第12話 喜劇役者
部屋を抜け出て、夜の市街を二人と一つは歩く。さほど珍しいことでもないだろう、世話役は見て見ぬふりをしていた。
昼の喧騒と比べるまでもないが、それでもそこかしこからにぎやかな声が飛び込んでくる。料亭、酒場、娼館、むしろ夜になって活気を得た店も多かった。
戦争中なのに。そんな違和感を感じるマロロであったが、彼らを軽蔑するのかといえば、どうもそんな感じもない。
思い起こせば集落での日々、いや物心ついた頃にはすでに大戦の中だった。渦中でないにしろ、どこか戦争を遠くの出来事と思い暮らしてきた自分と同じことなのだ。かといって折り合いもつけられず、どうにも居心地が悪かった。
『ふふ……』
「なんですか魔王様?」
『いやな、お前のような小僧でも色々な楽しみ方があると思うてな』
「?」
『よいよい。巫女を見失うでないぞ』
「おいてくわよー!」
市街を抜け、貧民街を過ぎ、たどり着いたのは町はずれの空き地であった。昼間は子供たちの遊び場なのだろう、草はなく踏み固められたむき出しの土が月光に照らされ、風になびく草音と虫のほかには、静寂に噛みつくものもなかった。
リオは、その隅の二つに並んだ小さな石の許へ歩いていき、そのまま立ち尽くしジッと見下ろした。しばらくそれを見守り、どうしたらいいか不安になったマロロが傍に立ったところで、リオはようやく口を開いた。
「何だと思う?」
「え……う~ん……石ですねえ」
リオは吹き出した。戸惑うマロロを前に、ひとしきり笑って月を見上げる。
「そうよね……。これはお墓よ、あたしの親の」
「はあ」
「あたしは貧民街の石工の娘でね。大酒のみの博打狂いと、トウの立った私娼が親じゃ将来は良くて使用人、普通は娼館送りなの。けど、巫女だってわかった」
『覚悟しろ小僧。悲惨な過去を語るのだぞこの流れは。儂にはわかる』
魔王が愉快気に囁いた。
マロロは抗議の意味も込めて、背中を揺らす。
「そこにあの豚が来たの、あたしを譲ってくれないかって大金をちらつかせて……。両親は大喜びであたしを手放したわ。馬鹿よね、自分たちで持ってれば巫女の家族で何不自由ないのに。目先の……」
リオは言葉を切り、大きく息を吸った。
「それはいいわ。でね、あたしが豚に連れられて家を出て少しして、両親は死んだわ。殺されたの」
『ふふ……』
「その足で、酒場に言って自慢しながら豪遊したらしいわ。で、欲に目のくらんだ他の客に殺されて金貨は全部取られて、犯人は……たぶん死んだと思う。巫女の家族に手を出すとこうなるっていう見せしめに、酒場の店主一家とその日の客と、近くの住民を全員処刑したから」
「……そうですか」
「死体は下水に流されて、結局見つからなかったわ。で、あたしは豚の養子で巫女様。何不自由なく暮らしてるの」
語り終わったリオは、雲に隠れた月から目を切って、まっすぐにマロロを見つめた。完全な暗闇が訪れ、互いを確認するのも難しい。
「どう?」
「……わからないです」
「わからない?」
「わからないですよ」
本心から出た答えだった。
幾度、集落の惨劇を魔王に話して痛みをわかってもらおうとし、一蹴されただろう。幾度、眠れぬ夜を涙で過ごしただろう。そして至った結論は、本人の悲劇は本人の悲劇にしかなりえない、だからそこで終わり。
どれだけ悲しかろうと楽しかろうと、当人だけにしかそれはわからない。理解など、できない。
マロロがそう思うのではない。そういう理なのだと、かつては世界の全てであった集落の壊滅が、今までの旅の中で一人一字にすら認識されていないという圧倒的な現実に気づかされた。
「巫女様にしか、わからないです」
「……そう」
月が顔を出して二人と一つを照らす。
リオの不器用な笑顔が、あった。
「リオって呼びなさい」
「こ、小僧よ!」
魔王が、初めてリオの前で声を出した。
「素晴らしい、素晴らしいぞ貴様! こ、このような茶番……! はは! なんとなんと矮小な! 愚図な! ははは!」
高笑いはしばらく止みそうもなかった。
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