第10話 幸福の尺度

「次はあっち」

「まってくださいよお」

『人混みは嫌いだ』


 人の波、いや大海を割って進むのはリオとマロロだった。

 これほどの混雑にも拘らず、誰一人としてリオに接触しない、否、自分から進んで身を引き頭を垂れた。

 店で何かを買おうと金銭を要求されることもない。むしろどこかしこでリオに品物を勧める声が多かった。

 最初はうらやましがったマロロだが、徐々に気づいてくる。彼らの顔に浮かんでいるのは友愛でなく、媚びだ。その下に何があるのか、考えただけでマロロはげんなりした。


「休むわよ」

「あ、はい」


 洒落た茶店にリオが座ると、先にいた客が慌てて足早に席を立った。

 気を使っているつもりなのか、却って不興を買うのでと思ったマロロの心を読んだのかリオが呟いた。

 

「あたしがそうするように言ってるのよ」

「え?」

「いないほうがいいの、見えないから。それならあーだこーだ悩まなくていいの。ほら、座りなさい」

「う、うん」

『ふむ、賢しい娘よ』


 マロロは魔王のあざける声を背に、席に着いた。誂えられた親衛隊の制服がちくちくしてあちこち痒い。

 注文を待つ時間、手持無沙汰になったマロロは思い切ってリオに尋ねた。


「なんで僕を近くに置くんですか?」


 親衛隊を軒並み打倒したマロロには何故かお咎めがなかった。

 聞いた話では、親衛隊といっても相続権を持たない有力者の私生児たちの寄せ集め、そのままでは無駄飯食らい、リオの近くに置けばスロットとのコネができるのではという思惑で結成されたらしい。

 故にそれが就実すれば彼らは後は用なし、戦闘技術もなく忠誠心も持ち合わせていない自堕落な単なるお荷物に成り下がっていた。

 今回のマロロとの一件で解任させられたと聞いて、そんな事情を聞かされながらもマロロは複雑な心境だった。それに加えマロロはそのまま残され、リオの側近というべきか、護衛役として常時側にいるように命じられた。親衛隊は残りを新たに編成し直していると言う。

 無論これにはリオの意向が強く反映されているはずだった。マロロは確かに強いかもしれないがまだ子供だ、スロットの采配とも思えない。


「別に、あたしの勝手でしょ」


 答えはそれだけだった。ともかくリオはマロロを常に側に置こうとしていた。

 ザハードに相談すると、武器族使いが側近にいることを見せびらかしているのではと言われたが、それなら外に出たときだけでいい。室内でも、寝所も同じところにさせられている理由にはならない。

 衣食住に不自由こそないが、マロロはやはり訝しさを捨てきれなかった。

 

「ねえ、あれやって」

「は、はい。魔王様お願いします」

『億劫な』


 立ち上がったマロロが魔王を空へ投げ飛ばした。

 凡そ物理法則を無視した滅茶苦茶な軌道を描いてマロロの手に戻った魔王に、リオははしゃいで手を叩いた。


「すごいじゃない」

「あ、ありがとうございます」

「あんたもやっぱり練習してるの?」

「魔王様に言われたとおりに」


 一日中そんな感じだった。

 村が焼け落ちる前のマロロなら、夢のような生活と歓喜していただろう。

 だが、故郷はもうない。どれだけ遊んでも、どれだけ楽しんでもどこかマロロには振り切れないものがあった。

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