第16話 花火

「う、うぷ……」

「マロロ?」


 混乱の次は、マロロを緊張による吐き気が襲った。目は暗み、気分を害して立っているだけで辛い。思わず床に手をついて、必死に嘔吐を我慢する。一度目の衝動でのどまで迫ったそれを飲み込む、沸き起こる刺激臭に涙がこぼれ再び吐き気が襲ってくる。


『だ、大丈夫か小僧……!』


 魔王の声には、抑えきれない哄笑が含まれていた。


「気持ち悪いの? ほら」


 リオが傍に腰を降ろして、マロロの背を優しくさする。


「へ、平気……」

「強がらなくてもいいの。水場にいく?」

「うう……」


 答えられなかった、四つん這いももはや辛く、マロロは横たわり体を胎児の様にぎゅっと丸めた。

 

「ほら、本当に大丈夫?」


 リオは手早くマロロに普段使っているであろう上質の毛布をかぶせ、同じく床に寝そべって背中をさすった。子を寝かしつける、母の姿だった。すっ、と嘔吐感が消えていくのをマロロは感じた。


「全く、どうしたのよ急に?」

「ぼ、ぼくは……」

「ほら、喋ると出ちゃうわよ」


 頬が上気するのをマロロは感じた。先ほどの宣言が、たまらなく恥ずかしく情けなかった。信念をもって発したものではない、今やもうそれが重荷になっている。

 死を賭して戦う覚悟も、生にしがみつく執念も、どちらもマロロには欠けている。そんな自分が、改めて恥ずかしかった。


「う~ん……よし、寝なさい」

「え……?」

「もう寝なさい」

「寝ると大体治るのなんだって。だから寝なさい」


 リオはそう言い切った。無論、そんなわけにはいかない、第一ザハード達との待ち合わせの刻が迫っているのだ。なのに、マロロは眼を閉じることに抵抗できなかった。疲労もある、だがそれ以上に安心感が身を包んでいた。


「でも……」

「ちょっとだけでもいいの、そう母親が言ってた。……寝てればうるさくないし、医者にいくお金もなかったからだけどね」


 少しだけ、ほんの少しだけ。

 マロロは、背をさするリオの安心感を感じながらゆっくりと目を閉じた。




「敵襲だあああああああああ!」


 爆発音と振動、怒号に悲鳴。

 直後に、地響きのような掛け声が幾重にも折り重なり、四方八方から木霊した。

 リオの部屋の窓から、赤色の閃光が差し込んでたちまちに二人を包み込んだ。奇襲を知らせる、信号弾の輝きであった。


 


 





 

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