第18話 魔法

 マロロの目の前は真っ白だった。信号弾を直に見てしまったのだから当然である。あちこちから聞こえる怒号と崩壊音、失明の危機に怯えつつも、マロロのとった行動は魔王を手に取ることだった。

 それが生き残るための最善手。片手をかけ、もう片方の手でしっかり握る。守ってきたから、今まで生き残ってきた。


「逃げるわよ!」

「きゃっ!」


 だが、もう片方は届かなかった。その手は、リオに握られていたからだ。マロロが恐怖に情けない悲鳴をあげるのも意に介さず、リオは手を引っ張りクローゼットに向かって走り出した。


「巫女よ、どこへ行く?」

「抜け道があるの!」

 

 リオがクローゼットを開け放ち、並ぶドレスの中をかき分け進んでいく。クローゼットと言えど、並の家の一部屋ほどもある空間だ。あちこちのドレスにぶつかり毛皮を口に入れてせき込んでしまい、マロロは変な声をあげた。


「なんですなんです⁉」

「逃げてるのよ! ばか!」


 リオは最後のドレスを掻き分け、壁に埋め込まれた古びた扉の番に手をかける。開かれた先には、冷たい石造りの通路が闇をたたえて伸びていた。


「町の外に続いてるわ! けっこう走るわよ! 手離さないでね!」

「は、はい!」

「小僧、後ろを向け」

「は、はい!」


 魔王の言葉に、マロロは瞬時に振り返る。そのまま魔王の動きにつられて大きく腕を振るい、襲い来る矢を叩き落し、つんのめった。


「し、痺れます!」

「矢⁉」

「くそ! ガキが!」


 悪態を吐き、短弓と短剣を構えた青年たちがクローゼットの入口に固まっていた。元親衛隊の面々の一部である。何人かはマロロによってつけられた傷がまだ治りきっておらず、巻かれた包帯に血が滲んでいる。


「なんですか⁉ 誰か教えてください!」

「敵兵だ喧しい」

「も、もうこんなところまで来てるんですか⁉」

「早く殺せ!」

「武器族のガキがいるぞ!」


 再び射られた弓を、魔王とマロロは今度はよろめきを多少抑えつつ叩き落とす。元親衛隊たちは、殺気と憎悪の籠った目でマロロとリオを睨みつけた。


「皆殺しだ!」


 マロロとの一件依頼、親衛隊を解雇されもはや価値無しと見捨てられた彼らは、首長塔内の宿舎を追い出された。

 私生児であるので、親にはもともと認知されていない。とうに見捨てられていた彼らに関心のある肉親もおらず、庇護を求めていくつかの生家となっている家屋を周って悉く門前払いを受けた。親衛隊生活で得たのは、リオの視界に入らない技術と肥えた舌くらい。

 今更、野で生きていけると希望を持てる程楽観的でも身の程知らずでもなかった。故に、自棄になり、サーラナと肉親を怨みながら安宿で酒に溺れていた彼らにカリメアの間諜が裏切りの補助任務を持ち掛け、それに躊躇いなく乗ったのは当然の結実である。

 だが、それですら端役の任務。例え首尾よく成し遂げたところで、提示された報酬額以上の見返りが期待できるとは彼らも思っていなかった。所詮、使い捨ての駒でしかない。

 だからこそ、彼らの隊は任務を放棄し、リオの暗殺に踏み切った。カリメアの最優先目標は最大の脅威である巫女の無力化である。それを自分たちで成せば、流石に無下にも出来ないだろうという判断である。リオの殺害に躊躇はない。リオは親衛隊に反発し無視していたし、彼らも藪蛇を恐れて近寄らず放蕩に精を出してきた。まともに喋った記憶すら思い出せない。

 そして、目論見は成功しようとしている。熟知している首長塔であるということも手伝ったが、誰より早くリオの間近まで接近し初撃を加えた。


「やるぞ! やるぞ!」

「おう!」


 昂奮と憎悪、そして沸き上がる不思議な高揚感。自分たちが、サーラナとカリメアの戦争の鍵を握っているという自負が生み出したものだ。望まれぬ生を受け、疎まれ、蔑まれ、誰からも顧みられることもなく道具として使われ捨てられるだけだった自分。


「俺らがやるんだ!」


 久しく忘れていた、否、抱いた事すらなかった。初めから奪われていた、人なら誰もがもっている自信と野心と誇り。

 彼らはそれを取り戻した。


「『石尖(ドゥン)!』」


 そして、すぐに消えた。

 リオが紡いだ言葉は、天井の石を槍の如くに変え元親衛隊の面々を貫きその場に縫い付けていた。


「ほう、磐(いわお)の精霊か」

「集中しないとこれくらいしかできないわ! もっと来たらどうにもできない、行くわよ!」

「ち、血の臭い……おろろろろ!」

「きゃ! は、吐くんじゃないわよ!」


 マロロは目が利かず、声だけで数回聞いただけの人間を思い出せなかった。魔王は、どうでもよかった。リオは、彼らがそうだったように無関心だった。

 誰も、彼らには気づいていなかった。



 


 


 

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