第17話 奇襲

 咆哮。それも至る所からだ。呼応するかのように、夜空を信号弾の赤色が染め上げる。サーラナの街が紅光の輪に囲まれ、その囲みが見る見る縮んでいった。


「なんだ⁉ なんなんだ⁉」

「て、敵襲かと!」

「馬鹿者! そんなのは見れば―」


 部下を怒鳴りつける見張り兵の頭が、投石で弾けた。その部下も、声をあげる間もなく同じ道を辿って地に伏した。

 カリメアは、サーラナ周辺諸国に侵攻すると同時に、その近接国にたいしては秘密裏の懐柔策を打ち出し、表立った軍事行動をとらなかった。結果、対岸の火事である遠方の派手な戦闘に注視したサーラナ軍部は避難民に紛れて各国に密かに集められたカリメア兵に全く気付けなかったのだ。

 奇襲をしかけたカリメア兵は、驚くほど流麗な動きで中心部への侵攻を進めていった。まずほとんどの見張りがまったく出現を予期できていなかったし、認識できたものの大部分は事前に金を握らせての寝返り、残りの咄嗟に反応できた優秀な兵士も物量と勢いにすりつぶされる始末だった。

 市衛軍の動き自体は決して悪くはなかった、不意をつかれたとは言え、即座にリオのいる首長塔へと部隊を集結させ向かった。助けを求める市民を平然と見捨てることへの道義的な問題こそあれ間違ってはいない。防衛には巫女の力が不可欠であるし、首長塔及び付近にはサーラナの中枢を担う者たちと守備兵が集中している。徐々に狭まってくるカリメア兵の包囲網に突進するよりは、理にかなっていた。

 そこに、敵がいなければだが。

 数こそ少ない、だがその分選び抜かれた精鋭部隊が守備兵と殺到する兵士達を手玉に取っていた。カリメアが併合を進める中で吸収した、多くの国のものたちだ、見たこともないような異形の武器類や武術、なにより隠密に優れ、追われ避難してきた人々に紛れての絶え間ない破壊工作が恐慌を呼ぶ。尚悪いことに、指揮し、命令を下すべきマサリーも、サーラナら高官姿がどこにも見えなかった。やむを得ず、最上階級ということだけで司令に祭り上げられた老齢の守備兵隊長は半ばパニック状態でまともな判断が何一つ下せなかった。

 混乱の中、疑心暗鬼に陥った兵士が市民の一人をカリメアの密偵と断じ殺害したことを切欠に、市民たちは生き残るために抗い、兵士も容赦なく反攻する。最早国防など誰の頭にもない、見えざる敵への恐怖と、強烈な生存欲だけが彼らを動かしていた。四面楚歌に獅子身中の虫、もはや完全に詰まれていることが理解できる冷静さを持つものは、残念ながらいない。

 再度爆発が起こり、首長塔の一部が崩れる。

 恐怖にかられた人々は先を争い少しでもそこから遠ざかろうと倒れたものを踏みつけ悲鳴をあげて逃げ惑った。

 そしてその中には、ザハードの仲間たちの姿もある。だが、明らかに様子が違っていた。逃げ惑っているように見えて、周囲をつぶさに観察し警戒を解かず、身のこなしに無駄がない。

 マロロに見せていた、気の良い青年ではない。そこにいるのは、目的を確実にこなすことに集中する隠密だった。

 

 

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