだろう。


(……あーあ、あたしの人生……もう少し楽しかったらよかったなあ)


 生への執着の強さは、諦念に押しつぶされた。走馬灯は流れなかったが、人生の統括はできる。不幸ではあったが、かといって一辺倒でなかったことが逆に悔しかった。とくに、マロロと出会って、信じてしまったことだ。少し前に、大見得を切った少年は、ついにその護るものの死を目前に吐いている。


(……ばか)


 そう、言い捨てて、リオは目を閉じてせめて痛みが少なく死ねるように願った。


「だめだよおおおおおお!」


 それは、ある意味で叶った。その刃を受けたのは、マロロだったのだから。

 ザハードはマロロを助けようとする


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