第20話 怨敵
同時刻、別の隠し通路を走る一団の姿があった。スロットと首長マサリー、側近数名と護衛兵である。日頃の贅沢が祟っているのだろう、一同とそれに追随する護衛兵の歩みは遅かった。
「大丈夫でしょうな?」
「無論です」
首長の囁きに、スロットが答えた。問うたのは、国やまして苛まれている民でなく己が身のことである。そして、それですら切迫していない、そもそも彼らは今回の襲撃をある程度知らされていたのだ。
カリメアとの和平交渉が決裂し、開戦した時点で、サーラナ首脳陣はある取引をした。周辺国は大人しく渡す、その代わり自分たちの身とサーラナの存続を保証しろと。
表向き、カリメア代表はそれを蹴った、だが、集合国家であるカリメアでは、必ずしも代表の意思決定が浸透しきっているわけではない、以前から関係のあったカリメア商人連合が、開戦後も情報を提供していたのだ。無論、見返り無しとは言わなかったし、差異も存在したが。彼らのそれからの行動は迅速だった、出来得る限りの財産を逃走先に集め、有事に備える。肝心の首都襲撃日の情報を引き出せなかったことを除けば、それを知ることも出来なかった他者よりも、数歩先をいけたろう。
「少し休みましょう」
「ですが! 急がねば―」
「なあに、心配しなくてもいい」
さらに、前もって隠し通路の事を知る職員は買収もしくは口封じを済ませている。万が一敵兵に出くわしても、唸る財宝をちらつかせればどうとでもなるだろう。スロットにはそういう思惑があった。カリメアの兵とて、愛国に燃える徒ばかりではない、ほとんどが旗を背にしているだけの野盗である。
「喉を潤してはいかがですかな?」
「で、では」
水筒に飛びつく首長を眺めつつ、スロットはこの男の切り時を考える。ここで見捨てては、側近並びに連れ出した有力者の士気が下がってしまう。無事脱出し、落ち着いたらでいいだろうと判断した。
「いたぞ!」
だが、それが実行されることはなかった。
「⁉」
「スロットさ―」
護衛の1人が、頭を射貫かれた。
「弓だ! 盾兵前へ―」
慌てて盾兵がスロットたちの前に出ようとしたが、遅かった。進行方向から注がれる、弓の掃射が次々に、彼らを射貫いていった。ほとんどが、悲鳴も上げず倒れていく。傷口に広がるどす黒い波紋状の血管を見れば、矢尻に毒が塗られているらしかった。
「さ、サーラナ殿!」
「ば、馬鹿な! あり得ない!」
首長に掴まれたスロットの口から咄嗟に出たのが、その言葉だった。隠し通路を知る者は、全て把握し対処したはずだった。無論、たどり着くべき場所にも事前に兵を駐屯させている。なのに、そこから敵が来ると言うことは、それすらもバレている。
「ま、待て! 金なら―」
言いかけたスロットの喉を、矢が貫いた。
「ひ―」
続けて、首長の首筋に一本、こめかみにもう一本矢が突き刺さった。
(な、何故……)
スロットの誤算は、元親衛隊を考慮にいれていなかったことだった。先ほどマロロ一行に斃された者たちは全員ではない、スロット、いや首脳部を追う者と、リオを追う者に分かれていたのだ。無論、彼らのことをスロットとて忘れていたわけではない、だが、名ばかりの閑職に加え無能揃いと決めてかかり、発足当初から隠し通路の事は明かしていなかったのだ。日々酒と女に溺れる様子を見ていれば、それに気づくような連中でないと侮ったのも無理はない。だが、それが致命となった。
(リオ……)
最後の意識のうちに呼んだ名は、娘を慮ってのものではない。新天地では価値無しと捨て置いた、『巫女』を連れていれば生き残れたかもしれないという悔恨だった。
「俺のだ!」
「寄越せ! この!」
元親衛隊たちが、死体から金銀と服、果ては頭髪までも、糧になるものを争うように奪い合った。後刻、首長塔に侵入したカリメア兵により隠し通路に倒れるスロットたちの死体が発見されたときには、皆、一様に裸であった。
サーラナ商会の代表にして、影の王と言われた男、スロット・バルザックは死んだ。同じく死亡したサーラナ首長、マサリー・コリー他数名の名は歴史に辛うじて刻まれたが、殺害したと思しき元親衛隊たちのその後は杳として知れなかった。
カリメアは、この件に関しての関与を公式に認めることは、以降もなかった。
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