第14話 鼠は船を嫌う

 魔王が論外となると、行くところは一つザハードのいる宿屋だ。すっかりなじんで、使用人を手伝い家事をこなしてさえいた一同に、リオの一件を話しすと大いに笑われた。嘲弄や、軽蔑の笑いではない、何か微笑ましいものを見て自然に沸き起こるものだ。

 それから一人一人が恋愛指南をしてくれた、まっとうなものから、明らかな嘘まで。久しぶりに、つられてマロロも笑った。ひとしきり助言が終わると、ザハードは茶を出して席を勧めた。

 茶は前にもらった携行食糧と同じ甘酸っぱい香りがし、マロロはザハードの故郷というナサルに思いを馳せた。


「さて、お前の青春も大事だがこっちもだぞ。戦争について何かしってるか?」

「何も知らないです」

「新しい情報か?」


 一同が驚いたように顔を見合わせた。思えば、魔王の声を聴いているのはマロロを除けばザハードとリオしかいないのだ。

 マロロ自身、魔王が声を出したことに少し驚いた。

 

「街じゃ侵攻が止まったなんてのんき言ってるが、なんてことはない。カリメアに落ちた国には次々増援が集まってるって話だ。一気に集まった大軍勢でカタを付ける気だろうな」

「で、でもリオがいるよ? 巫女だよ?」

「マロロ、巫女がいれば無敵ってわけじゃないんだぞ?」

「巫女と言えど無尽に魔法は震えぬ。慈しみ、地霊も安らぎを得る必要がある」

「え、えっとお」


 目を廻すマロロに魔王が舌打ちする。


「愚か者め、休んだり寝なければいけない時間があるのだ」

「そこを倍もある戦力で攻め込めばひとたまりもないってことだ」

「な、なんでサーラナの偉い人は何もしないの?」

「カリメアと何か取引してあるか、巫女によっぽど自信があるのか、バカかのどれかだな。魔王さん、巫女を近くで見た感じ、どうです?」

「中々の使い手よ、万程度の人ならばものにすまい」

「そ、そんなに?」


 マロロは驚く。自分と歳もさほど違わないあの少女に、そんな力があるなんて。改めて、この世界の広さを感じ取った。魔王から聞かされた、どこかおとぎ話じみた英雄たちは、思うより身近らしい。


「おうおう、すごいのものにしてるじゃないか色男」

「や、やめてよ」


 にやにやしながら小突くザハードを、マロロは恥ずかしがりながら押し戻す。

 

「貴様らはどうするのだ?」

「そろそろ、出発時かなと思ってます」

 

 思わず、顔をあげた。


「え? い、いっちゃうの?」

「ああ、金はもらったきりなにもないしなあ。それにこのままだと危ないぞ、巻き添えはごめんだぜ」


 マロロは何かを言おうとして、押し黙るしかなかった。

 ザハード達にとってはその程度なのだ。あくまで難民、悪く言えば放浪者でしかない彼らにはサーラナの興亡など然程関心を抱くものではない。今日を生きることが最優先事項なのだ。

 マロロも同じだ。巫女の護衛などと大役を仰せつかっているが、あくまでも飾りであり、忠誠を誓った兵士ではない。

 それでも、脅威に曝されるサーラナに属し、巫女を守る英雄的な自分を、心のどこかに抱いていたマロロには一抹の寂しさがよぎった。そう簡単に物事を割り切れる程、まだ大人にはなれない。


「お前も来るか?」

「え?」

「そうだよ、来いよ」

「武器族使いならもう一回こんなうまい話があるかもな。そしたら家が買える金くらいにはなるぞ」

「行くなら、カリメアのところだな。一番安全だ」

「ふむ、悪くない。いつ発つ?」

「整理とかあるんで……そうですね2、3日もらって夜に伺います」

「よかろう。小僧、貴様も備えよ」

「あ、え……うう……」


 マロロのそんな感慨を無視して、あっというまに逃亡計画が出来上がってしまっていた。正直、誘ってもらい、ザハードたちとまた過ごせるのは嬉しい。だが、リオを、そもそものきっかけとなり宿屋を用意してくれた商人たちを裏切ることは、胸にいやなもやもやを残した。

 わかっている。自分の考えなど魔王にもザハードにも及ばない、己の望むままに進めば2日とまたず骸が一つ転がるだけだ。

 そう言い聞かせても、もやもやは無くなってくれなかった。どうしてか、リオのあの下手くそな笑顔が消しても消しても浮かんできた。

 

   

 

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